交渉後の話
誰もが予想したとおり、一方的な展開になったこの交渉。
だが、その交渉結果といえば、ほぼフランベーニュ側のためにつくられたようなものである。
なにしろ、ミュランジ城を失わないどころか、モレイアン川を超えて魔族軍は侵攻しないという約束付きだったのだから。
もちろんそれまでの戦闘結果だけを知る者が交渉結果を眺めれば、領地も賠償金も獲得できなかったこの交渉は失敗だったと断じるだろう。
そして、それは王都にその結果が知らされたときに多くの貴族からそのような声が上がっていたのも事実。
だが、モレイアン川の対岸に陣を敷く魔族軍の実力を知る者にとってそれは望外の極みのような内容といえるだろう。
「……我が国にとって望みうる最高の結果といえるだろう」
危機を乗り切り安堵したダニエル・フランベーニュの言葉である。
一方で彼は誰もいないところでこのようなことも口にしていた。
「奴らが自分の利を犠牲にして、フランベーニュに利を与えるはずがない。つまり、あの協定には隠された罠があるはずである」
そうして、正式な協定文を手に入れると、何度も読み直す。
そして、ダニエルは目をつけたのは「フランベーニュ王国及びその同盟者、それからその国に属する者が川の東岸に侵攻した場合、フランベーニュはこの協定を破棄したものと見なす」という例の一文。
だが、彼も所詮、為政者側の人間。
最終的に彼の思考が辿り着いたのは、魔族側が国境突破をおこなう際の理由にするためのもの。
グワラニーが勇者一行対策としてその一文を加えたなどとは思いもよらない。
それから、もうひとつの重要項目であるモレイアン川の自由航行については、前線と王都でその考えが大きく分かれた。
もちろん前線部隊を指揮するアルサンス・ベルナードは補給路の確保を優先すべきであると主張したのに対し、王都に残る者たちはこぞってモレイアン川に沈む障害物の撤去に反対したのである。
「魔族が渡河できなかったことがミュランジ城攻略できなかったということが停戦に持ち込めたというのなら、それに関わるものを撤去するなどあり得ぬことだ」
そう主張して。
もちろんダニエル・フランベーニュのように状況のすべてを把握している者は猛反対したものの、結局王都の安寧が最も重要である者たちの意見が採用される。
その決定に最も驚いたのは、この協定をもぎ取った者たちである。
「グワラニーはあの障害物を簡単に除去できると言っている以上、あれが奴らの障害物にならないのはあきらか。そもそも奴らその気になれば、クペル平原でおこなったようにまず徹底した魔術師狩りをおこない、防御魔法が完全に消えしたうえで転移魔法を使ってこちら側にやってくる」
「だから、グワラニーに除去させてでも、モレイアン川の自由航行権を確保し、前線の補給路を確保すべきだ」
ミュランジ城を守り切った三人の幹部は連盟でそう具申したものの具申書はすぐさま暖炉に直行し、結局障害物はそのままということになる。
その結果、この後フランベーニュ軍主力は不便な陸路での補給に頼ることになる。
「……まあ、そうなるだろうな」
「まさに予想通りの結果だ」
ミュランジ城からの使者から伝えられたその結果にグワラニーはどす黒い笑みを浮かべてそう呟いた。