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怒り

作者: 二歩

その日いつものように帰宅すると妻が青ざめた顔で駆け寄ってきた。

高校一年生になったばかりの娘が痣だらけで帰ってきた、どうやら乱暴されたらしい、ずっと部屋に引きこもって出てこない。

妻は半泣きでどうしよう、どうしようと繰り返す。カタカタと小さく震え、その身体は氷のごとく冷え切っていた。


一瞬で目の前が闇に包まれる。感覚が一切遮断されたかのような錯覚。

まずは落ち着かなければ。

そう思って大きく深呼吸をし、何とか視界が確保された。だがしかしその直後、胃の奥から湧き上がるような灼熱の感覚が始まったかと思うと収まらなくなった。

火山から溶岩が次から次へと吹き出すかの如くドロドロとしたものが今まさに喉を通っていく。


玄関で私は盛大に吐瀉していた。遠くで妻がお父さんっ!と小さく叫んでいる声が聞こえた。

吐いても吐いても灼熱感はとどまることを知らず、次から次へと噴き出してくる。

これは怒りだ。

とてつもない怒りが私の身体を侵食し尽くそうとしているのだ。

耳鳴りがうるさい。今視界を遮るのは闇ではなく明るく真っ赤に蠢くマグマだ。

怒りは私の目や鼻からも噴出しているのか涙と鼻水が止まらない。

吐瀉物の隙間から咆哮が口から洩れている。今の私はきっと炎を吐いているに違いない。


とても長い時間そうしていた。と思っていたが実際は数分だったらしい。

妻は私の痴態を見て逆に冷静になったのか、気づくといつの間にかタオル片手に持ち背中をさすってくれていた。その顔はすでに泣き顔だ。


噴火は落ち着いてきたが、臓腑に溜まったマグマの灼熱感はむしろ先ほどより激しく感じられる。

ありがとう、すまん、と妻に声をかけタオルを受け取り顔をぬぐった途端少し冷静に考えられるようになった。

今すぐにでも娘に声を掛けたいと思ったが、やめた。

しばらくは娘との情報共有は妻に頼んだ方が良いに違いない。


妻と相談しなければいけないことは山ほどある。

私はこれからすべきことを考えていくことにした。後から振り返れば冷静と思い込んでいた当時の頭は怒りの熱量で、すでにオーバーヒート気味だったんだろうが。


娘の心のケア。

警察に届けるのが正しいこととはわかっているが、やはり躊躇われる。世間に知らしめる結果、衆人の好奇の目にさらされるのは父親の私が耐えられる自信がない。

学校に伝える?どうなんだろうか。

どんなに隠していてもいずれ周囲には情報が洩れるであろうことは予想がついた。このまま娘が引きこもってしまうことだってあり得る。思春期の心無い言葉で娘の傷が深くなってしまうことだってあるかもしれない。転校も考えなければならないとしても、第一志望で入れた高校だけに娘の気持ちを思うと複雑だ。

どうすればいい?

娘の気持ちの確認は必須ではあるが、どこまで踏み込めるのかわからない。自分が分け入ってさらにヒビの入った娘の心を修正不能なまでに粉砕してしまう可能性を、私は想像し戦慄した。


私の心の中にある灼熱感が、その時一筋の矢のように収束したような閃きがあった。

そうだ絶対にすべきことがあるじゃないか。

復讐。

明るく優しく、決して美人ではないし成績も中の下程度だが愛嬌があって友人も多い自慢の娘。

さして反抗期の訪れも感じさせずに、素直に友人の話や好きな韓流スターの話をしてくれるかわいい私の宝物。

そんな娘を汚し、約束されていた明るい未来を閉ざした、我々一家を不幸のどん底に陥れた憎き犯人。

自らの手で調べ上げ、地の果てまでも追っていってやるのだ。


警察をはじめ周囲に知らしめることなく、復讐を遂げたときに娘に報告するのだ。

仇は取ったよ。もう安心していいんだ。

その時が来ることを夢想したとき、私は歓喜に包まれた。

そうしてその日から具体的な復讐計画を私は考え始めたのだった。

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