勇者と女海賊との会話
ファーブたち三人を預かった大海賊のユラの御座船の上でおこなわれた酒宴。
実は、宴の主催者であるユラは、酔いつぶれる寸前の主賓たちといくつかの事柄について会話を交わしていた。
もちろん三人にタップリと酒を飲ませるように指示をしたのが彼女であるのだから、当然それなりの目的があったわけなのだが、その目的がこの会話であった。
彼女が三人の前に少々露出度の高いドレスで現れたのはもちろんより自白効果を高める、いわゆる色仕掛けだったわけなのだが、これは完全な空振りに終わる。
なにしろファーブとブランに関しては、色気よりも食い気。
唯一の彼女持ちで可能性がありそうなマロも幼馴染のエマ・フォアグレン一本やりでそれ以外の女性は目に入らぬ。
そして、なによりも彼らの心にはフィーネによって女性に対する潜在的恐怖が刻み込まれている。
この世界には存在しないセクハラという概念とともに。
そういうことで、彼らの目には大海賊の長という部分を除けば、ユラは「ただのおばさん」でしかない。
もちろんユラもそれに気づく。
……大人の色気もわからないとは、やはりガキですね。
三人に新たな一杯を注ぎながら、ユラは心の中で盛大にクレームの声を上げる。
だが、ユラの目的は彼らをモノにすることではないので、すぐに気を取り直す。
そして、問う。
「どうやったらあなたたちのように強くなれるのかしら」
「その秘訣を教えて頂戴」
もちろんこれは彼女が知りたいことへの入口である。
だが、それとともに表面上の言葉であるそれもまちがいなく問いたいもののひとつである。
なにしろほぼ無敵ともいえる自らの部下たちがあっさりと倒されたのだから。
だが、返ってきた言葉はユラを大きく失望させるものだった。
「……鍛錬かな」
「それに多くの経験」
「地道な努力がもっとも早く強くなる」
剣の師匠が弟子に言って聞かせる文句が三人の口から次々とやってきたのだ。
「それは多くの者がやっていることだし、私の部下だって鍛錬も経験も申し分ない。それでも今日も模擬戦であなたたちに歯が立たなかった。その差は何かと聞いているのだけど……」
少しだけイライラ感を出したユラの言葉にファーブが一瞬だけ考え、それからそれを口にする。
「あとはそいつが持っている素養だ」
「魔術師だって努力だけではどうにもできない差というものがある。剣士だってそうだ。同じだけ鍛錬しても手にできる強さは違う。もし、同じだけ修行と経験をしてもあんたの部下より俺たちの方が圧倒的強かったのなら、それは元々持つ才の差だ。こればかりは自分ではどうにもできない」
「それを持っていたというのなら、ついていたわけだ。俺たちは」
「ああ。そうなるな」
「随分とわかったようなことを言うのね。子供のくせに」
「では、逆に尋ねる。ジェセリア・ユラ。あんたは自分の船団の中で剣の腕が一番だそうだが、なぜ他の奴ではなく、あんたが一番なのだ?」
「それは……」
あまりにも続く陰気臭い言葉の行列に思わず口にしたものに対し、ブランから返ってきた言葉は、実は真実の的を射たもの。
当然反論できずユラは押し黙るとファーブは薄く笑みを浮かべる。
「まあ、そういうことだ」
「だが、それはあくまで一対一での戦いの話だ」
「個の力では叶わなくてもそれを飲み込む数という手がある」
「それに武器」
「そして、策だったか」
「もちろんこれはアリストの受け売りなのだが」
そう言って、三人は声を上げて笑った。
「なるほど。ところで……」
「アリスト王子はあなたたちの雇い主なのでしょう。しかも、年長者」
「それなのになぜ呼び捨てなの?」
これもユラが持っていた違和感のひとつ。
しかも、アリストはブリターニャ王国の第一王子で、三人はどう見ても平民。
さらに言えば、見た目から判断すれば平民の中でも平均以下。
身分的にそれはどうかという思いはある。
アウトローの代表のような海賊とは思えぬ言葉ではあるが、大海賊は意外にもその辺のマナーはわきまえているのだ。
だが、ユラからの極めて常識な問いは、言われた方にとっては迷惑千万。
面倒くさそうに顔を顰めたファーブが口を開く。
「アリストがそう呼べと言っているからな」
「フローラだってそうだ」
「まあ、フローラは言われなくてもそう呼ぶだろうが」
ちなみにファーブたちが口にしたフローラとはフィーネのこと。
この辺は徹底されているため、どれだけ酔っていようが情報が漏れ出すことがないのはさすがというべきだろう。
「そういえば、彼女の名はフローラというのでしたね」
「ああ。もっともその時々の思いつきで色々名乗っているが」
「なるほど」
「ところで、そのフローラだけど……」
「彼女は強いの?」
「……なぜそんなことを聞く?」
「驚くことはないでしょう」
「あなたたちは本当に強い。さすがアリスト王子の護衛をたった三人で務めると感心するくらいに。ですが、そのあなたたちをアリスト王子は私のもとに寄こした。残っているのは彼女だけ。そうなればと考えるのは当然でしょう」
「なるほど。確かにそうだな」
「それで……」
「……彼女はこの前自分が魔術師だと証明したのだけど、強さまではわからなかったのよ。……彼女は強い魔術師なのかしら?」
ファーブからやってきた警戒色の濃い言葉に対して、ユラは自らの疑問をストレートにぶつけ、さらに新たな問いを切り込む。
そして、それに対して返って来たのは彼女の期待以上のものだった。
「強いというより怖いという方が近い」
「どういうこと?」
「俺たちに対しても遠慮がない。敵を倒すためなら俺たちごと丸焼きにしかねないということだ」
「それに剣も使える」
「軽いが、それを補ってあまりくらいの速さがある」
「なるほど」
そして、ここでユラは自身にとって最も尋ねたかったことを口にする。
ごくさり気なく。
「ちなみにアリスト王子自身は?」
「自分の身を守る術はないの?といっても、帯剣していないのだから、そうなれば……」
「魔法くらいしか浮かばないけれど……」
もちろんこれは誘い文句。
だが……。
「魔法?」
そう言うとまずファーブが、続いて残りふたりが鼻で笑う。
「ないな」
「ああ。ないな」
「そんなものがあれば、あのケチなアリストが金を払って俺たちを雇うわけがない」
「そのとおり。アリストは本当にケチだ」
「まあ、アリストの武器といえば頭だな」
「それから口」
「肩書というのもある。残念ながら金はない」
「いやいや。あれでも王子だ。金はあるだろう。ケチなだけだ」
「同じことだろう」
「そうだな」
いつぞやはグワラニーの前で大失敗に演じた三人だったが、ここでは完璧な情報封鎖に成功する。
そして、ここで話は終わる。
というか、アルコールがほどよく回った三人の意識が薄らぎ、周辺にいる海賊たちが待つ夢の園へ旅立ったというのが正しい表現だろう。
……まあ、いいでしょう。
……やはり、あの小娘がひとりで護衛が務まる程度の実力を持っていることがわかっただけでも大成果なのですから。
ユラはそう呟き、三人の豪快ないびきに苦笑いしながら残った酒を飲みほした。