幕間劇的会話
グワラニーがミュランジ城を守るフランベーニュ軍幹部の会談日。
五人のフランベーニュ人を乗せた一艘の川船が回廊を難なく通り抜け対岸にやってくる様子をグワラニーたちは眺めていた。
「うまいな」
グワラニーは呟く。
「だが、彼らは軽々とやっているのを見ると、そう難しそうには見えないのだが……」
「いや。あそこまでになるまでは相当の訓練を積まねばなりません。今回の我が軍の敗因は川を軽く考えていたことです」
「ということは、さすが海軍というところか」
「それから川底に沈む障害物。あれは直接的な障害になるだけになるだけではなく、川の流れにも影響を与えます。あれを延々と川につくり続けたフランベーニュ軍の周到さには驚かされます」
今回の交渉の末席を与えられたフェヘイラはグワラニーから投げかけられた言葉に苦みを大量に含ませながらそう応じた。
……やはり、言っておくべきだな。
その言葉から何かを感じたグワラニーはフェヘイラに鋭い視線を送る。
「一応言っておくが、これは私とミュランジ城を守るフランベーニュ軍との交渉だ。席は用意したが、発言は許可しないし、まして剣を振るうようなことをしたら敵が動く前に私の方で処分するからそのつもりでいるように」
報復に対する警告である。
……なるほど。
……これが私に対する評価ということだな。
フェヘイラは心の中でそう呟いた。
……総司令官とは無関係で、単なる数合わせでのために呼ばれたものであるものの、私はこの男の敵側の者としてここにやってきたのだ。この扱いは当然だな。
フェヘイラは恭しく一礼しながら言葉を紡ぐ。
「席を用意していただいただけでありがたいと思っています。グワラニー殿」
「よろしい」
フェヘイラの返答に頷いたグワラニーは次に今回の重要テーマを伝える。
もちろんそれはその場でおかしなことにならぬようにという配慮からである。
「……将軍には事前に伝えておくが、私は今回の交渉でボルタ川を我々とフランベーニュの境とし、お互いにそれを超えることがないように協定を結ぶつもりだ」
「それは大変よろしいのではないでしょうか」
……異議を唱えない?
間髪入れずに帰ってきた答え。
一言あると考えていたグワラニーにとってこれは意外なものだった。
……牙を抜かれ、戦意喪失か?
……それとも私に媚びを売っているだけか?
侮蔑の色を濃くした視線でその男を眺める。
「それは交渉内容に賛成するということか?」
「そうです」
「せっかくだ。その理由も聞いておこうか」
「グワラニー殿にとってミュランジ城を取ることで得られる利は少なく、負担ばかり増える。そういうことなら、フランベーニュに恩を売る形で線引きしたほうが将来的得るものが大きいからということでしょうか」
……ほう。
グワラニーは心の中で感嘆の声を上げる。
……我が軍の状況を把握して言っているのか。
……これはおもしろい。
フェヘイラに興味を持ったグワラニーはさらに問う。
「フェヘイラ将軍の意見には聞くべきところがある。だが、手に入れたミュランジ城をガスリン総司令官に献上すればすぐに利がやってくるように思える。それに、そうなればフェヘイラ将軍が城主になると思うのだが?」
「まあ、送り込んだ子飼いが死に絶えたのですからそうなるでしょうね。ですが……」
「残念ですが、私ひとりではとても支えきれない」
「理由は?」
「フランベーニュにとってミュランジ城は押さえておかねばならぬ場所。全力で奪い返しにくる。本気で」
「だが、私はグワラニー殿の配下ではない。つまり、あの旗の恩恵を受けることができない」
「そうなると、とても戦えない。というより、そもそも自力では補給ができない」
「結局グワラニー殿の手を借りねばならなくなる。そして、それはミュランジ城失陥まで続く。つまり、グワラニー殿はこの地を離れられなくなる。グワラニー殿にとってそれはあまり望ましいことではないでしょう」
……悪くない。
グワラニーは心の中にある考査票にあるフェヘイラの評価を書き換える。
大きく息を吐き、それから表情をつくり直したグワラニー殿が口を開く。
「フェヘイラ将軍はなかなかの見識をお持ちのようだ。この戦いの始末がついたから転属願いを出すといい。もちろん私の部下として働く気があれば、の話だが」
「まあ、それはそれとして、まずは目の前の問題を片付けようか」




