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食後は王宮でお山を眺めた。エリー姉様が暮らす霧山は北側で今日は雲に隠れている。西南に紅山も見えない。
コットはまだ東の桃山に着いていないかしら。道すがら、危ない目に遭いませんようにとお山に祈る。
こんな足だから母様のお墓にもゆけない。
寂しい。この気持ちは久しぶり。紅山に行ってからは楽しくて、すっかり忘れていた。あなたがくれた指輪は幅広で邪魔だけれど私を寂しくさせまいと主張してくる。
夢じゃないわよね。コットと結婚をして蒼山を出たの。すごく幸せなの。白昼夢だったら嫌だな。
フレディが幼馴染のイネスを連れて帰ってきた。
「リンネット様、お久しぶりです」
「イネス、また随分きれいになったわね」
久しく会わない間にぐっと大人っぽくなった。
二人は同じ学校に通っている。イネスの家は普通の家で、裕福ではなく、そのことで父様は二人の結婚を認めないだろうとエリー姉様は危惧していた。蒼山の孤児院に父様が幼いフレディを連れて行ったときに出会ってしまった。フレディは城の門番にイネスを養子にさせ、同じ学校にまで通わせている。職権乱用だ。
イネスは悪い子ではないし、実際にものすごくかわいい。されど父様は血筋がわからないからとフレディの嫁としてふさわしくないと言い張る。
フレディが子どものときは私もフレディの味方だったけれど、大人になって王妃になると父様の言い分もわかる。血がうんぬんではなく、王妃という立場になったときイネスを守ってくれる人がここにいるとは思えない。私は王の娘だったから、みんなに大事に育てられた。でも、大人の女が、それも素性がわからぬ者が急に自分より上の立場になったら周囲はイネスを心よく思わないに決まっている。
イネスが強ければ気にならない? フレディが守ってくれる?
そんなのには限度がある。二人が幸せならいいという意見もあるだろうし、長い年月を経ればうるサイカ輩は死んでゆく。それまでイネスが辛抱するのは哀れだ。
かわいそうだが、愛だけでは婚姻は成り立たない。しかも、こうして二人を見ていると、それに気づいているイネスと、気づかずに愛し続けるフレディの構造が見て取れて、滑稽だ。
イネスがフレディから受け取る愛は私がコットからいただいている愛に似ているはずなのに、どこか違う。私はコットの愛に応えられる。素養や血の問題ではない。
私には母様がいないけれど、姉様たちに相談ができる。果物や花、お菓子と一緒に返答が返って来る。イネスには誰もいない。私たち姉妹がそれになれたらいいのだが、イネスが心を開くこともない。フレディはなにを見て彼女を好きでいるのだろう。一目惚れなんて魔法みたいなもの。
そろそろ決断の時期であることはフレディ以外のみんながわかっている。奇行に走らなければいいのだけれど。
コットがいないのに夕飯は豪華だった。そうか。里帰りって、私はもてなされる立場なのだ。
「これおいしい」
おしい。もう少しでアンナの笑顔が見れそうだった。
「アンナはマカーロニ初めて?」
「はい」
「うちでもラティウス料理長に作ってもらいましょう」
「なんというか、こういうぐちゃぐちゃの料理ってないんですよ」
アンナが声のボリュームを下げる。
そうかもしれない。煮込み料理はあるのに。
コットがいない夜に慣れない。まして蒼山。寂しくなっちゃう。
今すぐあなたの声が聞きたい。会いたい。それこそ魔法ね。
私が会いたいと思う以上にコットが私に会いたいって知ってる。いつもみたいに仏頂面していないかしら。




