第三十三話 悲劇は架空の物語(フィクション)で語られる
ルーカスがイリアと出会ったのは、六年前。
エターク王国とアディシェス帝国との間に起きた〝ディチェス平原の争乱〟と呼ばれるルーカスが〝救国の英雄〟と称えられるきっかけとなった戦争での事だ。
ルーカスはあの戦争での出来事を、シャノン、シェリル、そしてリシアに語るため、重い唇を動かす。
「……あの戦争、表向きに語られた内容は知っているな?」
ルーカスが問い掛けると三人は頷いて、その内容を順に口にして行く。
「〝アディシェス帝国軍はディチェス平原へと攻め入った。カレン王女は果敢に戦線へ立つが、奮闘も虚しく敵軍に討たれ、戦場で命を散らす〟」
「〝その場に居合わせたカレン王女の婚約者の青年は悲劇に胸を打たれ、生まれ持った〝破壊の力〟を覚醒させる〟」
「〝そうして王女の無念を晴らすため命を賭して戦った勇敢なる青年は、敵将を討ち取り、ついにはアディシェス帝国軍を壊滅させた〟」
最後の一文は、三人が声を揃えて続けた。
「〝悲しみを乗り越え、戦争を終結へと導いた〝救国の英雄〟。其の名はルーカス・フォン・グランベル〟」
これが国民に語られた〝ディチェス平原の争乱〟の物語のあらましだ。
しかし、現実に起きた出来事は、このような綺麗に作られた話とは掛け離れたものだ。
「事実が架空の物語に置き換えられる事は、戦争ではよくある事だが——笑ってしまうよな」
あの時の悪夢のような情景が脳裏に蘇り、ルーカスはこの場でただ一人、あの日の真実を知るイリアを見て自嘲した。
イリアが眉尻を下げ、勿忘草色の瞳に悲しみを湛えて「……ルーカス」と名を呼ぶ。
そしてルーカスの握った拳にイリアの指が触れて、そっと包み込むように拳の上へと重ねられた。
彼女は優しい。
心を砕き慮ってくれているのがよくわかった。
向き合うと決めたのだから、先を話さなければならない。
勇気を出して、彼女たちに真実を伝えるために。
「事の起こりは、アディシェス帝国がゼナーチェ王国を攻め占領した事から始まる。これも、知っているな?」
アディシェス帝国はエターク王国の南西に位置する国家。
山岳という天然の要塞に囲まれた国だ。
古くから領土拡大に余念がなく、各国へ侵略戦争を仕掛けていた。
時には海を越えて、ナビアやホドにも攻め入っている。
ゼナーチェ王国は、エターク王国とアディシェス帝国の中間に存在した国。
エターク王国の友好国だった。
「はい。ゼナーチェ王国を落とした帝国がそのまま北上し、エターク王国へも攻め込んで来るのではないかと危惧されていたのですよね?」
ルーカスの問いにシェリルが答えた。
「ああ、そうだ。そのため侵攻に備えて、国境付近に軍が配備された」
軍を率いる総大将は皇太子ゼノンが務め、その補佐には元帥であるルーカスの父レナートが就き、ディーンも前線にいた。
「俺とカレンは後方支援として参加していた。
国境からは離れた危険の少ない配置……そのはずだった」
ルーカスは在りし日のカレンの姿が脳裏に浮かんだ。
王家特有の輪郭の大きな紅眼、整って愛らしい顔立ち——。
ゼノンと同じ金色に輝く長い髪に花を模った白の髪留めを飾り、ハーフアップにまとめた後ろ髪には赤のリボン。
裏表のない真っ直ぐな性格で、双子の姉妹と仲が良く、シャノンと二人で突拍子のない事をしてはシェリルを困らせて、皆からはおてんば姫と呼ばれていた。
カレンは勉強よりも体を動かすのが好きだった。
父に師事する自分とゼノンについて回って剣術を学び、母ユリエルからは魔術の教えを受けた。
そのため人並み以上に剣を操り、雷の魔術が得意で、後学のためと言って周りの反対を押し切り軍籍に身を置いた。
ルーカスは幼少期から彼女のお目付け役みたいなところがあり、少なくない時間を共に過ごした。
カレンは行動力がありとても活発で、よく笑う少女で、目が離せなくて——。
時間を共有すれば、自然と情も芽生える。
(彼女は俺にとって妹のような存在であり、大切な……)
ルーカスの婚約者に決まったのは、自分を「好き」だと公言した彼女と周りの後押しがあったから。
けれど、決して強制するものではなく断る事も出来た。
そうしなかったのは、ルーカス自身もまた彼女へ寄せる想いがあったからだ。
(きっと……初恋だった)
今は亡きカレンの眩しい笑顔がありありと浮かんで、胸がぐっと苦しくなった。
ルーカスは一度瞼を伏せると思考を現実へと戻し、シャノン、シェリル、リシアに向き直って話を続ける。
「国境では緊張が続く中、何事もない日々が過ぎていった。だが——」
それは、突如として崩された。
エターク王国軍が駐屯する地点近くに、ある異変が起こったからだ。
どこからともなく現れた脅威。
それが悪夢の始まりだった。
「——魔獣が襲って来たんだ、大軍で。確か、探知魔術にも引っ掛からなかったと……」
そこではたと気付く。
リエゾンで感じた既視感はこれか、と。
思い出さない様にしていた記憶の中にあったのだから気付かなくて当然だ。
「……王国軍は混乱したよ。統率もなにもあったもんじゃない。それに乗じるように帝国軍が攻め入って来て、そこからは地獄さ」
三人を見ると身を固くして、表情も強張らせていた。
先日、魔獣による騒動があったばかり。
その恐怖は想像に難くないだろう。
あの戦場に現れた魔獣は牙と爪を以って駐屯する軍の懐に深く入り込み、大きな爪痕を残した。
そこへタイミングを見計らったように、帝国軍から矢と魔術の雨を浴びせられたのだ。
「ゼノンは混乱に乗じて弓で狙撃されたらしい。負傷して、父上が道を切り開いてディーンと共に撤退したと聞いている。
だが、俺とカレンは後方であった事が仇になった。伝令も通信も機能せず、逃げ場を……失って、……っ」
絶望がやって来る。
ルーカスはその瞬間を鮮明に思い出して言葉に詰まった。
動悸がして口の中が乾き、激しい怒りと、悲しみが沸き上がる。
力の限り握った拳がわなわなと震え、添えられたイリアの手にも力が籠った。
「お兄様……大丈夫?」
「顔色が優れませんが、大丈夫ですか?」
シャノンとシェリルの心配そうな声が聞こえたが、ルーカスは過去の幻覚に引っ張られ思い出の中の情景に囚われて行く。
逃げ場を失い、帝国軍に包囲されて。
四面楚歌の状況で自分達の前に姿を現わした漆黒の鎧の男。
アディシェス帝国第二王子。
アレイシス・ドゥエズ・アディシェス。
ヤツがカレンを弄び、惨たらしく死に至らしめた情景に——。
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