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第7話

 この間のテストに合格したことで淑女の教育にダンスが加わった。ダンスはアナベラさんが男性パートを踊れるということでマンツーマンで教えてもらうことになった。


 どうして踊れるんですか? と聞いてみたところ、「私と踊りたがる女の子がたくさんいたからね」と言うアナベラさんに納得してしまった。申し訳ないけれど、普通の男性より格好いいからモテるのも頷けてしまう。


 私は今まで一度も踊ったことがないから何度もアナベラさんの足を踏んでしまうのだけど、アナベラさんは「羽のように軽いから痛くなかったよ」と言ってくれて義母なのに思わず胸がときめいてしまった。そりゃモテますね。


 そしてダンスのほかに追加されたのが公爵夫人になってから必要になることのお勉強。主人に代わって屋敷を運営する夫人にはやることがたくさんあるらしい。屋敷や使用人の管理、領地に関すること、そして公爵夫人として令嬢、ご婦人との交流。


 互いに腹の中を探り合うので、もしボロが出て揚げ足を取られてしまってはいけない。「貴族社会とはとても恐ろしいところなんだ。下の奴らは常に上の奴を蹴落とそうとしてるんだ。それが例え王族であろうともね」とアナベラさんに恐ろしいことを言われた。


 今のままではエリック様の弱点になってしまう。伯爵家の令嬢でありながら今まで社交界に顔を出さなかった平民の妾の娘。公表されればすぐにこれは社交界に広まるだろう。


 エリック様に守られるだけじゃ嫌。彼を支えて、隣に堂々と立っていたい。



 私はエリック様の婚約者として迷惑かけないようにここ最近ずっと書斎に引きこもって勉強していた。


 休憩時間も休みの日もずっと頭に叩き込んでいる私にアナベラさんとリリーに休める時はちゃんと休みなさいと言われたけれど、私は周りにすごく置いていかれているのだ。急いで叩き込んで追いつかないと彼の隣に立つ資格なんてない。


 最近ずっと本を読んでいるからか目が疲れるようになったし、頭が鈍く痛むようになった。それに今日はなんだかボーとして体が怠い気がする……。


(私に休んでいる暇なんてないんだから……!)


 軽く頭を振って手に持っていた本の続きを読み進めていると部屋のドアが控えめにノックされてリリーが入ってくる。


「お嬢様。そろそろ休憩にしませんか?」

「……うん、分かった」


 入り口から漂ってくる紅茶の良い匂いと私の好きなクッキーの甘い匂いの誘惑に負けて立ちあがろうとした時、目の前がぐにゃりと歪んだ。


 強い眩暈に襲われて慌てて机に手をつこうとしたのだけどそれは空振り、体が傾いてカーペットの上に倒れてしまった。


「お嬢様!?」


 リリーの慌てる声を最後に私は意識を手放した。




 ◇◇◇




 熱い。苦しい。辛い。


「おかあさま……」


 愛おしい母の名前を呼んでも、もう彼女は私の頭を優しく撫でてくれることも手を握ってくれることもない。熱があると知られて義母に部屋に閉じ込められた。侍女たちも時々様子を観にくるだけでひとりぼっち。


 体が弱っている時ほど心が弱り、私の瞳からボロボロと涙が溢れて枕を濡らす。


 悲しい、寂しい、辛い。私を一人にしないで……おねがい――





「……シーラ」


 優しく自分を呼ぶ声に目を開けると、そこは屋根裏部屋の天井ではなくて最近ようやく慣れてきた私室だった。目を動かすと、私の手を握って心配そうにこちらを見ているエリック様がいた。


「えりっく、さま……」

「シーラ、体調はどうだ?」

「たいちょう……」


 その言葉に自分が体調を崩して倒れたのだと分かった。あの頭痛と倦怠感の理由も納得できる。


「アナベラから君が風邪をひいて倒れたと聞いて慌ててきたんだ。また無茶をしたらしいね」

「無茶だなんて……」

「現に倒れてる。前に私が無茶はするなと言ったのを忘れたのか?」

「…………申し訳ありません」


 いつも穏やかに微笑んでくれているエリック様の初めて見る怒った顔。きっと倒れた私を見てリリーがアナベラさんを呼んでエリック様に知らせてくれたのだろう。


 ただでさえ忙しい方なのに、体調管理もできない私のせいで仕事を放棄させてしまったことが情けなくて悔しい。何が彼の隣に立っていたいだ。迷惑かけてしまっているじゃないか。


 体調が悪いこともあって緩んだ涙腺から涙が頬を流れるとエリック様が指で拭う。


「泣かなくていい。私もちゃんと見てあげれてなくて悪かった」

「ちが、違います……私が、悪くて……」

「……君はそうやってなんでも自分で抱えてしまうんだね。どうやったら君は私を頼ってくれるのかな」


 頬を撫でてくれるエリック様の表情は何故か私よりも辛そうに見えて胸が痛んだ。


「エリック様……」

「……ん? ほら、無理しないでもう寝てなさい。寝ないと治らないよ」

「でも……」

「大丈夫。目が覚めるまでそばにいるから。風邪引いているときは一人でいると寂しいだろう?」

「……ありがとうございます」


 寂しいという気持ちを感じ取ってくれたのだろう。私はずっと握ってくれている彼の手を少し力を込めると、彼は強く握り返してくれる。側にいるよってエリック様の温かい気持ちが伝わってきて嬉しくてまた涙が滲む。


 もっとエリック様とお話ししていたけれどそれは早く体を治してから。エリック様はリネンのシーツを肩に掛け直してくれる。


「おやすみなさい、エリック様……」

「ああ、おやすみ。良い夢を」


 寝る前の言葉を口にしたエリック様は額にキスをした。少し恥ずかしかったけれど、母も同じことをしてくれたことを思い出し、手の温かさもあって私はすぐに夢の世界に落ちる。


 今度は悪夢を見ることはなく、私はエリック様と手を繋いで花畑の中を歩く幸せな夢を見たのだった。



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