第二十八話 道がないなら作ればいい
イリアの魔術〝滅光煌閃翔〟は門にも向けられていた。
だが——その力を以ってしても壊れる気配が全くない。
(あれの破壊が可能なのはやはり、この身に宿る〝破壊の力〟しかないのだろう)
一刻も早くあちらへ渡り対処すべきだが、跳開橋が下がる時間を待つのは惜しい。
ならば——と、策を思案していると後方が騒がしくなり、ルーカスは振り返った。
螺旋階段の出入り口から一班のメンバー、ロベルト、ハーシェル、アーネスト、アイシャが姿を見せる。
急いで駆け上がって来たのだろう四人は深呼吸を繰り返していた。
気持ちが逸り先行してしまったが——状況を打開するためには彼らの助けが不可欠だ。
いち早く呼吸を整えたロベルトが一歩前へ踏み出し、ルーカスに問い掛ける。
「それで、どうするのですか?」
「あの場へ行き門を破壊する」
「跳開橋を使いますか?」
「待っていては時間がかかりすぎる」
「では……?」
ルーカスは首を傾げるロベルトから視線を外して、後方のアイシャへ向けた。
吊り上がった紫水晶の瞳と視線がかち合って、ルーカスは口角を上げる。
「道がないなら作ればいい。だろう?」
あちらへ渡る方法はいくつか思いつくが——聡明な彼女ならこの一言で察するだろう。
一瞬、思考する様子を見せたアイシャは、期待を裏切らなかった。
「ええ、その通りですね」
ルーカスの意図を汲み、自信に満ちた表情でアイシャが微笑む。
彼女はすぐさま行動を起こし、胸壁に屯する魔術師達に歩み寄った。
「貴方達、手伝って頂戴。ルーカス団長の為に道を作るわよ」
「道……ですか?」
戸惑った様子の魔術師がルーカスへ視線を送って来る。
「俺の持つ力なら門を排除出来る。だから、道を繋いでくれ。頼む」
ルーカスは希った。
彼女の元へ行くには、彼らの協力も必要だ。
暫しの間を置いて、彼らは頷いた。
「それが今、私達に出来る事ですね」と、力強い光を瞳に宿して。
そうしてアイシャと魔術師達は魔術の準備を始めた。
ルーカスはロベルトへ視線を戻し、告げる。
「ロベルト、第二限定解除の申請を」
ロベルトの瞼が大きく開かれ青翡玉の瞳の輪郭がくっきり見えた。
隣のシャノンと、ハーシェル、アーネストも驚いた表情でこちらを見つめている。
第二限定解除——。
それが意味するのは更なる力の開放。
相応の危険を伴うため、過去にも数度しか許可されておらず、ルーカス自身への負担も軽いものではない。
「驚くのも無理はないが、必要な事だ」
「……承知しました。この有事に躊躇ってはいられませんね。なんとか説得してみましょう」
「ああ、頼んだぞ」
ルーカスの言葉に頷いたロベルトが、リンクベルでの通信を試みる。
それを横目に、ルーカスは閃光に埋め尽くされた戦場を見下ろした。
(すぐに行く。もう少しだけ、待っていてくれ)
左腕に嵌った魔術回路の刻まれた腕輪を、胸の高さに掲げる。
(俺に宿るこの力は、かつて悲劇の折に暴走し〝崩壊〟と〝破壊〟を引き起こした忌まわしき力だ)
故に使用には制限が掛けられ、腕輪で封じられてきた。
過去は消えない。
犯した過ちも。
(だが、愛する人を守る為ならば。忌まわしき力だろうと、恐れず御してみせる)
揺るぎない想いを胸に、拳をぐっと握り込んだ。
しかして、ルーカスは残りのメンバーに必要な指示を伝えるため振り返る。
「アーネスト、手の空いてる者と一緒に跳開橋の制御機関を作動して、橋を下ろしてくれ」
「はい、団長」
アーネストは敬礼を返すと、近くの騎士達に声を掛け、足早に制御機関の置いてある歩廊の下へ建造された部屋へと向かって行った。
もう間もなく元帥閣下——父レナートが送ったという援軍も到着する。
ルーカスが先行するにしても、橋を上げたままでは事態の収拾に遅れが生じる可能性が高いため、万全を期す。
『舞い踊る雪、吹き抜ける風——』
アイシャたちの準備が整ったようで、透明感のある声が詠唱の文言が耳に届いた。
キラキラと輝きを放ち、銀色のマナが淡い青色へと色付いて舞い踊っている。
「ハーシェル」
「はいよ! 『疾風よ、来たり宿れ、風纏加速!』」
皆まで言わずとも察したハーシェルが魔術を発動し、ルーカスの身体は淡い若草色の風に包まれた。
身体速度を大幅に向上させる強化術を受け、身体が羽根の様に軽く感じる。
「助かる。ハーシェル、騎士団が到着したら状況を見て合流するよう伝えてくれ」
「了解っす。気を付けて下さいね。ま、団長なら万が一もないでしょうけど」
「お兄様、私は?」
隣に立つシャノンが、自分も何かしたいと言いたげにルーカスを見上げた。
「橋が架かったら後から騎士団と一緒に来るといい。それまでには全て終わらせるよ」
ルーカスはシャノンの頭を優しく撫でた。
桃色の髪はふわふわでさらりとした指通りの良い感触だ。
シャノンが「わかった」と頷き、そうしているうちに周囲の空気が急速に冷え込んでいった。
魔術の完成が近付いている証拠だろう。
肌寒さを感じながらルーカスはその時を待った。
『——大地を伝い、汝がための道を為し咲き誇れ!』
魔術師とアイシャの声が重なり響き渡り、辺りに雪が舞い落ちる。
『咲き乱れる氷華の津波!』
術名が紡がれると同時に、眼下の水路が大きくさざめき立ち、雪の結晶が水面に落ちる。
するとそこを起点に波が一瞬の内に結氷し、凍り付いた水は魔術の名の通り氷華を開花させ——胸壁から城壁を伝って斜めに、街道まで達する巨大な美しい氷の華が咲いていた。
街道へ続く、氷の道の完成だ。
ルーカスは体を低くし、地に付いた足へ力を籠める。
「お兄様、気を付けてね!」
「ああ、行って来る」
シャノンに微笑んで告げたルーカスは、ハーシェルと、通話を続けるロベルトに見送られながら地を蹴って跳躍した。
氷に向かって跳び降りる。
ひんやりとした冷気が肌を刺した。
着地と同時に氷を蹴って再度跳び上がり、花弁のように隆起する氷を伝って、跳んで、街道側へと繋がる氷の上を走る。
イリアの元を目指して——。
距離が近付くにつれ視界が眩しくなる。
閃光が絶えず生まれ、漆黒の門から発生する魔獣を貫き焼いて、「ドン、ドォン!」と地を抉る音がした。
戦場はもう目の間に見えている。
(あと少し——!)
ルーカスは氷を踏み台に強く蹴り込むと、街道目指し一気に跳んだ。
強化術の助けもあり、籠めた力は何倍にもなって飛距離を伸ばし——跳んだ身体が街道側へと落ちる。
ルーカスは足を地に着け反動を押し殺すように膝を折った。
瞬時に顔を上げる。
目の前は光線が降り粉塵が舞っていた。
粉塵の中から、無作為に放たれた一筋の光がルーカス目掛けて飛んで来るのが見えて、光を視認したルーカスは素早く横へ逃れる。
次の瞬間、光が地面を削った。
触れていれば魔獣と同じく身を焼かれていただろう、と先細りして消えて行く残滓を見つめて思う。
しかし、この光の包囲網を抜けねば彼女の元へは辿り着けない。
ルーカスは空気を吸い込み、深呼吸。
(——行こう)
無数の魔法陣から落ちる激しい光の雨の中へ。
僅かな恐怖を感じつつも、迷わず飛び込んだ。
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