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紅山で行われる婚礼に向かう私のために王太子のフレディが同行してくれるはずだった。それなのに当日に熱を出す。
フレディはいつもそうなの。大きなイベント程、寝込む。同行と言っても私を無事に送り届ける任務なのだが。私は蒼山を出たことがないので一人じゃ心細い。
「私が付き添います」
とベルダ姉様が手を上げてくれた。
ベルダ姉様は自分の足が速いこと、私が嫁に行けば残った三人娘の真ん中の姫になることなど、適当な言い訳で父様を丸め込んだ。
「わかった。支度をしなさい」
一人でも行くことになるのだろうけれど、それは怖いから、姉様が一緒に行ってくれることになってほっとした。
「こちらにお着替えください」
かっちりしたドレスだった。
「長旅なのよ、サシャ。これじゃ疲れちゃう」
「リンネット様、旅行ではないのですよ」
そうでした。
嫁ぐのはもちろん初めてだし、長旅もしたことないからサシャに浮かれていることがばれてしまう。サシャは不思議な人だった。喉が渇いたなと思えば飲み物を、甘いものが食べたいなと私が思えば口にせずともお菓子を持って来てくれた。
「サシャ、最後に聞くけどあなた魔女なの? そうであっても他言しないから」
「違いますよ。私はエリー様の乳母です」
「それにしては…」
「リンネット様」
こんなふうに抱き締めてくれるのは久方ぶり。お付きの者たちとて長い付き合いの者が多かった。もうお別れなのだ。
「サシャ、長い間ありがとう。あなたには感謝をしても足りないわ」
トイレに連れてゆくのもお風呂に入れてくれるのも彼女だった。
「どうぞお体をお大事に。どうか…」
サシャの髪が徐々に白くなっていることに気づいていた。今では真っ白。お転婆の姉様たちを叱れるのもサシャだけ。
母様が生きていたらこんなふうに別れを惜しんで泣いてくれたのだろうか。
「サシャも。手紙を書くわ。大丈夫よ、心配しないで。幸せになるから」
寝込んでいるフレディからは草花が届いた。
「では皆様、ご機嫌よう」
さようならもいってきますとも言いたくなかった。




