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マジャーラ王国

 マジャーラ王国。

 グワラニーは山賊国家と呼んだが、その俗名はグワラニーだけが使っているわけではない。

 というより、山賊国家という言葉がどの国を指すかは、当事者を除くこの世界に存在するすべての国で共通の事柄だと言っていいだろう。

 そもそも魔族王が人間に自治権を与えたときにはこの国は存在しなかった。

 だが、ある時アストラハーニェの南部、つまり現在のマジャーラ王国の一部を領土とする国が出現する。

 やがて、この国は拡大する。

 北側に。

 当然領土の一部で勝手に独立を宣言したうえ、それだけに止まらず領土を奪い続けるマジャーラ王国なるものに激怒したアストラハーニェ王国は鎮圧部隊を派遣する。

 そして、見事に鎮圧する。

 だが、彼らが引き上げた後に再びマジャーラ王国は姿を見せる。

 そう。

 鎮圧したと思われたのは見かけだけで大部分の関係者は山に逃げ込み難を逃れていたのである。

 そうなれば、今度こそ殲滅すると意気込んでやってくるアストラハーニェ王国の鎮圧軍。

 だが、今度は逃げるだけではなかった。

 山奥にまで誘引し、山道を縦長に伸びきった状態で進軍していたアストラハーニェの大軍を袋叩きにしたのである。


 戦列の両端及び中央に巨大な石を落として身動きできないようにしたうえ、土砂崩れを起こして一網打尽。

 殲滅である。


 「ケルメンドの惨劇」という名でも知られるこの戦いによってアストラハーニェは三万の兵と王太子を失うという大敗北を喫する。


 アストラハーニェの悲劇はさらに続く。

 前回の大敗北の教訓としてさらに大軍を派遣し、線ではなく面で占領地をふやしていく数で押すいわゆる物量作戦で進む。

 そして、木々に覆われたチェベルの丘にあるとされたマジャーラ王国の王都ヴィシェグラードを十二万人の軍で包囲、徐々にその輪を狭めていく。

 だが、このすべてが罠だった。

 その晩、包囲していたはずのアストラハーニェの後方から三方から火の手が上がる。

 それは進軍してきた城へ向かう街道と同じ。

 火を避けるために逃げまどうアストラハーニェの兵たちだが、実はそれ以外の場所は高い崖となり逃げ場はない。

 そう。

 包囲したと思っていたアストラハーニェの大軍は狭い袋小路に入ったようなものだったのである。


 転落死または、焼死。


 それが彼らに与えられた二択だった。


 もちろん降伏という第三の選択もなかったわけではなく、その選択を選んだ者も多かったのだが、結局彼らもすぐに同僚たちのもとへ向かうことになる。

 それからさらに三度の大敗ののち、アストラハーニェはその地をマジャーラ王国領土と認め、とりあえずの停戦が実現したのである。

 そして、この時からアストラハーニェの不本意な鎖国が始まったのであった。

 その後さらにマジャーラ王国は分裂を繰り返しながら共同体として同じ歩調を取り続け全体として拡大を続けて今に至っている。


「グワラニー様。ひとつ教えていただいてよろしいでしょうか?」


 このような場で自ら進んで口を開くことがないデルフィンが尋ねたこと。

 それは……。


「そのマジャーラ王国はなぜ北側にだけ領土拡大をするのですか?」


 実をいえば、これは多くの者が頭を悩ます難題であった。


 そう。

 この国の南にはアグリオン国がある。

 たいした武力もなく、驚くほどの富もある。

 アストラハーニェに侵攻するよりも遥かにうま味がある。

 それにもかかわらずマジャーラ王国も、そこから分派した国も一度たりとも南へ侵攻したことがない。


 不可解。

 というより、露骨。

 あきらかな繋がりがあると言わんばかりの。


 だから、多くの者はこう考える。


 その誕生からずっとアグリオンの商人たちがマジャーラ王国の後ろ盾になっていると。


 だが、ここでそうなるとありえない事実が浮かび上がる。


 マジャーラ領を通ってアストラハーニェと交易するアグリオンの商人たちは通行料に苦しみ、それを逃れるために転移魔法を使用することが多々ある。


 後ろ盾になっているのなら、このようなことは起こらない。


 では、偽装、または一部の商人による支援なのか?


 こちらについては、偽装はアグリニオン商人の気質から考えてそれはありえないし、一部の商人が独立を支援したという可能性もあったかもしれないが、現在の国の実権を握っている者たちとは無縁。

 それにもかかわらずマジャーラ人がやってこないということはそれとは別の理由と考えるのが妥当といえるだろう。


 だが、そこまで辿り着いたところで多くの者の推理は頓挫する。

 ついでに言っておけば、この件に関してアグリオンの商人たちは常に無実を主張する。


「もし、それが正しくマジャーラが我が国の飼い犬ということであれば、大海賊たちに借りをつくるような面倒なことをしなかったことでしょう。ついでに言っておけば、昔はともかく現在私と共に国の運営をおこなっている者はそのような者はいませんね。たとえば、こっそり支援している者がいるとします。その場合、その者にはどのような利があるのでしょうか?もっとも考えられるのは、アストラハーニェがマジャーラとアグリニオンを通さずに他国と交易することを阻止し、アストラハーニェとの交易を我が国の商人が独占することですが、アストラハーニェとの交易をほぼ私が独占している状況ではその者に利はない。というか、損得抜きで影から私の商売に協力しているということになりますが、この国の商人にかぎってそのような奇特な人物は絶対にいませんね」


 現在のアグリオン国のトップ、アドニア・カラブリタが、依頼した大仕事の完遂直後、この件についてアントニオ・チェルトーザに問われたときにこのような言葉でそれを否定している。


「まあ、実際のところはどうなのかはわかりません。それを判断する材料がほとんどありませんから。ですが、手に入れた情報だけで推測すれば……」


 その前置きに続いてデルフィンの問いに対してグワラニーが挙げたのは……。


「戦う際の簡単な理由だけで考えてもそれは成立します」


「たとえば正面と背。その両方を相手にしなければならないとします。その時、片方が大人、片方が子供だった場合、どちらを背にしますか?」

「子供でしょうか?」


 デルフィンの答えにグワラニーは大きく頷く。


「もちろん子供でも、大人よりも強い者もいます。ですが、この場合の子供は赤子同然の強さ。さらにいえば、こちらが手を出さなければ攻撃されない。もう一方は強い大人。そして、すでにこちらから喧嘩を売っている以上、相手がどちらを向いていようが攻撃してくる。そうなれば正面を向くべきは大人。つまりアストラハーニェというわけです」

「ですが、アグリオン国は微弱な軍事力敷かなければ一瞬で終わるのではないでしょうか?」

「そのとおりです。ですが、手に入れたものの、その国はそれまでと同様金の卵の産む鶏でいられるかといえばそうではない。おそらく大部分の商人は国に殉ずる精神など持ち合わせていない。もし、北から侵攻されれば、大急ぎで他国に避難してしまい、マジャーラが手に入れた段階でその地は商業国家として成り立たなくなるでしょう」


「さらに今まで以上にアストラハーニェからの圧力がかかるだけではなく、アリターナからも同じ種類の圧力がかかるでしょう。なぜなら、アリターナがそこを手に入れたのなら、そこを拠点にアグリオンが持っていた権益を引き継げることができますから」


「しかも、アグリオンは平坦地。マジャーラがアストラハーニェに対しておこなったような小細工ができない。そうなれば数の勝負。いくら弱兵揃いのアリターナでも負けることはないでしょう」


「そして、アグリニオンを確保するために大部分の兵をアリターナに対して振り向ける必要があるため、アストラハーニェに対抗する兵も少なくなる」


「そうなれば滅ぶしかない」


「そうであれば、アグリオンには公式には手を出さず、裏口からそれなりのものを貰ったほうがよいと考えたのではないでしょうか」

「ですが、アグリニオンはマジャーラを支援していないと……」

「支援はしていない。ただし、攻撃しない代わりの対価は支払っていた可能性はあるでしょう」

「では、私からもそれについてひとつ尋ねる」


 そう言ったのは老魔術師だった。


「今はともかく、奴らは活動資金をどうやって調達していたのだ?さすがに山賊をして稼いでいたわけではないだろう」


 もちろんグワラニーも山賊を本業としているとは思っていない。

 まずは頷き、それからそれに答える。


「これも根拠もない憶測ではありますが、アストラハーニェの南下を好ましく思わぬ者が資金および武器の提供をおこなっていた。というより、建国を唆したのもその者たちではないかと」


「だが、アグリニオンではないと……」

「もうひとつあるでしょう。アストラハーニェが南下した場合、国境を接する国が」

「アリターナか?」

「証拠もありませんし、今は手切れをしているとは思いますが、目先の利益だけで動く彼らなら十分にあり得ることだと思います」


「さらに、資金提供のもうひとつの相手と考えられるのが大海賊。アグリニオンが彼らを含む海賊たちの補給基地であることは誰もが知るところ。アストラハーニェの南下で自分たちの補給基地を失うことを恐れた海賊たちがその盾としてマジャーラをつくった。これであれば、マジャーラがアグリニオンを攻めないことは納得できます」


「まあ、どちらも私が勝手に想像しているだけですが……」


「さて、それを踏まえてということになりますが、私が先ほど言った準備。そのひとつが今挙げたアリターナと海賊たちに対して警告をすること」


「最近我が国の領土を脅かす山賊がいて困っている。王からマジャーラの民をひとりも残さず殲滅せよと命を受けている。私としてはそこまでやる必要はないと思うが、マジャーラのおこないが改まる様子がなければやらざるを得ない。その場合はアストラハーニェとともに、山賊退治をおこなう算段になっているのでアリターナも参加しないかとでも言えば、動きがあるのではないでしょうか」


「非公式なものでもこちらに手出しをしないと約束されるのであれば、こちらから侵攻する理由などない。マジャーラとはその程度の価値しかない国……」


 そこまで言ったところで、グワラニーはある可能性に気づく。

 元の世界でアジア、中東、アフリカで頻発する独立運動や反政府過激派の資金源。

 マジャーラのそれも同じものではないかと。


「バイア。私は知らないが、マジャーラの特産物とはなんだ?」


 むろんこの手の知識が圧倒的に豊富なグワラニーが知らぬことをバイアがわかるはずものなく、ふたりの魔術師も首を横に振るばかりであった。


「では、人間世界に出回る出どころ不明な生産物を挙げてくれ?」

「金と銀を除けば、まず紙、砂糖、胡椒、ガラス、ゴム……」


 自らのリクエストに従ってバイアがその名を告げていく。

 たしかに出どころはわかっていない。

 公式には。

 だが、マジャーラは山岳地帯。

 そのような場所での特産物は限られる。

 さらにバイアが挙げたものの多くは海賊たちが独占している。

 それはすなわち生産地が海賊の支配下ということにあり、アグリニオンの商人を通さずに彼らは手に入るということができるということであり、除外すべきもの。


 ……出てこないか。


 実をいえば、グワラニーのこの手の輩が資金源としているものとして浮かんでいるものがあった。


 ……まあ、そんなものなど出てこないことに越したがないがどうやら杞憂のようだな……。

 ……そういえば、この世界にはタバコもないな。

 ……私としてはありがたいことではあるが……。


 そう。

 グワラニーが想定していたもの。

 それは麻薬。

 だが、幸か不幸か、いや、確実に素晴らしいことにこの世界には麻薬というものは存在していなかった。

 では、その麻薬と親戚関係のある麻酔はどうしているのか?

 治癒魔法。

 それが代用品となる。

 だが、ほぼすべてが処置できてしまう治癒魔法は、治療技術や薬学の発達を妨げ、衰退に向かった原因でもある。

 何事も功罪半ばということなのだろう。


 ついでにいっておけば、この世界にも幻覚作用を引き起こすものは存在する。

 いわゆる毒キノコ。

 別の世界でいう「ワライタケ」、「シビレタケ」と同類のものである。

 まあ、こちらは多くの場所で採取できるうえ、気持ちよくなるなら酒のほうが百倍よいと風潮があることから、そんなものを常用する者などいないのだが。


 ……まあ、麻薬の類でなければとりあえずよし。


 安堵しながらぼんやりと聞き流していたグワラニーの耳にバイアの言葉が流れ込んできた。


「……燃える石」


 燃える石。


 この世界における石炭の呼び名である。


 別の世界では比較的多くの場所で掘り出すことができるものなのだが、この世界はその分布は非常に偏っている。

 魔族の国とアストラハーニェ。

 ほんの少しだけだがノルディアとブリターニャ。

 これだけである。

 もちろん地中深く掘れば見つかる可能性はあるが、この世界では採掘は基本露天掘りであるため、今後別の世界と同じように石炭採掘のための坑道を掘るという道に進まぬ限りこの状況は変わらぬだろう。

 ちなみに、燃える泥というものもあるが、こちらは魔族の国とノルディアが主産地となっている。


 それから、もうひとつ。

 別の世界では石炭にとって代わりエネルギー資源の最高峰となっている石油だが、この世界では本格的な採掘はしていない。

 そのため、この世界の油といえば、動物性油脂と植物油脂のどちらか。

 安定的に確保するために各地で栽培がおこなわれたことにより、近年は圧倒的に植物油脂の割合が高くなっている。


 ついでにいえば、この世界にも蝋燭はある。

 そして、その原型を持ち込んだのは、あの魔族の王となる。

 それまでは皿に油を満たしたものに芯をつけて蝋燭代わりにしていたのだが、効率が悪いうえ、火事が多いことから、製造法を伝授したのだ。

 まあ、その知識の出どころはいうまでもないだろう。


 さて、この世界のエネルギー事情などを述べたところで続きに進むことにしよう。


「……燃える石?」


 グワラニーが呟くと、バイアは頷く。


「もちろん我が国とワイバーンの交易品には燃える石は含まれていません。さらに、我が国とともに燃える石の主要産地であるアストラハーニェは他国と交易しているという話は聞いたことがありませんし、ノルディアは自国分で精一杯。最近ブリターニャでも掘り出していると聞いていますが、状況はノルディアと変わらないでしょう。それにもかかわらず人間世界にもかなりの量の燃える石が出回っているようです。まあ、そうなると出どころとして考えられるのは海賊どもということになりますが……」


 ……この世界では石油が重要視されていない。

 ……となれば、向こうでの石油の代わりに石炭がその役割を担っていると言ってもおかしくないな。

 ……そして、これが多くのものを輸入に頼ってもマジャーラがびくともしないカラクリであるならすべての説明がつく。

 ……てっきり通行料なり裏金なりが彼らの資金源だと思っていたが、そういうことなら……。

 ……たいした数の人間がいないにもかかわらず国の経済を賄えるくらいの石炭を掘り出せるということは、まちがいなく大規模な露天掘りが可能な炭田が山奥のどこかにあるのだろう。


「いや。燃える石の出どころはマジャーラの可能性が大だな」

「……そういうことであれば、手に入れるのも悪くありませんね」

「いや」


「人間社会が使用する燃える石の大部分を算出する鉱山群。手に入れたいのは山々であるが、やはりやめておいたほうがいいだろう」


 バイアからの提案をあっさりと否定したグワラニーは、それに続けてその理由となるものを口にする。


「なにしろ奴らは逃げることを厭わぬ。戦う相手としてこういう輩が一番やりにくい。さらに、戦場も相手が有利な山岳地帯。条件がよくない」


「もちろん、やりようはある。簡単に言ってしまえば、彼らの国土をすべて焼き払い隠れる木々を取り去ってから攻めればいいのだから。さらに、その鉱山を奪うという一点だけも目標に戦うのであれば、森と一緒にそこに住む者を焼き払えばよい。そして、我々にはそれをおこなう力がある」


「だが、それをやってしまえば、これまで我々がやってきた融和策はすべて崩れてしまう」


「問題はまだある」


「形がどうであれ、我々がマジャーラを占領したとする。すると、間違いなくこれまでおとなしくしていたアストラハーニェがマジャーラ奪還に動く」


「奴らとしたら元々自分たちの領土。しかも、対魔族協定に加わっているマジャーラではなくその対象である我々であれば大手を振って攻撃できる。さらに奴らの天敵のような野盗どもを我々が駆除した」

「感謝の言葉を口にしながら攻撃してきそうです」

「そうだ。そして、そうなればアストラハーニェはすべての戦線で攻撃を開始する。つまり、我々が彼らを戦争に引き込んだことになる」


「アストラハーニェはこれまで戦いに参加してこなかったため、戦力が充実している。対する我々はあの地に張り付けているのは一流とは言い難い軍。さらに数にだって問題があります」

「そう。アストラハーニェが全面攻勢に出た瞬間、戦線が崩壊するなどということになりかねない。そうなっては我々だけでは止められない」


「つまり、東方の田舎熊にはできるだけ長く冬眠してもらわねばならないのだ」


「ということは?」

「やはり当初の予定通り、こちらの領土に入ってきた者だけを叩く。そのうえで、アリターナと海賊に話を持ち掛けて仲介を頼み形式上の停戦をする」


「それがうまくいかないようであれば……」


 そこまで話したところでグワラニーはニヤリと笑う。


「奴らの資金源である燃える石の価格を下げにかかる。ワイバーンを通じて燃える石を大量に人間世界に流す。それこそ有り余るくらいに。そうすれば燃える石は値崩れを起こす。マジャーラが燃える石を経済の根幹にしているのであればあっという間に息の根が止まる。そうなれば、向こうから、というか、奴らとともに暴利を貪っていた商人の誰かから話が来るだろう」


「なんとかしてくれと」


「そうなれば、より良い条件で停戦できる」

「では、その手をこちらの初手とすれば、交渉はすぐに始まるのではないでしょうか?」

「だが、それは強要された感が残り恨みを買う。それよりもこちらが出した緩い条件を相手が蹴り飛ばしたところでそれをおこなったほうがいいだろう」


「ということで、これがマジャーラに対する基本方針だ」


「バイアは今回の戦いの主要な武器となる燃える石が人間世界でどの程度の価格で流通しているのか確認してくれ……」


 もちろんグワラニーの指示に従いバイアは動き始める、

 だが、調べ始めると気づく。


 ……たしかに、アグリニオンの商人を通じて燃える石は人間の国に流れている。

 ……つまり、マジャーラが燃える石を売り物にしていることは間違いない。だが……。

 ……我が国では燃える石は薪代わりに使用しているくらいであり、ワイバーンに探りを入れたかぎり、彼らも人間界も利用方法はそうは変わらない。

 ……そして、寒冷地に位置し、燃える石をもっとも利用しそうなノルディアとブリターニャは自前で調達できる。

 ……そうであれば、それだけで国が潤うということはあるのかは少々疑問だ。

 ……燃える石のさらなる利用価値を人間が見つけたか?それとも、マジャーラという国を潤す別の資金源があるのか?


 ……ワイバーンと接触した感触では前者の可能性は低い。そうなれば、残るは後者。


 ……もう少しあたってみるか。


 心の中でそう呟く。

 そして、さらに調査していたバイアが辿り着いたもの。

 それは鉄。


 ……我が国はもちろん、その技術を伝えられた人間の世界でも鉄をつくることはでき、どこの国でも鉄をつくっているが、あれは非常に手間がかかる。

 ……鉄の原料である鉄砂の採取から始まり、その製造も。

 ……当然高価だ。

 ……だから、我が国でつくられた鉄の大部分は武具の材料となり、それ以外で鉄を利用するのは農具と鉱山用道具と釘などの必要最低限の建築補助材だけという制限がある。

 ……それは人間の国でも同じはず。

 ……気になってワイバーンにさりげなく問い合わせたところ、ある事実に突き当たった。


 ……鉄の生産を一切おこなっていない海賊たちだけではなく、人間の国も、自国の鉄を使用しているのは貴族や将軍など上位階級が使用する武具だけで一般兵士用の武具や農具や工具などはアグリニオンの商人から購入しているものだという。

 ……だが、アグリニオンは商人国家。鉄を使った道具をつくる工房はあっても鉄そのものの生産をおこなっているとは思えない。

 ……つまり、奴らがどこからか鉄を仕入れている。

 ……このような場合、多くの例からその出どころは海賊。だが、ワイバーンの言葉が正しければ海賊は鉄をつくっていない。となれば、残るのはアストラハーニェとマジャーラだけ。

 ……ということは、その相手はマジャーラ。


 ……石炭よりも鉄の方が儲かるから、これがマジャーラの資金源でまちがいないだろうが……。

 ……問題はどうやって人間社会が使用する大量の鉄をあの小さな国がつくりだしているかだ。


 ……まあ、そういうことを考えるのはグワラニー様。

 ……さて、私が持ち込むこの情報をもとにグワラニー様はどう考えるか。

 ……楽しみだ。


 あらたな難題を持ち込むにもかかわらず、バイアは嬉しそうに心の中でそう呟いた。


 そして……。


「なるほど。鉄か……」


 資料をまとめ終えた翌日、バイアからその話を聞かされたグワラニーは呻く。


 ……この世界の鉄の主原料である鉄砂、つまり砂鉄はどこでも採れるものと聞かされていたため、当然必要な鉄は自前ですべて賄っていると思っていた。

 ……だが、言われてみれば、身分格差が激しい人間の国で砂鉄からつくる高価な鉄を農民兵が使う武具に使うはずがない。

 ……そうかと言って鉄製の武具を渡さずに戦わせるわけにはいかない。

 ……大剣を振り回す相手に手ぶらというわけにはいかないのだから。


 ……気合いと根性があれば飛行機を竹やりで落とせると為政者が豪語したどこかの神の国であるまいし。


 ……だが、そうなると安い鉄製の武器は絶対に必要。

 ……防具だって鉄製なのだから当然それもマジャーラの鉄を使ったアグリニオン製の……。

 ……ん?


 ……どこかおかしい。


 グワラニーが持った違和感。

 それは……。


 価格。


「バイア。我が国の鉄の単価を半分にする方法はあるか?」


 唐突すぎるグワラニーの問い。

 だが、これには十分な理由がある。


 ……量的な問題はとりあえず後回しにして、価格だけのことを考えれば、アグリニオンの悪徳商人から買うのだから、原価に相当な手数料がつく。

 ……それでも、自前でつくるよりも十分に安いと思えるだけの価格ということは、その原価はとんでもないものになる。

 ……自国産の鉄の半値。


 だが、バイアから返ってきたのは想像どおりのものだった。


「申しわけありませんが、それはなんとも。なにしろ鉄をつくる場面になど立ち会ったことがありませんので工程のどこを改善すれば劇的に書かくが下がるのかはわかりません」

「そうだろうな。実を言えば私もそうだ」


 そう。

 これが現実。

 つくり方は聞かせられ知っていたとしても、実際の作業を見たこともない者が生産効率を上げるにはどこを改善すべきかなどすぐに答えられるはずがないのだ。


 ……やはり、見たこともないことについても事もなげに解決策を提示するなど物語の主人公だけだな。

 ……というか、そもそも普段すべてをスマホに頼っているような奴らが、スマホのない世界にやってきてあんなことができるはずがない。

 ……最終的に使えるのは地道に努力して身に着けた知識と経験だけなのだから。


 心の中で自分と同じ立場である、転移先で元の世界の知識を披露して無双する物語の世界に住む知の英雄に対して盛大な皮肉をお見舞いし、苦笑いしたグワラニーは一瞬後、その問いを別の形に変形させてもう一度尋ねる。


「では、話を鉄ではなく一般的な物作りとしよう」


「生産物の売り値を下げるには作り手はどうすべきか?」

「それについては具体的な策は色々ありますが、最終的には同じ手間でより多くのものをつくることでしょうか?」

「そうだ。まあ、実際にそれで下がるかどうかはわからないが、売り値が半分と決められてしまえば、作り手は同じ利を得るために今までと同じ手間でつくる数を倍にするか、数を変えないのであれば手間を半分にしなければならない。そして、これをマジャーラの鉄に当てはめてみると……」


「状況からフランベーニュやアリターナがつくるよりも大幅に安い鉄をマジャーラは生産しているということになるわけなのだが……」


「以前鉄の買い上げ価格の引き下げを念頭にて製鉄工房の長に魔法を使うことを勧めたことがある。私はただ材料を混ぜ溶かせばいいものだと思っていたので、魔法を使って高熱で一気に溶かせばいいだろうと提案したのだが、その時に良い鉄をつくるためには温度を上げられないというような内容の言葉で反論された。多くの経験をしている本職がそう言うのだからその言葉を信じるしかないのだが、質を保ちながら量をつくるのは難しいのだろうし、この部分については素人が口を挟むことではないのだろう。となれば、我が国で経費節減を考えるのなら鉄砂を集めるという部分だな」


 そこで気づく。

 その材料の正体を。


 ……おそらくそれは鉄鉱石。

 ……露天で石炭を掘っていた過程で鉄鉱石の山に辿り着いたか。

……そして……。


 ……一方は苦労して集める砂鉄、もう一方は掘り出すだけで済む鉄鉱石を使った製鉄。

 ……これなら質はともかく量はつくれるというマジャーラの現状を説明できる。


「……マジャーラではかき集めるのに大変な手間が必要な鉄砂というより鉄を含んだ石が簡単かつ大量に手に入るのだろう」


 そう言ってグワラニーは笑う。

 もちろんそれは、マジャーラの資金源のカラクリだけでなく、この話の始まりとなったマジャーラとアグリニオンの関係についての入口も見つけたからだ。

 一呼吸後、グワラニーはそれを口にし始める。


「実際のところ、バイアと同様私も鉄をつくる現場に立ち会ったことはないが、聞かされた工程からその過程でかなりの煙が上がると思われる」


「当然それは攻める相手には目標となる」


「もちろんその期間鉄をつくる作業を止めていれば大丈夫かもしれないが、さすがにアストラハーニェが攻めてきていた間、ずっと休業ということはないだろう」


「そうなると……」


「鉄をつくる工房はマジャーラの北半分、いや、アストラハーニェの侵攻は最大で国土の半分まで及んでいることを考えれば、中心部でもない」


「おそらくその場所は南。そして、我が国を攻めれば反撃侵攻されることを考慮すれば、西側にもない。そして、我が国の鉄の生産拠点を参考にすれば、材料である鉄砂も工房近く、下手をすれば、燃える石が採れる場所もその近くにあるだろう」


「通常の交易路を外れた場所にマジャーラとアグリオンの鉄商人しか使わない道があり、そこが運搬路だろうな。もしかしたら、アグリオンの商人が抱える武具などの工房も国境近くにあるのかもしれない」


「まあ、現地を見ればそれが正しいかどうかすぐに判断できるのだが、残念ながらそれは叶わぬ以上、想像はこの辺で止めておくべきだろう。だが、ここでひとつ問題が浮かび上がった」

「と言いますと?」

「燃える石なら我が国に山ほどある。マジャーラを黙らせるために人間世界に流すことは策として悪くないものだ。だが……」

「鉄となれば話が変わってきますね」

「そういうことだ。さすがに損を出しながら貴重な鉄を売りさばき、その鉄でできた武器を持った敵と戦うなど想像もできないくらいに愚かな行為だ」


「そういうことで最初の手は使えなくなったが、できれば兵を動かさずにマジャーラを黙らせたいのだが、何か良い策はないか?」


「まあ、そんなものが簡単に出るのなら苦労はないな」


 自問自答の見本のように自らの問いをあっさりと否定したグワラニーが、続いて口にしたのは、自国の鉄と鉄製武具の生産についてだった。


「マジャーラができることは我が国でもできるのではないか」


 それがグワラニーの言葉であった。


「質の良い鉄だけに拘らず、多少質が悪くても大量につくることによって鉄の供給量が増え鉄の単価が下がる」


「それから、整形作業についてもすべてを工芸品のようなやり方でつくるではなく、鋳型に鉄を流し込んで同じものを大量につくる方法をもう少し取りいれるべき。そうすれば、農具や建築資材の単価が下がるのではないかと王に提案してみようと思う」


「人間がこの方法で鉄を安価で大量生産し、武具を我が国の半値で売りさばいているとでも言えば、職人の自尊心に火がついて真面目に大量生産の研究するのではないか」


 グワラニーが雄弁に語ったことに対し、バイアはまずは頷き、それから、疑問を口にする。


「ですが、安くなっても質が悪くなっては元も子もないのではありませんか?」


「武具については今まで通りとすれば、今と同じものができるだろう。私が言いたいのは、質が重要視される武具と使い捨てのような日常使いのものが同じ質が必要かということだ」


「まあ、私が言ってすぐに実現するわけではない。あくまでこれは将来のため。いわば、我々がこの国の主導者になったときにすぐにそうなるような下準備のようなものだ」


 冗談半分。

 本音が半分。

 その程度の軽い気持ちでグワラニーが口にしたこの言葉であったが、これが驚くほど早く実現する。

 実現してしまった。

 そう言えるくらいに。


 もちろんそれには理由がある。


 そう。

 この国の最高権力者もほぼ同様のことを考えていたのである。


「……剣と農具を同じつくり方でよいのかと私も思っていた。もちろん農民にとっての農具が戦士の剣や甲冑と同じくらいに重要だということはわかっているが、それでも質が多少落ちてもそれを上回るくらいに安くなれば、彼らにとってより利はあるだろう」


「それに、この国は木材を使った家が多い。釘が安くなれば、もう少し耐久性が高いものが出来ると思っていた。時間のかかる噛み合わせの細工や、脆さが否めない縄で縛るなどということをしなくて済むから」


 それがその決定を下した時の王の言葉だった。



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