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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第三章 動き出す歯車

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第三十八話 軍議の間への招集

 聖歴二十五(にじゅうご)年 パール月十七(じゅうしち)日。

 エターク王国王城、軍議の間。


 三日の強制休暇を経て、出勤したルーカスは、その場を(おとず)れた。


 部屋は四方が窓に(かこ)まれ、円形に並べられた机——円卓で大部分が占められている。


 円卓の席に着いていたのは扉を開けて正面奥に国王レックス陛下。

 その左手に宰相(さいしょう)ダリルと王国騎士団元帥レナート。

 右手に皇太子(こうたいし)ゼノン、皇太子妃(こうたいしひ)アザレアが並んだ。


 ルーカスは皇太子妃が居る事に違和感を感じつつも、部屋へと入室し、その後ろからは銀の髪を(なび)かせたイリアが続いた。


 何故イリアも一緒にいるのかと言うと「大地震に続く(ゲート)の出現という災厄(さいやく)(さい)し、尽力した彼女に感謝の言葉を伝えたい」と言う申し出が伯父上——レックス陛下から昨日(さくじつ)あったためだ。


 その(むね)をイリアに伝えると「私も助けてもらったことに、お礼を伝えたい」との事で、こうして共に登城(とじょう)する事となった。



「呼び出して悪いな、ルーカス。ああ、この場は見知った顔しかおらん、礼は不要だぞ」



 黒のアシンメトリーの短髪に、風格のある熟年の男性——レックス陛下は、切れ長の紅の瞳を細め、(ひげ)を生やした(あご)に手を添えてにっと笑ってみせた。



「では、お言葉に甘えて。休暇をいただきありがとうございました、伯父上(おじうえ)

「ゆっくり休めたか?」

「はい、お陰様で。この大変な状況下に俺だけ休んでいるのは気が引けましたが……」

「それもまた必要な事だ。放っておくとおまえもレナート同様、働きすぎるきらいがあるからな」



 陛下は「なあ?」と、自分に似た容姿の特徴を持つ、くせ毛にセミロングの威厳(いげん)のある男性、ルーカスの父レナートに同意を求めた。


 話を振られたレナートは「それは否定できんな」と苦笑いを浮かべた。


 働きすぎと言う点については、ルーカスも自覚があったので、痛いところを突かれて、父と同じく苦笑いを浮かべるしかない。


 すると集まった面々からかみ殺したような笑い声が()れ聞こえ、一緒に入室したイリアからもくすっと言う声が聞こえてきた。


 そんな様子に陛下は「ははは!」と大声を上げて、ひとしきり笑った後。

 厳格(げんかく)な表情を浮かべて、ルーカスと並んで入室したイリアへ視線を向けた。



「こうして素顔の貴女と会うのは初めてだな、戦姫レーシュ殿。(ゲート)出現の(おり)、魔獣を制圧し事態の収束に協力頂いたこと、大いに感謝する」



 陛下は頭を下げて感謝を伝えた。


 それに対しイリアは一歩前へ出ると、右足を斜め後ろ、左足の内側に引いて膝を曲げる。

 背筋は伸ばしたまま両手でスカートの(すそ)を持ち上げて、(うやうや)しく(こうべ)()れた。



「国王陛下、お目に掛かれて光栄です。その件は女神の使徒(アポストロス)として使命に(じゅん)じたまで、お力になれたならそれで十分です。

 それに感謝を伝えなければならないのは私です。記憶を無くし寄る()のない私を手厚く保護して下さり、ありがとうございます」

「そう(かしこ)まらずよい、頭を上げてくれ。六年前の事もある。……娘を丁重に(とむら)ってくれた礼、そして(おい)の恩人とあっては相応に義を尽くさねばな」

「それもまた、女神様の(しもべ)として、出来ることをしただけです」



 イリアは姿勢を戻しながら淡々(たんたん)と告げた。

 感謝を当然のものとして受け入れず、(おご)らぬ態度には陛下も困り顔を浮かべていた。



「イリア、素直に感謝を受けても(ばち)は当たらないぞ」

「でも、私は女神の使徒(アポストロス)として出来ることをしただけだから」



 彼女の精神は、女神の使徒(アポストロス)としては理想の姿であるのだろうが——やはり(あや)うい、とルーカスは感じた。



「君の恩人は、随分(ずいぶん)と頑固な性格だね? ルーカス」



 ゼノンが金髪の輝く頭をわずかに(かし)げて、肩を(すく)めた。


 珍しく同意であったため「全くだな……」とルーカスは(こぼ)す。

 イリアを盗み見れば「そんなことない」と言わんばかりに眉根を寄せられた。



「けど、記憶が戻って良かったじゃないか。君の献身(けんしん)と長年の思いが実を結んだ。と、言ったところかな」



 ゼノンは陽気に声を弾ませ、紅い瞳を三日月に変えて、いつもの(さわ)やかな笑顔を浮かべる。


 きっと笑顔の仮面の下で、揶揄(からか)いたくてうずうずしているのだろう。


 ルーカスが次に発せられる言葉を想像して辟易(へきえき)していると、意外な人物から援護が入った。



「ゼノン様。そのような顔で、そのような事を(おっしゃ)るから〝腹黒王子〟などと呼ばれるのですよ? ご友人に嫌われたくなければ、自重(じちょう)なさいませ」



 (やわ)らかな口調ではあるが、表情を変えずはっきりと言い切ったその人物は、ゼノンの隣に座る色素の抜けた白色の長い髪の女性。


 容姿は(あい)らしいと思える顔立ちで、前髪はおでこまで短く切り揃えられており、少し釣り目がちな曹柱石(マリアライト)のような若紫(わかむらさき)色の瞳は、(さえぎ)るものがないため丸みの()びた輪郭(りんかく)際立(きわだ)っていた。


 彼女はゼノンの妻、皇太子妃アザレアだ。



「おっと、これは手厳しいな。でも、そうだね。ルーカスに嫌われては困る」



 物怖(ものお)じせず的確な指摘に、ゼノンは気に(さわ)った様子も見せず、むしろ嬉しそうな表情で肯定(こうてい)を示した。


 アザレアはナビア連合王国の王女で、同盟を締結した際、両国間の融和(ゆうわ)を願い、ゼノンへ輿(こし)入れした。


 言わば政略結婚であるのだが、二人は存外に相性がいいらしく、このように信頼があって仲睦(なかむつ)まじい姿を見せる事もしばしばだ。


 それはそれとして、ルーカスは疑問を投げかける。



「それで、今回はどのような意図があってこの場を(もう)けたのですか?」



 父レナートが居ると言うことは、軍事に関わる件だろう。

 だが、国政はともかく、皇太子妃アザレアが軍議に顔を出すことなどこれまでなかった。



「まあ、まずは二人とも掛けなさい」



 レナートが空いている席を示して(うなが)した。


 腰を据えてじっくりと、という事だろう。

 ルーカスはその言葉に従ってイリアと共に移動し、隣り合う席に腰を下ろした。

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