第二十四話 王都に襲来する魔獣
空の異変。地震。
そして続く魔獣の襲来——。
城門から雪崩れ込んできた魔獣の群れが人々へと襲い掛かった。
魔獣に気付いた城門を警備する騎士が応戦を始めたが、群れを為してやって来た脅威に、明らかに人手が足りておらず。
逃げ遅れた人が、蹂躙せんと牙を剥く獣の餌食となっていく。
「魔獣!?」
「リシアさんは結界をもう一度展開して下さい!」
「はいっ!」
シャノン、シェリルが帯剣した銀の剣の柄を握り、路上へと出た。
魔獣から逃れようと走る人を背に彼女たちは剣を引き抜き、リシアが結界魔術の詠唱を始める。
イリアは剣先を城門へと向け、旋律を紡ぎながら駆け出した。
『紡ぐは天より轟く雷鳴の賛歌——』
その後ろで「イリアさん待って!」と呼び止める声が聞こえたが、止まる訳にはいかない。
逃げる人の背を追って、獣たちが駆けて来ているのだから。
「きゃああ!」
悲鳴を上げる女性に、飛び掛かろうとする獣——イリアはその獣を目で捉えると『貫け、紫電よ』と歌声を響かせた。
雷鳴と共に、天より落ちた雷電が獣を貫き焼き尽くす。
あちこちで同じように暴れる、獰猛な魔獣の姿が見えた。
魔獣は二種類確認出来る。
狼型の魔狼。
体毛は灰色で耳が立って吻が長く、首やしっぽが太い。
一般的な大型犬より大きく体格のがっしりとした駿足の獣。
そしてもう一種類。
魔狼と似ている黒毛の獣。
体が魔狼より一回り小さく、尻尾は細く、それ以外の身体的特徴は魔狼とほぼ変わらない——犬型の魔獣、魔犬だ。
イリアは目に捉えた範囲の魔獣に向かって、歌を紡ぎ紫電を走らせた。
『響け、雷鳴の賛歌。恐れよ、聖なる鉄槌』
幾つもの雷柱が魔獣を打ち抜き、絶命へと至らしめる。
しかし、門の向こうから途絶える事なく獣が侵入して来ており、そのすべてを滅する事は出来なかった。
魔狼も魔犬も素早い上に数が多すぎるのだ。
幻影を操る黒いローブの少女、女神の使徒アインと相対した時とは規模も勝手も違う。
(滅するだけなら、簡単だけど……)
被害を考えず、力を振るえばいいだけだ。
だがそうした場合——敵も味方も関係なく、殲滅の光に飲まれてしまう。
(——そんな事は望まない。
この力は、無意味な破壊と命を奪うためではなく、人々を守るためにあるのだから)
走り、城門前に近付くと、騎士たちが魔獣に応戦している姿がハッキリと見えて来る。
(やっぱり、抑えきれてない)
またも多くの魔獣が彼らをすり抜け、獲物に噛みつかんと牙を覗かせて街中へ駆けて来ている。
イリアは歌い雷霆を走らせ、時に至近距離まで迫り襲い掛かってくる魔獣を斬り伏せた。
——だが、殲滅の速度よりも早く魔獣は城門の向こうからやって来て、捉えきれなかった魔獣が攻撃をすり抜け街の奥へと侵入するのを許してしまう。
異常な数だ。
わかるのは、城門の向こう側から来ていると言う事だけ。
原因は外にあるのだろう。
(何とかしないと)
世界を愛する女神様。
女神様の祝福を受けた女神の使徒として、困難を打ち破り人々を守る事——。
(それが私の願いであり、使命。
そのためであれば躊躇わない)
イリアは思いを胸に、城門を目指して走った。
道中には傷つき倒れる人々の姿がある。
けれど治癒術をかけている暇はない。
向かってくる魔獣を斬り伏せ、薙ぎ払い、住民へ襲い掛かろうとする魔獣には雷の鉄槌を落とし、それだけで手一杯だ。
「君、危ないから下がりなさい!」
城門に最接近すると、魔獣と対峙している甲冑を身に着けた騎士たちの内の一人が眼前の獣を剣で斬り殺し、こちらへ向かって叫んだ。
しかしその後ろに素早く肉薄する魔獣の姿を見つけ、イリアは『轟け』と短く口ずさんで、雷を落とし魔獣を排除した。
雷撃を目撃した騎士たちから驚きの視線が向けられる。
「私の事はいいから、他の人の救助を!」
イリアは騎士の防衛線を抜けて、こちらへ接近する魔獣を剣の一振りで切り落とすと、彼らの横を通り城門を超えて——王都と外を繋ぐ橋の前へと出た。
都市の外側には城壁に沿って都市をぐるっと囲む様に、幅のとても広い堀——水路が築かれており、水が引き込まれていた。
王都と外を繋ぐのは、今立っているこの一本の跳ね橋だ。
馬車が優にすれ違える横幅があり、広い水路の上に跨って向こう側の街道へと架けられた橋。
その橋上には、場を埋め尽くし押し寄せる魔獣の大軍が見えた。
城門前を振り返って見れば、凄惨な状況が窺える。
行商や他の街から来たであろう馬車のキャビンが壊れて放置され、戦闘の跡と、赤い血が飛び散り、魔獣の死体や事切れて物言わぬ亡骸が転がっていた。
たくさんの人が負傷してうずくまっており、恐怖に打ちのめされている。
視線を橋の更に向こう側へ向けると、街道にも動く人と獣らしき姿が僅かに視認できた。
状況を確認していると、先ほど城門前で戦っていた騎士たちが魔獣を片付けたらしく駆け付け、イリアと橋から迫る魔獣の間へ立ち塞がった。
「ここは我々が抑えます!」
「民間人は早く非難して下さい!」
イリアと負傷した人々に向かって、彼らエターク王国の騎士は叫ぶ。
そうして毅然と剣を構え、魔獣の大軍を前に一歩も引かず勇敢な姿勢を見せていた。
この地に住む者を守るのが、彼らの使命であり誇りである事はわかっている。
けれど、押し寄せる数に対して、いまここに居る騎士の数はたったの十名。
魔獣の数はその数倍の規模がある。
抑えるにはあまりに騎士の人数が少なすぎる。
城門の警備の騎士がこれほど少ないのは、先の地震の影響もあるのだろうが、無謀だ。
イリアは彼らに向かって凛として言い放つ。
「私が何とかします。騎士様はどうか、負傷者の救助を」
「何を馬鹿な事を! いいから下がりなさい!」
騎士達は引かない。
そんな彼らの姿勢は好ましく美しいが——誇りよりも命が大切だ。
揺るがず雄々しい背を見せる騎士たちの背後を見つめながら、イリアは左手を掲げ、迫る魔獣の群れに向かって人差し指を突き出した。
(この場に居る誰一人、死なせはしない)
イリアもまた己の誇りと使命に準じ、歌を紡ぐ。
皆を守る為に——。
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