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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第四章 隠された世界の真実

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第九話 双子月の意味

 パール神殿は従事する司祭たちが絶命しており、惨状(さんじょう)が広がっていた。

 

 記憶を取り戻したイリアに連れられて、祈りの間から地下へ降りると、教団の真なる守り人〝女神の血族〟と呼ばれる者のみが開く事が出来ると言う扉があった。

 

 その先は〝宝珠の祭壇(セフィラ・アルタール)〟と呼ばれる場所。

 〝惑星延命術式(女神のゆりかご)〟なるものが存在し、術式を確認したイリアは教皇ノエルが「世界のために、私のために、世界中の人の命を犠牲にするつもりなの!」と悲痛な叫びを響かせた。


 今にも飛び出そうとするイリアを引き留めて、ルーカスは団員達と共にザフィエルへと帰還する——。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 帰り着いた時にはすっかり夜も更けて、空には二つの月が煌々(こうこう)と輝いていた。

 日付も変わっていたが、休むよりも彼女の話を聞く事を優先し、王宮に用意された一室へ(みな)が集まった。


 ルーカスはイリアに寄り添って、部屋の中心に置かれたテーブルを挟むように設置された、(あざ)やかな青地のソファへ腰を下ろす。

 対面のソファに双子の姉妹とリシア、一班の面々は部屋に備えてあった一人掛けの椅子や壁にもたれて話を聞く態勢を取っていた。



「何から、話せばいいかな……」



 イリアがぽつりと(つぶや)く。

 勿忘草(わすれなぐさ)色の瞳の視線は床へ向けられていた。



「なら、まずは君の事を。女神の血族とは?」



 聞きたい事は多くあったが、真っ先に気になったのは彼女の出自についてだ。

 単語からある程度の意味を(さっ)する事は出来るが、それも憶測(おくそく)の域を出ない。


 直接聞いて確かめる必要があった。



「言葉の通りだよ。女神様の血を受け継ぐもの。アルカディア教団の開祖が女神様の子孫だって、話は聞いた事あるでしょう?」

「ああ。眉唾(まゆつば)物だと思っていたが……実在したんだな」

「うん。私とノエルは、その子孫である一族の血を引いている」

 


 創世の時代、アルカディアを創ったと言われる創造の女神——。


 世界と人を愛し、無償の愛を注ぐ女神の存在を(うたが)っていた訳ではないが、人智を超えた理外の存在であると思っていたため、その血脈を継いだ者がいる事にはやはり驚きを隠せない。


 それが、イリアであると言うのだから尚更(なおさら)だ。



「〝女神の血族〟は——教団の……ううん、世界の真なる守り人と言ってもいい。女神様の血と想いを継いで、世界樹の守護と世界の秩序を守る事を使命としているの」

「女神の血筋、世界の真なる守り人……か」



 その存在が世に知られていない事には違和感しかない。

 おそらくは意図して秘匿(ひとく)されて来たのだろう。

 


「中でも〝惑星延命術式(女神のゆりかご)〟の維持は何においても優先される、(さい)たるものよ」

「……そもそも〝惑星延命術式(女神のゆりかご)〟とは何なんだ?」



 二つ目の疑問だ。

 

 教団でも限られた者しか知らないと言う〝宝珠の祭壇(セフィラ・アルタール)〟に存在する〝惑星延命術式(女神のゆりかご)〟。

 女神の血族と同じように、こちらも世間一般には知られていない。


 質問に対し、視線を下に向けたままのイリアが拳を固く握って、重々しい唇を動かす——。

 


「ゆりかごはね、女神様がその身を犠牲にして残した、世界を守る結界。

 自分の身体を(じゅう)の球体——〝宝珠(セフィラ)〟と呼ばれる高純度なマナの結晶に変えて、それを要石として術式が展開されている。

 パール神殿の地下祭壇にあったのはその術式の一部。あそこにあった宝珠(セフィラ)は偽物だけど……五年に一度の聖地巡礼(ペレグリヌス)は、世界各国に配置された宝珠(セフィラ)の健在と、術式の安定稼働を確認するため(おこな)われているの。

 ……本来、ゆりかごは半永久的な術式だった。

 でもある時〝魔神の心棒者〟たちの手によっていくつかの宝珠(セフィラ)は失われてしまった。

 だから代わりに〝神聖核(コア)〟が必要になって——」



 そこまで話してイリアは突如(とつじょ)、口を(つぐ)んだ。


 術式の成り立ちから始まり、聖地巡礼(ペレグリヌス)の意味、そして宝珠(セフィラ)、魔神の心棒者、神聖核(コア)——と、またしても聞き慣れない単語(ワード)が出てきて、疑問は尽きることがない。


 中でも気に掛かったのは〝魔神の心棒者(しんぼうしゃ)〟だ。

 

 アディシェス帝国が(おこ)した宗教〝エクリプス教〟を信仰する者、女神の意にそぐわぬ者の総称として聞く単語ではある。


 だが、彼女の話に出てくるという事は、もしかしたらそれ以上の意味を持つのかもしれない。



「——魔獣が、どうやって生まれるか知っている?」



 考えを(めぐ)らせていると、イリアから質問が投げかけられた。

 

 魔獣は動物が何らかの要因で凶暴化した生物と考えられているが、それが生まれる過程については世界中で議論が()されるも、答えが出ていない。


 しかし、夜の庭園でイリアが言った事を、ルーカスは覚えていた。


 

「魔獣は瘴気(しょうき)(おか)された存在と、前に言っていたな」

「うん。イシュケの森で言ったように、瘴気(しょうき)は、世界とマナを(むしば)む毒みたいなもの。

 世界樹の生み出すマナが〝()()()()〟の影響を受けて汚染されると真っ黒に染まる。

 そして、それを過剰(かじょう)に取り込んで変質した獣が魔獣だよ」

「……なるほど」



 魔獣の起源は瘴気(しょうき)によるもので、瘴気(しょうき)はマナが汚染されたもの。

 

 これまで特定されて来なかったのは、マナと瘴気(しょうき)が物質的に同義であると言っていた話が関係しているかもしれない。

 

 そうなると——〝()()()()〟と彼女が(しょう)したそれが何であるのか、問いたくなるのは必然だろう。



「マナ汚染の原因は?」

「——ルーカスは月がどうして二つあるか、考えたことはある?」

「いや……ないな」


 

 予想外の質問を返されて、困惑した。


 青い輝きの〝蒼月(セレネ)〟、赤い輝きの〝紅月(メーネ)〟この双子月が夜空にあるのは常識であるし、それを「何故?」と疑問に感じたことはない。


 

「どうしても何も、そういうもんだからだろ?」

「ハーシェル、黙ってろって」

「だって常識だろ? それに、瘴気(しょうき)の原因と関係があるようには思えないしさ」



 窓辺の壁に背をもたれたハーシェルが思わずだろう、これまで黙って話を聞いていたにも関わらず口を挟んだ。

 隣に並ぶアーネストが(とが)めている。


 言いたい事はわかる。

 わかるが——イリアが意味もなく話題に出したとは考えられない。



「普通はそう思うよね。だけど、理由があるの」



 イリアは話しながら視線をハーシェルの横、部屋の窓へ、空に浮かぶ双子月へと向けていた。

 

 そうして語る、月が二つ存在する理由を——。


 

「蒼い〝蒼月(セレネ)〟は女神様が創ったアルカディアの。

 紅い〝紅月(メーネ)〟は——魔神が支配する惑星〝クリフォト〟の月よ。

 位相が違うだけで、クリフォトはアルカディアに(かさ)なり合うように存在している。

 〝惑星延命術式(女神のゆりかご)〟はアルカディアを侵略しようとする神様——〝魔神〟と呼ばれる女神様と同等の存在から、この星を守るための術式で、魔神の力で汚染されたマナが瘴気(しょうき)

 魔獣は〝魔神の先兵〟みたいなものだよ」



 室内がざわついた。

 (みな)、信じられないと言った表情を浮かべ、聞かされた単語を反復したり、驚きを口に出している。


 

(これまで聞いた話も衝撃的だが、ここにきて別の惑星〝クリフォト〟の存在に、女神以外の神〝魔神〟の存在が明言され、驚くなと言う方が無理だ)



 次々と明かされる事実を、理解し飲み込もうとして思考が目まぐるしく回転した。


 教団が何かを隠している事はわかっていたが、予想以上に大きく重い話で、とても個人が背負える事態ではない。


 隣へ視線を送れば、流れる銀髪の間から、表情に影を落として(うつむ)き、(ひざ)の上できつく両手を握りしめるイリアの姿があった。


 女神の使徒(アポストロス)——いや、女神の血族としての使命に駆られたイリアは、一人で全てを(かか)え込もうとしていたのだと、そう想うと胸が痛んだ。

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