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二千世界  作者: 螺鈿人形
四季めぐり
8/24

独身者の秋

 昔はキンモクセイが苦手だった。あの甘ったるい芳香が未熟な嗅覚には鮮烈すぎたのか、実家近くの土手を通り過ぎるたびウッとなっていた。


 今は好きで好きで仕方がない。初秋の醍醐味はもみじ狩りならぬキンモクセイ狩りにありと、それなき秋なんて桜なき春、葵なき夏、六花なき冬に違いないと、ある種モノマニアックな愛着さえ覚えている。いつだったか夢にまで見たほどだ。


 起きがけ両腕が枝に変わっていた。ざわざわ繁る葉のすきまに無数の黄花がほころんでいる。脚は変わらないからそのまま仕事に出た。改札を抜けてもホームに立っても、だれもが手もとに一心不乱で気づかれない。ただ一人、乗り込んだ電車のドア際に立つ五歳ごろのおかっぱ女児にバレた。


 まん丸の目と口に手を振りかけたら、袖口から蜜の色した空気の帯が小さな鼻へリボンのように流れていった。スンスン、スウンと吸い込んだら、へなへなと笑い、お母さんらしき手をふりほどいて駆けてきて──


 そこで目が覚めた。夢はまま見るがめずらしく悪夢凶夢ではなさそうで、一人称の視点ではなく、意思どおり動けもせず、よく覚えている。


 十月初旬、いつものように散歩へ出たら待ちわびた香りが鼻をついた。きょろつくと秋晴れに緑と黄の葉と花が映えているのを見つけて、心躍らせ歩み寄る。こういう時ばかりは背が高くてよかったと思う、フェンス越しでもちょっと爪先立てば鼻と花が触れられる──


 いや、キンモクセイは嗅ぎに行くものじゃない。小さな花弁がちろちろ鼻孔をくすぐるだけで、実際なんの香りもしない。距離を置いてこそ華やぐものだ。近づけば遠のいて、遠のけば近づいて、なんと恋愛にも似た駆け引きよ。


「ハッハッハッハッ」

「……」


 右へ左へ踏み込み後じさっては(かぐ)わしいグラデーションを堪能していると、楽しげないぬが怪訝そうな飼い主を連れて足もとを通り過ぎていった。


 昨秋は、あまりキンモクセイを楽しめなかった。流行り病の予後の鼻詰まりが長引いていたせいだ。およそ流行と名のつくものを疎んじるくせ世を賑わす疾病には冒されるなんていかにも滑稽だが、笑うひまもないほど難儀していた。


 40℃超の高熱にうなされ、四肢が痙攣してならず、窒息しそうなほど喉が詰まり、脳が溶けることだけはないようにと念じていた。寛解したかと思えば動悸が痛いほど打って、鼻は通じず味がわからず、ちょっとそこまでの距離で息が上がった。かえすがえすも恐ろしいものだった。


 もともと風邪さえ滅多にひかない丈夫な造りで、当の流行り病にもパンデミックから一年以上が経っての感染だった。これも老いか、となかなか戻ってこない脚力で意固地なまでに歩き歩いて、精神ばかり重んじて肉体を軽んじてきたツケを払っていた。


 どれだけ精神が高みをめざそうと肉体からは逃れられない。逃れられたとしても、その先にはたぶん真も善も美もない。鼻がなければ花は嗅げないのだ。四十の峠が見えてきた今ほろびの兆しは随所にある、いつか完膚なきまでに地へと堕つまでに、なんとかその時までに──


 好きなにおいを問われれば、実家にいた柴犬の横っ腹とか、三寒四温の草葉の息吹とか、仕送りの箱を開けた瞬間とか、おだやかなものが多い。キンモクセイは例外だ。


 好きな季節を問われれば、腰をさすりながらでも「冬」と答える。だが最近は秋も捨てがたい。ひとえにキンモクセイのおかげだ。


 この時季デパートでもぶらついてみれば、その香を謳った商品が目白押しである。こないだ用足しがてらいくつか試してみたが、しかしどれも粗悪な贋物だった。ある有名どころのハンドクリームなど手の甲に乗せるやいなや嘔気が込み上げてきて、なぜか尿意まで催された。


 美には「距離」が欠かせない。近づけば近づくほど、それは美ではなくなる。巨人国ブロブディンナグを訪れたガリヴァーがまず悟ったのは美女の氷肌がいかに穴ぼこかということだったし、天上の美を宿す油彩のヴィーナスも経年ワニスのせいで全身が肉割れしているものだ。


 だから野にあるものも、野にあるかぎり、いつまでも美しい。自然(じねん)とは人の手に負えるものではない。それでも所有し占有したくなるのは現代人の性なのだろう、恋愛だって婚姻だって、結局はそのための習俗であり制度である。


 だがキンモクセイは散る。知らぬまに黄色を超えて茶ばんだ花弁をほそぼそ地に落とす。といって嫌いになろうはずはない。また咲くものと、次の秋にまた会えると、わかっているからだ。


 一期一会が浮世の理、別れるからこそまた会える。なにかを「愛でる」とは、だれかを「愛する」とは、「愛」とは、結局のところ──


 なんだか腕がごそごそしてきた。そろそろ寝よう。




ひとりねの枕にかよへ秋の風

(室生犀星)


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