第一話 ナビアへの航路
聖歴二十五年 パール月二十日。
ナビア連合王国から届いた救援要請に対し、エターク王国はルーカス率いる特務部隊の派遣を決定。
急ぎ出発の準備が行われ、数日の準備期間を経て、特務部隊計二十班、総勢百四十一名が港町アルヌスから物資を乗せた船と共に出航し、ナビアの地を目指す。
また国王の要請を受けて、女神の使徒【太陽】のレーシュ——イリアが同行する事になった。
イリアの記憶は戻りつつあったが、双子の姉妹とリシアは引き続き護衛として、一緒にナビアへ赴く事となり、四人はルーカスと同じ船に乗船していた。
青空の下、船の帆が風を受けて船体を揺らしながら、蒼い大海原の波を超えて進んで行く。
その船上の甲板には、桃髪の双子の姉妹が青白い顔でぐったりと項垂れて、船体に寄りかかる姿があった。
「二人とも大丈夫?」
「大丈夫じゃない……」
「うぅ……」
「治癒術も気休めにしかなりませんし、困りましたね」
どうやらシャノンとシェリルは船酔いをしたらしい。
イリアとリシアが手のひらから淡い緑の光を放ち、それぞれに治癒術をかけている。
ルーカスはその様子を少し離れた位置で、到着後の予定の確認のために集まった一班のメンバーと眺めた。
「妹さんたち辛そうですね」
「船旅は慣れないときっついよなぁ」
アーネストは銀の髪が垂れかかる黒縁眼鏡のブリッジを中指で押し上げて、レンズ越しに紺瑠璃色の瞳を向けており、ハーシェルは陽の光に反射して眩い金髪を掻きながら、彼女達を見つめている。
するとアイシャが何を思ったのか、紫水晶の瞳を赤と黒を基調とした軍服の上着のポケットへ向けた後に「少し失礼します」と、踵を返し、後頭部でひとまとめにして垂らした、紫の階調が美しい青い髪を揺らして、四人の居る方へと歩いて行った。
「瞬間移動門が使えればよかったのですけどね」
眉根を下げてそう言ったロベルトが、青翠玉の瞳でアイシャの背を追っている。
潮風が吹くと、彼の襟足でまとめられた琥珀色の後ろ髪が靡いて肩に落ちた。
瞬間移動門とは、各国の要所に設置されている設置型のマナ機関で、その名の通り屋敷のアプローチにあるような門の形状を模している。
使用には規制が設けられ、一度に転移出来る人数または物量に制限があるが、瞬時に任意の場所へ移動できるため有事に最大限活用されて来た。
だが、今回はそう出来ない理由があった。
「仕方ないさ、あちら側が機能してないのだから。復旧にも時間がかかるようだしな」
地震の影響で、ナビア側のマナ機関が破損してしまったと言うのだ。
加えて、首都ザフィエルでは原因不明のマナ欠乏症が広がっており、地震の影響と門の出現も重なって、あちこちで人手の足りない状況に復旧作業が立ち行かないらしい。
「切迫した状況が予想出来るだけにもどかしいですね」
「ああ、航路では時間が掛かるからな……」
ルーカスはロベルトの言葉に同意した。
ナビアへ着くのは早くても三日、四日後だ。
——とは言え、他に移動の手段はないので、止むを得ない。
話してる間に、双子の姉妹の下へアイシャが辿り着いたようだ。
彼女はポケットへ手を入れてごそごそとまさぐると何かを取り出して、二人と顔の位置を合わせるように屈む。
そしてその何かを左右の手に一つずつ乗せ、シャノンとシェリルの目の前に差し出して見せた。
それは銀色の紙に包まれた——飴のように見える。
「これ、よかったらどうぞ。ゼンロの飴よ、少しは気分が良くなると思うわ」
「ありがと……うっ」
「ありがとう、ございます」
シャノンとシェリルが気力を振り絞って、銀の包みを受け取る様子がある。
ゼンロとは特有の香りと辛みを持つ、様々な薬効のある野菜。
糖分の補給も乗り物酔いに良いらしいので、ゼンロの薬効と合わせて吐き気や酔いの緩和が期待出来そうだ。
「にしても、到着まで暇になるなぁ……。華がある分マシだけど」
女性陣を見つめてハーシェルは緑玉の瞳の目尻を下げ、意味深に口の端を上げて、どことなく楽しそうだ。
「頼むから面倒を起こすなよ。尻拭いは決まってこっちに回ってくるんだからな」
「間違ってもシャノンちゃん、シェリルちゃんに手を出さないように」
「……アーネストも副団長も、俺に対する信用なさすぎじゃね?」
「ハーシェル、大人しくしてるんだぞ」
「団長まで!」
ハーシェルの交友関係——こと女性が絡む事については、容姿が良くモテるせいか、アーネストから度々、被害を被った際の話を聞かされていた。
普段の素行から見ても不安しかないため、当然の指摘だろう。
ハーシェルは頭の後ろを乱雑に掻きながら「わかりましたよ、大人しくしてますよ」と投げやりに言い放った。
「——ってか詠唱士の彼女、戦姫レーシュだって知ってビックリっすよ。超有名人じゃないっすか」
話題の転換を狙ってか、ハーシェルがイリアの事を話題に出した。
地震に次いで王都近くへ門が出現した騒動の際、イリアは居合わせた騎士らに自分が旋律の戦姫と呼ばれる女神の使徒、【太陽】のレーシュであることを明かしていた。
目撃者が多く市民の間にも噂として話が広まってしまったため、緘口令を敷こうにも後の祭りである。
公言していないが彼女の正体は、あの場を目撃した一部の人々により知られる事となってしまった。
「その名と活躍は誰もが知っていますが……どう見ても僕らより若いですよね」
「神秘の与える力とは恐ろしいものですね。……そういえば、ナビアの女王陛下も神秘をお持ちでしたね」
ルーカスはロベルトの言葉に頷いた。
「【女帝】の神秘を持った使徒だな。知略に優れ、強力な水と地属性魔術の使い手だ」
ナビア連合王国を取りまとめる女王陛下は、教団に帰属しない使徒だ。
皇太子妃アザレアの実母であり、傍系の王族らしく〝プルムブル・トレス・ザハル独立戦争〟の折、旗頭となって圧政を強いた前国王を打ち倒した。
今のナビアを形作った立役者である。
「それとナビアにはもう一人、神秘を持った人物がいるな」
「護国の英雄、ヴェルデ・ヘンウッドですね」
「ああ。【刑死者】の神秘を持ち、守りの能力に特化した使徒だな。教団に所属しない使徒が、二人も同じ国にいるのは異例のことだ」
しかしその力を持ってしても、ナビアを襲った今回の災厄を解決するには至らなかったのだろう。
ルーカスはその事実に不安を感じながらも、船が進む海の先に広がる地平線を眺めて、自らの責務を全うしようと気を引き締めた。
そうして余談を挟みながら予定の確認を終えると、一班の団員たちは船内へと戻って行き、船酔いで苦んでいた双子たちも純白の祭服を着たリシアに連れられて、船室へと戻って行った。
「面白い!」「続きが読みたい!」など思えましたら、ブックマーク・評価をお願い致します。
応援をモチベーションに繋げて頑張ります。
是非、よろしくお願いします!




