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正解となる不正解 

 時間を少しだけ遡り、「ロシュフォールの火祭り」より半日ほど前。

 つまり、「第一次モレイアン川の戦い」の決着がついた直後。


 一応形にうえでは、正面からぶつかった魔族軍とフランベーニュ軍。

 その結果は後者の圧勝。


 それはその様子を遠くから眺めていた者にとっても意外なものとであるといえた。


「……とんでもないものを見せられた」


 それを見終えた男はそう呟く。


「それで、専門家の目から見てフランベーニュ軍はいかがでしたか?タルファ将軍」


 男が声をかけたのは、純人間であり、かつてノルディア王国の将軍という肩書を持っていたアーネスト・タルファだった。

 詳細を確認するため、戦いの間借りていた異世界から持ち込んだことをはっきりと示されている双眼鏡をその男に返しながら、タルファは苦笑する。


「率直な感想を言わせてもらえれば、あの者たちがいるかぎり、我が軍には勝ち目はないですね。少なくても、通常方法で水上から対岸に渡るのは難しそうです」

「ほう」


 たしかに目の前で起こったことを考えれば、まったくもってそのとおりなのだが、実際ミュランジ城攻略軍が魔族軍の中でも特別弱いというわけではないことを考えればあれだけ差が出るのはそれなりの理由がなければならない。


 ……あれが勇者一行に属する三人の剣士ならわかる。

 ……だが、それ以外の者、たとえば人狼であってもあそこまでにはならない。


「タルファ将軍には何か思い当たることはありますか?」

「ええ」


 行き詰った思考を動かすために問うたものであったのだが、実は正解がやってくるとは思わなかったその男は少し驚きながら、話を進めるように右手で促すと、タルファは頷き、それから、それを口にする。


「我が軍を圧倒したフランベーニュ軍の正体。あれは海軍です」


 それは予想外の言葉だった。

 特に、陸海軍の対立とその結果ろくなことにならなかった多くの事象を知っている者にとっては。

 動揺を悟られないよう少しだけ時間を使って心を落ち着かせたのち、男が口を開く。


「海軍?あそこにいるのはフランベーニュ海軍なのですか?」


 十分無難な問いである。

 むろん目の前の男がこの世界にも存在する裏事情を知っているなどとは考えていないタルファはまずは小さく頷いて、その問いの意味することを肯定すると、少々回りくどくその説明を始める。


「ついでにいえば、最初に船に乗り込んだあの白服は提督の称号を持つ者です。いうまでもないことですが、海軍は船乗り。揺れる船の上で剣を振るうことを生業にしています。彼らならあの程度の芸当雑作もないのでしょう」


「たいして我ら陸軍は、地に足をつけた状態で戦うことを前提にしている。当然あのような場面など想定しない。大差が出るのは当然」

「……なるほど」


 いちいちもっともだとその男は思う。

 だが、肝心な部分に疑問はそのまま残っている。

 それを引き出すために問い直そうとしたときにタルファの口が動く。


「ただし、なぜ海軍がここまでやってきているのかはわかりません。ノルディアでは海軍が陸軍の縄張りに入ってくることはありませんでしたから」


 つまり、この世界でも例のあれはあるということである。

 だが、それはノルディアだけと言う可能性もある。

 男はさらに踏み込む。


「フランベーニュではありえることなのでしょうか?」

「ないと思います。少なくても私がノルディアにいた時には聞いたことはなかったですね。まあ、どの国でも海軍と陸軍が仲がよいということはありませんから」


「ですが、そのいきさつはともかく、これだけの差を見せられてしまうと、海軍をここに配置するというその判断は見事に的中したといえるでしょう」

「たしかに……」


 もちろんタルファの言葉には納得はした。

 だが、疑問は残る。


 ……いくら大河とはいえ、ここが海軍の持ち場ということはないだろう。

 ……そして、そういうことであれば、海軍がここにやってくることを陸軍が黙っていないというだけではなく、海軍だって好き好んで陸軍の手伝いなどするはずがないというのは、陸海軍の仲の悪さというどの世界でも共通の話から想像できる。

 ……そういうことであれば、それを指示した者がいる。

 ……そして、それは陸海軍の垣根を超えた者でなければできないこと。しかも、それを拒みことが出来ぬほどを力も帯びてなければならぬ。

 ……つまり、王かそれに近い者。

 ……しかし……。


 ……フランベーニュの王や皇太子は凡庸。百歩譲って取り巻きの大臣どもまで指示者の範囲を広げても、彼らも無能ばかりという情報だったではないか。

 ……まったくワイバーンの情報もアテになら……ん?


 そこまで思考を進めたところでグワラニーは該当しそうな人物がひとりいることを思い出す。


 ……三男のダニエル・フランベーニュ。


 ……普段は玉座の裏に隠れているが実は食わせ物だという話だったな。つまり、一番、というより唯一可能性があるのはこいつだ。


「バイア」


 男は側近の名を呼ぶ。


「我が軍を笑い物にしてくれたあの集団はフランベーニュ海軍と判明した。奴らの情報を手に入れてくれ。それと……」


「フランベーニュ王国第三王子ダニエル・フランベーニュについても調べてくれ。念入りに」

「承知しました。承知しましたが、なぜダニエル・フランベーニュを調べるのですか?グワラニー様」


 さすがにそれは入り口から過程が大幅に省かれて出口に直結したような物言いだったため、即座に理解するのは難しい。

 削除された部分を問うてきたバイアの言葉は当然である。

 男は頷き、そして、答える。


「ミュランジ城攻防戦の肝は渡河にあると私も考えていたので、当然川に障害物を沈めるのは想定できた。だが、海軍をここに派遣させて川の警備にあたらせるなどという発想は小指の先ほども浮かばなかった。つまり、それを思いついたのは私よりも頭の回る者だということだ。そして、自分より能力が上の者を見つけたら今後のこともある。念入りに調べるのは当然だろう」

「なるほど」


「発想のすばらしさは十分に理解しました。ですが、それを思いついたのがなぜ第三王子ダニエル・フランベーニュということになるのですか?」


 ……まあ、そこが問いの核心になる部分だったな。


 これまたもっともな問い。

 その男は自らの言葉の足りなさに薄く笑う。


「先ほどのタルファ将軍の言葉のとおり陸海軍の対立は根深い。その仲が悪い両者を黙らせることができるのは王族しかいない。そして、その王族のなかで馬鹿が確定している奴を消していったらダニエル・フランベーニュしか残らなかった。これがその理由となる。まあ、これはあくまで勘に近いものだから、外れる可能性もあるが、本当にダニエル・フランベーニュが傑物ならアポロン・ボナールを戦場に送り込んできたのも奴かもしれない。その辺を含めてワイバーンに情報提供を求めてくれ」


 バイアに披露したグワラニーのこの読み。


 実はこれは半分だけが正しい。

 ダニエル・フランベーニュが海軍提督アーネスト・ロシュフォールをミュランジ城に送り込んだ張本人だというのはたしかに間違っていない。

 だが、その理由はハッキリいえば、見当違い。

 もう少し優しく言えば、買いかぶりである。

 まあ、自らの駒となる兵も指揮官もいなかったダニエル・フランベーニュが、船がなく遊んでいる海軍に目をつけたなどというフランベーニュ国内の悲しい実情などグワラニーが知るはずもないのだから仕方がないのだが。


 そして、ついでにいっておけば、これからしばらく経った後、その買いかぶりはフランベーニュ中でダニエルに対して巻き起こる声によって正しいものとして塗り替えられることにもなる。

 それによって、事前にそれを指摘していたグワラニーの評価が上がるわけなのだが、実を言えば、それは、結果を知ってから理屈をこね回す「後付け意見」ならぬ、「先付け意見」だったわけで、すべてを知っている者はその状況に苦笑いを浮かべるしかないところである。

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