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整えてもらうだけのつもりだったのに、結構切られてしまった。
困ったわ。コットが撫でる髪がなくなってしまった。
でもたまに寝返りを打ったときに髪がコットの下敷きになっているときがあるからこれくらいのほうがいいのかもしれない。
「トリートメントをしますね」
若い女の子がやってくれた。植物の匂いがする。
「いい香り」
うっとりしてしまう。好きな匂いだ。コットの体臭を爽やかにした感じ。
彼女の手の感触もまたいい。強すぎず、弱すぎない。疲れが飛んでゆくよう。
「うち独自の配合なんですよ」
「買えますか?」
私は尋ねた。
「はい。瓶でお売ります」
はっとした。お金を持って来たけれど、蒼山とは貨幣も違う。
アンナが払ってくれた。店の人は私の足が不自由だから付き人がいると思っているようだった。
しかしアンナが払った紙幣がきれいすぎたのか、勘づかれる。
「もしや王家の方ですか?」
店主がお金を受け取る手を止めた。
「はい、王妃様です」
店主が頭を床にこすりつける。
「やめてください」
私は言った。
「王家の人に刃物を向けると死刑だと」
店主が震える声で言った。そうなの?
髪切り屋で髪を切らずに何をしろというのだろう。
「ずっと前の話ですよ」
トルル元大尉だけがその話を知っていた。
ずっと前と言っても二代前の王まではそうだったらしい。だから王は自分で髪と髭を整えていたそうだ。王妃は伸ばしっぱなしで、王が亡くなると息子にその法律を撤廃させたという。
「うちは代々、散髪屋なので、祖母にも母にもそう言われて育ってきました」
と店主は恐る恐る顔を上げた。
「うっかり料理人がナイフで肉を切るときもそれに該当するらしいから、今みたいに目の前で肉をカットなんてできなかったらしい」
トルル元大尉はコットの補佐官のバーリーさんの弟だから立派な家柄なのだろう。でもコットが家柄で採用するとは思えないからエリート家系なのかもしれない。
「お金はいらないのでお許しを…」
と店主が言って聞かないので、
「お金は払うので、そちらのお嬢さんを私の従者としていただくことは可能でしょうか?」
と聞いてみた。
「キュリナをですか?」
「はい」
キュリナと呼ばれた女性が、女性の格好をしていても男性であることが私にはわかった。
「キュリナはどうなの? お城にあがりたい?」
彼女は、
「はい」
と即答してくれた。
理由は簡単だった。私が立ち上がるときに当然のように補助してくれた。それが、ふわっと空気を押し上げるように自然だったから。
「キュリナはまだ修行中ですが髪の成分について調べている変わった子です。オイルも彼女が作ってるんですよ」
キュリナには数日以内にお城に上がってもらうことになった。




