私の神様
初めての物書きです。
お楽しみいただけたら、、と思います。
今回のお話は夢で見た男女の話を深くして創ったものとなっております。
ある町外れの小さな部屋。
男と女は恋人同士、まるでワルツのように愛を育んでいた。けれど男は法に背いた事をしてしまった。それを知ってしまった女はけろりと言う。
「貴方が人を殺してようが、何かを盗んでいようが、貴方が私にかけた言葉や笑顔に嘘や偽りは無いと…私は信じています。」
その言葉を聞いた男は黙って女の手を取り、近くの公園へと連れ出した。
冬の寒空の下、誰も通らなくなった公園の寂れたベンチに腰をかけた。
その間、男は女の手を掴んで離さなかった。女もその行動に疑問を抱くことはしなかった。
「俺は、人を助けようとした。」
ぽつりと、男が漏らした声はかすれてまるで鈴のような声だった。女は男の横顔をじっと見つめる。
「だが、俺はそのやり方を間違えてしまった。悪い選択を、した。」
表情を1度も変えること無く自分の犯したことを女に告げた。男は無愛想で硬派な人であったが、言葉を一つ一つマフラーを編むように告げる姿に、女は男の手を強く握り返した。
「そう…。」
沈黙が痛く耳に響くこの空間。女は口を開く。
「…道の真ん中で、遊んでいる子供がいるとしましょう。その子に向かって飢えた野犬が向かってきていたら、私は迷わず野犬を蹴り飛ばすわ。」
華奢な女の、初めて聞く強い言葉に男は驚いて体を揺らした。得意げに笑う女の顔を見て思わず笑顔が零れる。
「君がそんなことを言うようになったとはな。」
「…貴方の口癖が移っちゃったみたいね?」
モノクロの公園の中ベンチに座る2人だけが色付いて見えた。すると突然、男はするりと握っていた手を優しく離す。流れるように女の頬を少し撫でてから、背を向け、いつの間にか公園の外に停まっている車へと歩き出した。
「どうかしたの?どこへ行くの?その車は?」
女は初めて男の前で焦った。男の雰囲気が、違って見えた。大きな熊かと見違えてしまうほど、違ったのだ。
「君に会えるのは、これで最後だ。これからは、君があの家を使っていい。それと、金……金はそうだな…」
淡々と先の未来を告げる男へ女は涙を流した。
「お金なんて要らないわよ…。貴方が、貴方が居ればネズミだって食べれるのよ。雨風が篠げなくても、山の中でも…貴方が居れば、寒くないの…。」
徐々に弱々しくなる声に男は胸を痛めた。そして、男は女の涙を今まで見たことがなかった。幼い姫かのような美しい泣き姿だと、男は思った。今すぐ走り出して彼女を抱きしめて、また連れ去ってしまいたい。そう心にふつふつと欲が沸く。
「おい、時間は残ってないんだ。早く乗れ。」
「お前らの恋路に時間を割かせるな」
2人の空間を引き裂くように、奥から低い声が聞こえた。運転手ともう1人のスーツの男がこちらを睨んで待っている。
「分かってる。少し黙っててくれ。」
そう言って男は思い切り彼女の元へ引き返した。
男が走り出したと同時に、スーツの男が懐へ手を伸ばした。それが拳銃であると、男は気づいた。
分かっていたのだ。結末がこうだということは。
けれども、早く。もっと早く。この感情に嘘をついてなければ。君をもっと愛せたかもしれない。
走るのを止めない男に運転手とスーツの男は応援を呼び、銃は男の頭をとらえた。
男は大きな体で、女を抱きしめる。強く。忘れてやりはしないという程。女の体に生涯消えぬ痣が残ってしまえば良いと思うほど、強く。
女はすっぽりと男の腕の中に収まった。
子猫のように震えながら、男の服を掴み、顔を埋める。
「貴方は今も、昔もこうやって私を抱きしめてくれるのね。私が大きくなっても。」
女の涙で服がじわりと湿り暖かくなるのが分かる。男は女の頬にキスをした。
女は顔を上げ、精一杯の背伸びをして男に口付けを。
パンッ
その寸前だった。軽く乾いたような、けれども重いような音が男の後方からした。女は驚いて思わず音のした方へ顔を向ける。
そこには、先程のスーツの男と多くのパトカー、そして銃を構えた警察官が居た。
女は絶望した。もう、逃げ切れはしないと。女は男へもう一度顔を向けた。
女はまた深く絶望した。
女より一回り大きい男は、頭から血を流しながらも立っていた。
守るかのように女の頭に手を添えていた。男が荒い息を放ち続けているが、
いよいよ、耐えきれなくなりその場へ膝を着いて倒れ込んだ。
女は泣いた。
叫ぶでも無く、怒るでも無く、ただ絶望で泣いた。
3人の警察官が呑気に近付いてきて、女を抱きしめる男の手を無理やり解き手錠を、重く冷たい手錠をかけた。
女は女性警察官に布をかけられ、支えられるようにして立たせられた。
「大丈夫ですよ、安全な所へ行きましょう。車!病院へ向かうわよ!準備!!」
「安全って、何よ…貴方達が、今…今…壊したのよ…」
女はぶつぶつと、警官達への憎悪を零した。警官達の声と、パトカーのサイレンの音が遠くなっていく。
女は最早屍だった。彼を呼び止めることも。彼のキスを受けることも。ハグを受けることも出来ないのに。彼に今すがり付く気力も消えていた。
無理やり入れられたパトカーの中から外の様子が伺える。男は血が止まらず、今ではもうぴくりとも抵抗しない。そしてだらりと垂れた逞しく暖かい手を見て、女は呟いた。
「ぁあ、貴方って本当、私を置いていくのが得意ね。」
病院につき、優しくパトカーからおろされた女は歩くのもままならなかった。先程付き添った女警察官2人に肩を組まれながらではないと歩けなかった。
その後女は知らない老人の問診を静かに受け、健康状態、精神状態を診断された。
女は精神疾患だと判断された。
彼女が別室へ移されたあと、先程まで岩のように動かなかった警察官が医者へと質問した。
「なぜ精神病棟に送るのですか?受け答えもまともな気がしましたが」
医者は答えた。
「……あの子は、あの犯罪者へ恋をしている。それも、ただの純粋な愛を持っての事じゃない。依存、執着…まあ、恋の形は様々だ。……これは憶測だが、あの日からずっと、ある意味洗脳をされたのかもしれないな。」
──────数日後
精神病院に送られてら何日経っただろうか。女は窓から見える自然に、自身の思い出を重ねる日々を過ごしていた。そしていつか、この窓から私を連れ去ってくれないかと願いながら、窓辺に座り込む毎日だった。
かちゃり、と部屋の扉が開かれ主治医が入ってくる。
「診察の時間です。別室へ。あぁ、テレビも用意してあるわ。」
女がこの精神病棟に来て、ひとつだけお願いしたことがある。それは、診察の時間にテレビを用意してつけておいてほしい。この一つだけだった。
別室へ行くと、向かい合った2つの椅子とその横にテレビが置いてある。主治医はテレビをつけ、ニュースを流しながら女へ質問をする。
長い長い、質問の波。女はこの空間が嫌いだった。何度も同じことを、業務のように答えるだけ。気持ちはどうとか、明るくなるわけが無いのに。だからテレビで男の名前を探して、気を紛らわしていた。
何個かの質問が終わり、主治医がノートを取っているとき、急に女は立ち上がった。
主治医は驚いて思わず身をすくめたが、立ったまま動かない女を不思議に思い、顔を覗いた。女は酷く動揺して、泣いていた。
主治医は瞬時にただ事ではないと、本部に電話をかけ人を呼んでくるよう声を出した。
女はなぜ動揺したのか。それはテレビから聞こえた音だった。
はっきりと。彼の名前が聞こえた。
「ジェームズ・ミラーは今回の裁判で誘拐、殺人の罪に問われたため死刑が」
テレビに映し出された男の顔写真に、女は手を添えた。そして嗚咽を吐きながら泣いた。
ああ、ジェームズ。私のジェームズ。そうだった。そうなの。私の酷い親を殺した、私を外の世界へ連れ出してくれた…私に愛を教えてくれた。
誘拐犯だなんて、私には神様にしか見えなかった。殺人だって…。女は息を切らし、考えた。
男が言ったあの言葉
「やり方を間違えてしまった」
女は息が詰まった。男が公開し、間違えたと言ったのは、女の両親を殺め女を連れ去った事だった。気付いてしまった女は嘆いた。
そのやり方で私は幸せだった。家にいた15年間より、貴方と過ごした3年間が幸せだった。
主治医に呼ばれて到着した看護婦たちが優しい言葉をかけながら、女に近寄る。
女は看護婦たちを振り切り間をすり抜けて走った。
高く、もっと高い所へ。階段を駆け抜けて屋上を目指す。喉や足が痛くても、目指した。
施錠されていた屋上の鍵を女は蹴って壊した。屋上へ着いた時、外は夕暮れで赤く色づいていた。 息を吐くと少し白くなって消えていく。ほぅ、と女は一息を着いた。ぺたぺたと冷たいコンクリートの上を歩く。
「言ったでしょ…ジェームズ…。子供に野犬向かっていたら私は蹴り飛ばすって…。私、強いんだから…はは、鍵、怖せちゃうのよ…ね、ジェームズ。」
フェンスの外へ身を乗り出した女を看護婦達が大声で止める。でも女は止まらない。
「なあに、今になって助けて天使にでもなるつもり?無理よ、私の世界の神様はジェームズだけ。」
綺麗な髪を風で踊らせて女は最後に笑う。
「私は彼を愛してる。大きな体で抱きしめてくれる彼が。不器用のくせに私のためにケーキを作ってくれる彼が。全部、私にとって幸せだった」
女は片足を浮かせる。
ねえ、ジェームズ。死刑って、どんな痛みかしら。私がもうすぐ感じる痛みより、苦しいかしら。でも大丈夫よね、あちらでは貴方と居られると思うと何も痛くないの
「ねえこの世界の神さま!次はもっと、彼と早く出会いたいわ!」
そう言って女は消えた。
お楽しみいただけましたか?
夢で見た悲しい恋を表せていたら幸いです。