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「その馬で逃げるのか?」
振り向いたら王様がいた。
「エンカが心配だっただけです」
私は言った。
「その小さな馬では蒼山に着くのは明日になるぞ」
「私のために小さな馬と小さな馬を掛け合わせたと父様が」
「そういうものなのか?」
王様もエンカの鼻を撫でてくれる。エンカが気持ちよさそうな顔をする。
「子どもの頃はこの子の母親に乗っていたんです。でも今は馬に乗るのが怖い。エンカでも」
足にどんどん力が入らなくなっている。馬は手綱を引いたり、足でポンとすることで走ったり止まったりする。それができない私は馬に乗る資格がない。
「この馬は乗ってほしそうだ」
王様がひょいっと私を持ち上げてエンカに乗せた。
ああ、そうだ。この景色、懐かしい。
「うふふふ。今、あなたよりちょっと背が高い。あなたはいつもこんなにきれいな景色を見ているのね」
「大人しい馬だ」
エンカは私のためにゆっくり歩く。
馬と話せる婆がいると言っていたけれど、紅山の人たちは馬に優しいのかもしれない。動物に優しい人は人にも優しいと母様が言っていた。
「そろそろ戻りましょう?」
城の敷地内だからって王様がこんなところに一人でいていいのかしら。
「ああ」
とまた私を抱えた。
「重くありませんか?」
「少しも。体が冷えてるな」
そんなことない。熱いくらい。
「大丈夫です。あっちも景色がきれいそう」
「向こうは崖だ」
「今度、このお山であなたの好きな場所を教えてくださいましね」
王様が私の肩に鼻をぐりぐりとこすりつけてきた。エンカみたい。これは鳥の求愛行動だったかしら。犬だったかしら。
私の初めての口吸いは、そんなことを考えているときで、唐突で、息をしていいのかもわからなかった。
「続きは明日」
そう言いながら手を握ってきた。温かい大きな手だった。




