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「どんな男だっけ?」
「でかくて不愛想な奴よね。誰とも踊らなかったもの」
ベルダ姉様とサイカ姉様はぼんやり覚えているようだ。
「短髪の彫りが深い、毛の濃い男ですよ」
フレディが顔をぐしゃっとして嫌そうに答えた。
「立派そうな方だったわ」
私の記憶の中ではそう。
後ろ姿だけ鮮明に蘇る。私の体ふたつ分くらいの背中をしていた。
「ねえ、一度会ってみたら? 昔みたいにいきなり輿入れじゃなくてもいいんでしょう? 紅山はそう遠くないけれど、リンネットの足のこともあるし。父様だって、リンネットが心配でしょうから」
とベルダ姉様が提案してくれた。
「どうなのだ、リンネット?」
ドアの前では宰相とサシャが口をつぐんで返答を待っている。それによっては、大忙しになるから。日程調整、場所によっては近衛団も必要になる。
「会ってみたいです」
私は正直に答えた。
「お茶会はどう? それなら私たちもお相手とじっくり話せるでしょう?」
「まずはリンネットが話すべきよ。私たちが出しゃばって質問攻めにしたらあの寡黙そうな方、怒り出すんじゃない?」
「こっちが出向くのもいいわね? リンネットが暮らす場所だもの、先に見ておいた方がいいのでは?」
姉様たちはいつものようにピーチクパーチク。
「温泉があるのですよ」
フレディが言った。
「うちだってあるではないか」
父様まで姉様たちの会話に加わる。
私のことなのにみんながぽんぽんと話し合いを進める。まずはお茶会、そこで話をしてみることに決まると、ぞろぞろとをみんなが部屋を出て行ってしまう。いつもの光景ね。
まさか私に結婚を申し込んでくれる人がいるなんて。
そうだ。私はこんな足なのだ。力が入らず、右足で立つことはできるが、左足も膝を曲げなければ歩行は可能だがほとんど歩かなくなってしまった。ドレスで隠しているもののぎこちない足の運びを見られるのが嫌で、歩かないでいたらますます曲がらなくなってしまった。
こんな私を見初めたって、下心でもあるのだろうか。例えば、人質。もしくは、蒼山を自分の配下に置きたいとか。さすがに父様もそれらの思惑は念頭に置いているだろう。
夜、ベッドの中でゆっくりと一人考えてみた。
ここから出て暮らせるのかしら。旦那様になるはどんな方なのだろう。見初めたというのは好きに近い感情なのだろうか。
結婚するということはお嫁さんになるのだ。それには憧れていた。でも叶わないと諦めていた。
私でも誰かの妻になれるのだろうか。
あんなに大きな人に私の力が必要なわけない。じゃあどうして結婚したいのだろう。そういうことをお会いしてたくさん聞いてみよう。