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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第四章 隠された世界の真実

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第七話 真実への扉

 パール神殿を目指し、イシュケの森の(ゲート)を破壊しながら進んでいたルーカス達は、神殿のある(みずうみ)が視認出来る距離まで近付き、そして神殿へ続く道の前に(ゲート)を発見すると破壊へと乗り出した。



「それじゃ、ここは私とシェリルが魔獣を——」

(つゆ)払いは任せて」



 シャノンが言い終わるよりも早く、イリアが動いた。

 (まぶた)を閉じて、息を吸い込んで——(つや)めく唇から旋律(せんりつ)(つむ)がれる。


 

『天より(くだ)()ちて、(さば)きの(ほこ)よ』



 イリアの歌を()きながら、ルーカスは(ゲート)へ向かって駆け出した。



(イリアの援護がある。魔獣を心配する必要はない)



 黒に染まったマナが、イリアの詠唱歌(えいしょうか)に呼応して銀に色を変え、彼女の方へと流れていくのが見えた。



「第一限定解除! コード『Λ(ラムダ)-143612』!」

『コード確認。第一限定、開放(リリース)



 ルーカスが解除コードを口にすれば、魔術回路の刻まれた紅色(あかいろ)魔輝石(マナストーン)が光り、紅い輝きが左の腕輪から(あふ)れ出る。


 その輝きがゆらめき、手から刀の(つか)を伝って、刀身へ(まと)わりつくかの様に宿(やど)った。



『輝きし〝神翼の聖槍ディ・エール・ジャベリン〟——光の槍よ、討ち(ほろ)ぼして』



 歌声が響き、(ゲート)の周辺と、そこから出現しようとする魔獣の躯体(くたい)を天から降り(そそ)いだ光の槍が貫き、命を焼き尽くしていく——。


 ルーカスは木々の合間を()って森を抜け、(はば)むものがなくなると一足飛びにて(ゲート)へと至り、刹那に刀を横に()ぎ払った。


 ——(ゲート)は破壊の力に触れ、あっけなく崩れて消えた。


 刀を手にしたまま、周辺を見渡す。

 湖畔(こはん)は木々もなく切り開かれており、開けた地に雄大な青緑(ティールブルー)が広がっていた。

 

 (みずうみ)の中心向かって白の石材で桁橋(けたばし)()けられており、その先には尖塔(せんとう)象徴的(しょうちょうてき)な、白造しろづくりの建物が見える。



(あれがパール神殿か)


 

 目に見える範囲の魔獣は、イリアの魔術により排除されており、脅威がないと判断してルーカスは刀を納めた。



「各班へ哨戒(しょうかい)に当たるよう指示致します」



 背後から落ち着きのある低い声が聞こえて振り返れば、耳元に輝く翠玉色(エメラルド)耳飾り(イヤリング)に手を添えて通信を(こころ)みるロベルトと、(みな)の姿があった。


 ルーカスは(うなず)き、前方へ向き直ると神殿へ続く橋に向かって歩き出した。






 ——そうして、橋の先、繊細(せんさい)で洗練された造形(ぞうけい)の神殿へと辿(たどり)り着く。


 湖中にあっても風化せず(おごそ)かなそこは、扉が閉ざされ、静寂と(よど)んだ空気に包まれていた。


 空気中に無数の黒い雪が舞っている。



「……静かすぎる。神殿には教団の司祭たちがいるはずなのに」



 怪訝(けげん)な表情を浮かべたイリアが、(つぶや)いた。

 それはルーカスも感じていた。


 すぐ近くに(ゲート)が発生したため、魔獣から逃れるため神殿に籠っているのかも知れない。

 だが、だとしても神殿の維持には少なくない人が従事しているはずで、一切の音と動きを感じ取れないのは異様だった。



「探知魔術で中の様子がわかるか?」

「いえ、ダメですね」



 アイシャが首を横に振った。


 恐らくは機密保持のための隠蔽(いんぺい)魔術だろう。

 国の重要施設などでは(めずら)しくない事だ。



「ともかく中へ入ってみよう」



 ルーカスは固く閉ざされた、白く冷たい扉に両の手を置いて、押した。

 堅牢(けんろう)な扉は、少し押しただけでは微動(びどう)だにせず、重量感がある。


 二の腕の筋肉に更なる力を()めて、目一杯押す。


 と、重い石が引きずるような音を立て、神殿の扉が開かれて行った。

 完全に開け放たれると、白い壁に高い天井、白く太い丸柱が間隔よく立ち並ぶ建物入口(エントランス)だった。


 左右に扉や通路があり、正面奥には入口と似た(つく)りの大きな扉が見える。


 そして、大理石が使われた床には、純白の祭服を身にまとった、教団の司祭と思われる人々が——正常ではない姿で存在していた。



「これは……」



 息を飲む。


 そこに広がっていたのは、動きを止めた何十人もの人が床に横たわり、あるいは壁にもたれ、生命の輝きの感じられない光景だった。


 イリアとリシア、それにアーネストが倒れる司祭たちへと駆け寄っていく。



「……洒落(しゃれ)になんねえ」

 


 声を発したハーシェルの方へ目を向ければ、苦虫を()(つぶ)したような顔をしており、それは並び立ったロベルトとアイシャも同じだった。


 少し後ろに立つ双子の妹たちは、痛ましい表情で隣あった手を繋いで握りしめている。


 ルーカスは先に駆け出した三人を追って、神殿内へ足を踏み入れると、入口近くで倒れる司祭の前に立ち尽くす、イリアの(そば)へ並んだ。


 表情を(うかが)えば、唇を()んで勿忘草(わすれなぐさ)色の瞳を大きく揺らしている。



「——事切れていますね」

「外傷は見当たりません、一体何が……?」



 司祭の様子を見て(つぶや)く、アーネストとリシアの声が聞こえた。

 二人の言うように、倒れる司祭の着衣は綺麗で、血痕(けっこん)も見当たらない。


 だが、これほど多くの命が理由なく失われるはずもなく——。



(……何が起きているんだ)



 死の静寂(せいじゃく)に支配された神殿に疑問を(いだ)く。



「……マナ欠乏症……」



 すると、イリアが消え入りそうな声でその言葉を口にして、次の瞬間。



「——う、あ……あぁっ!」



 叫び声を上げて目を見開き、頭を(かかえ)え込み。



「どうして……どうして……っ!!」



 わなわなと震え、絞り出すように悲痛な高音を(はっ)して、取り乱した。


 咄嗟(とっさ)に、ルーカスはイリアの肩を抱き寄せる。

 そうして左手は背に回し、空いた右の手で、落ち着かせるように頭を()でた。


 ——彼女が取り乱した理由は恐らく、記憶絡みだろう。



「ルーカス、わたし……!」



 腕の中のイリアが、こちらを見上げた。



「なんで、こんなっ……忘れて——!」



 髪色と同じ銀の眉根を下げて、勿忘草(わすれなぐさ)色の瞳を揺らして何かを(うった)えかけている。



「何を……思いだしたんだ?」



 問いかければ、イリアの顔が()せられ、頭を胸に(うず)めて寄りかかって来た。



「……ぜんぶ、全部、だよ」



 ほんの少しの間を置いて、少し落ち着きを取り戻した声の告げた言葉が意味するのは、呪詛(じゅそ)からの解放だった。


 ——今この瞬間、彼女の記憶を縛る(かせ)は、取り払われた。



「行かないと」

何処(どこ)へ?」

「……ついて来て」



 余韻(よいん)(ひた)る間もなく、胸に寄りかかった頭の重みがなくなって、イリアが腕をすり抜けていく。

 銀糸を(なび)かせて、向かった先は最奥の扉だ。


 ルーカスはロベルトへ顔を向けた。



「すまないが(みな)と神殿内の状況確認を頼む」

「わかりました。こちらは任せて下さい」



 (うなず)きと肯定(こうてい)が返って来る。

 アイシャ、ハーシェル、アーネストへと視線を送ると、ロベルト同様にうなずく姿があった。



「私たちも行くわ!」

「イリアお義姉(ねえ)様の護衛として、お供致します」

「わ、私も!」



 シャノン、シェリル、リシアは同行の意思を示し、先を行って奥の扉前に立つイリアを見れば、彼女は静かに首を縦に振った。


 イリアが扉に手を触れると、扉は一人でに開き——彼女は中へと進んで行く。


 ルーカス達はイリアを追って走り、そのまま開かれた扉の中へと足を踏み入れた。






 部屋は円状の(つく)りで、高い天井に円形の天窓、白い壁にはステンドグラスの背の高い窓が立ち並び、部屋の最奥には紫君子欄(ムラサキクンシラン)(かざ)られた絢爛(けんらん)な祭壇と女神像があった。



「ここは?」

「祈りの間よ」



 ルーカスが問えば、先に入室して祭壇の(そば)に立ったイリアが答えた。



教皇聖下(きょうこうせいか)にのみ許された間ですね」

「さすがリシア。敬虔(けいけん)な女神の信者だけあって詳しいわね」

「イリアお義姉(ねえ)様、ここに何があるのですか?」

「——この下よ」



 イリアが(まつ)られた女神像へと手を伸ばし、触れた。


 すると部屋の中心が光り、魔法陣が出現して——。


 魔法陣が消えると同時に下へと続く通路、階段が現れた。



「地下……?」



 ルーカスは驚きを隠せず(まばた)きをした。

 双子の姉妹とリシアも目を見張っている。


 近付いて(のぞ)き込むが、階段の先は暗くてよく見えない。


 しかし、イリアが現れた階段へと進み、そこに足を乗せた瞬間。

 段上から光が(とも)り、洪水のようにあふれて下までの道を照らした。


 イリアは迷いなく階段を(くだ)って行く。

 ルーカス達もその後に続き、成人男性二人分ほどの(はば)の空間を、靴音を響かせながら(くだ)って行った。


 ——(しばら)く降りて、階段の終着点へと辿(たど)り着く。


 イリアが終着点に足を踏み入れると、階段の時と同じく光が(とも)って、暗闇に包まれた空間が(あら)わになる。


 そこは、祈りの間よりは狭いが、似たような円状の(つく)りの、白い壁で(おお)われた空間だった。


 奥の壁には、壁画が描かれ、魔法陣の浮かぶ扉がある。



「神殿内部にこんなところがあったなんて……驚きよ。あの扉は何?」



 シャノンの問いに、歩みを止めず進んで——扉へと至ったイリアが答える。



「この扉は資格のある者しか開く事が出来ないの」

「資格……? 神秘(アルカナ)のような?」



 イリアは扉を見つめ、押し黙る。


 沈黙の中、こだまする足音を聞きながら、ルーカス達も扉の近くへと歩み寄った。


 短い沈黙を経て、イリアがおもむろに扉へと手を伸ばした。


 その白い手が魔法陣に触れると——魔法陣が一瞬、(まば)閃光(せんこう)を放ち砕けて、マナの残滓(ざんし)(きらめ)めかせた。


 そうしてイリアは告げる。



「——女神の血族。教団の真なる守り人、その血を引く者だけが、扉を開く事が出来るのよ」



 彼女の記憶に隠された、真実の一つを——。

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