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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第三章 動き出す歯車

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第二十八話 道がないなら作ればいい

 イリアの魔術〝滅光煌閃翔ディ・ルフレール・ディストラクション〟は(ゲート)にも向けられていた。

 だが——その力を()ってしても壊れる気配が全くない。



(あれの破壊が可能なのはやはり、この身に宿(やど)る〝破壊の力〟しかないのだろう)



 一刻も早くあちらへ渡り対処すべきだが、跳開橋(ちょうかいきょう)が下がる時間を待つのは()しい。


 ならば——と、策を思案していると後方が騒がしくなり、ルーカスは振り返った。


 螺旋(らせん)階段の出入り口から一班のメンバー、ロベルト、ハーシェル、アーネスト、アイシャが姿を見せる。


 急いで駆け上がって来たのだろう四人は深呼吸を繰り返していた。


 気持ちが(はや)り先行してしまったが——状況を打開するためには彼らの助けが不可欠(ふかけつ)だ。


 いち早く呼吸を整えたロベルトが一歩前へ踏み出し、ルーカスに問い掛ける。



「それで、どうするのですか?」

「あの場へ行き(ゲート)を破壊する」

跳開橋(ちょうかいきょう)を使いますか?」

「待っていては時間がかかりすぎる」

「では……?」



 ルーカスは首を(かし)げるロベルトから視線を外して、後方のアイシャへ向けた。

 吊り上がった紫水晶(アメジスト)の瞳と視線がかち合って、ルーカスは口角を上げる。



()()()()()()()()()()()。だろう?」



 あちらへ渡る方法はいくつか思いつくが——聡明(そうめい)な彼女ならこの一言で(さっ)するだろう。



 一瞬、思考する様子を見せたアイシャは、期待を裏切らなかった。



「ええ、その通りですね」



 ルーカスの意図を汲み、自信に満ちた表情でアイシャが微笑む。


 彼女はすぐさま行動を起こし、胸壁(きょうへき)(たむろ)する魔術師達に歩み寄った。



「貴方達、手伝って頂戴(ちょうだい)。ルーカス団長の為に道を作るわよ」

「道……ですか?」



 戸惑った様子の魔術師がルーカスへ視線を送って来る。



「俺の持つ力なら(ゲート)を排除出来る。だから、道を繋いでくれ。頼む」



 ルーカスは(こいねが)った。

 彼女の元へ行くには、彼らの協力も必要だ。


 暫しの間を置いて、彼らは(うなず)いた。

 「それが今、私達に出来る事ですね」と、力強い光を瞳に宿して。


 そうしてアイシャと魔術師達は魔術の準備を始めた。


 ルーカスはロベルトへ視線を戻し、告げる。



「ロベルト、()()()()()()の申請を」



 ロベルトの(まぶた)が大きく開かれ青翡玉(エメラルドグリーン)の瞳の輪郭(りんかく)がくっきり見えた。

 隣のシャノンと、ハーシェル、アーネストも驚いた表情でこちらを見つめている。


 第二限定解除——。


 それが意味するのは更なる力の開放。

 相応の危険(リスク)を伴うため、過去にも数度しか許可されておらず、ルーカス自身への負担も軽いものではない。



「驚くのも無理はないが、必要な事だ」

「……承知(しょうち)しました。この有事(ゆうじ)躊躇(ためら)ってはいられませんね。なんとか説得してみましょう」

「ああ、頼んだぞ」



 ルーカスの言葉に(うなず)いたロベルトが、リンクベルでの通信を(こころ)みる。

 それを横目に、ルーカスは閃光(せんこう)に埋め尽くされた戦場を見下(みお)ろした。



(すぐに行く。もう少しだけ、待っていてくれ)



 左腕に(はま)った魔術回路の(きざ)まれた腕輪を、胸の高さに(かか)げる。



(俺に宿(やど)るこの力は、かつて悲劇の(おり)に暴走し〝崩壊〟と〝破壊〟を引き起こした()まわしき力だ)



 (ゆえ)に使用には制限が掛けられ、腕輪で封じられてきた。


 過去は消えない。

 (おか)した(あやま)ちも。



(だが、愛する人を守る(ため)ならば。()まわしき力だろうと、恐れず(ぎょ)してみせる)



 揺るぎない想いを胸に、拳をぐっと握り込んだ。


 しかして、ルーカスは残りのメンバーに必要な指示を伝えるため振り返る。



「アーネスト、手の空いてる者と一緒に跳開橋(ちょうかいきょう)の制御機関を作動して、橋を()ろしてくれ」

「はい、団長」



 アーネストは敬礼を返すと、近くの騎士達に声を掛け、足早に制御機関の置いてある歩廊(ほろう)の下へ建造された部屋へと向かって行った。


 もう間もなく元帥閣下(げんすいかっか)——父レナートが送ったという援軍も到着する。


 ルーカスが先行するにしても、橋を上げたままでは事態の収拾に遅れが(しょう)じる可能性が高いため、万全を()す。



『舞い踊る雪、吹き抜ける風——』



 アイシャたちの準備が整ったようで、透明感のある声が詠唱の文言(もんごん)が耳に届いた。

 キラキラと輝きを放ち、銀色のマナが淡い青色へと色付いて舞い踊っている。


 

「ハーシェル」

「はいよ! 『疾風(しっぷう)よ、来たり宿(やど)れ、風纏加速(レジェ・レゼール)!』」



 (みな)まで言わずとも(さっ)したハーシェルが魔術を発動し、ルーカスの身体は淡い若草色の風に包まれた。

 身体速度を大幅に向上させる強化術を受け、身体が羽根の様に軽く感じる。



「助かる。ハーシェル、騎士団が到着したら状況を見て合流するよう伝えてくれ」

「了解っす。気を付けて下さいね。ま、団長なら万が一もないでしょうけど」

「お兄様、私は?」



 隣に立つシャノンが、自分も何かしたいと言いたげにルーカスを見上げた。



「橋が()かったら後から騎士団と一緒に来るといい。それまでには全て終わらせるよ」



 ルーカスはシャノンの頭を優しく()でた。

 桃色の髪はふわふわでさらりとした指通りの良い感触だ。


 シャノンが「わかった」と(うなず)き、そうしているうちに周囲の空気が急速に冷え込んでいった。


 魔術の完成が近付いている証拠だろう。


 肌寒さを感じながらルーカスはその時を待った。



『——大地を伝い、汝がための道を()し咲き(ほこ)れ!』



 魔術師とアイシャの声が重なり響き渡り、辺りに雪が舞い落ちる。



 『咲き乱れる氷華の津波ヴェント・アンタンス・フルーレグラス!』



 術名が(つむ)がれると同時に、眼下の水路が大きくさざめき立ち、雪の結晶が水面に落ちる。


 するとそこを起点に波が一瞬の内に結氷(けっひょう)し、凍り付いた水は魔術の名の通り氷華を開花させ——胸壁(きょうへき)から城壁を伝って(なな)めに、街道まで達する巨大な美しい氷の華が咲いていた。


 街道へ続く、氷の道の完成だ。


 ルーカスは体を低くし、地に付いた足へ力を()める。



「お兄様、気を付けてね!」

「ああ、行って来る」



 シャノンに微笑んで告げたルーカスは、ハーシェルと、通話を続けるロベルトに見送られながら地を蹴って跳躍(ちょうやく)した。


 氷に向かって跳び降りる。

 ひんやりとした冷気が肌を刺した。


 着地と同時に氷を蹴って再度跳び上がり、花弁(かべん)のように隆起(りゅうき)する氷を伝って、跳んで、街道側へと繋がる氷の上を走る。


 イリアの元を目指して——。


 距離が近付くにつれ視界が(まぶ)しくなる。

 閃光が絶えず生まれ、漆黒(しっこく)(ゲート)から発生する魔獣を貫き焼いて、「ドン、ドォン!」と地を(えぐ)る音がした。

 

 戦場はもう目の間に見えている。



(あと少し——!)



 ルーカスは氷を踏み台に強く蹴り込むと、街道目指し一気に跳んだ。


 強化術の助けもあり、()めた力は何倍にもなって飛距離を伸ばし——跳んだ身体が街道側へと落ちる。

 ルーカスは足を地に着け反動を押し殺すように(ひざ)を折った。


 瞬時に顔を上げる。

 目の前は光線が降り粉塵(ふんじん)が舞っていた。


 粉塵(ふんじん)の中から、無作為(むさくい)に放たれた一筋の光がルーカス目掛けて飛んで来るのが見えて、光を視認したルーカスは素早く横へ(のが)れる。


 次の瞬間、光が地面を削った。

 触れていれば魔獣と同じく身を焼かれていただろう、と先細りして消えて行く残滓(ざんし)を見つめて思う。


 しかし、この光の包囲網を抜けねば彼女の元へは辿(たど)り着けない。


 ルーカスは空気を吸い込み、深呼吸。



(——行こう)



 無数の魔法陣から落ちる激しい光の雨の中へ。

 (わず)かな恐怖を感じつつも、迷わず飛び込んだ。

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