第五話 グランベル公爵家
聖歴二十五年 エメラルド月十二日。
時刻は黎明刻、大空が白み、明け渡り始めた頃。
エターク王国首都・城郭都市オレオールにある、グランベル公爵家・邸宅内の客室の一室をルーカスは訪れた。
入り口から正面にはテラスへと続く大きな窓があり、今は換気のために開け放たれている。
そよぐ微風が刺繍の施されたレースカーテンを密やかに揺らす。
向かって右手、ゆったりとした大きさのベッドの上に、先日の魔獣討伐任務の折、公爵家が身柄を預かった彼女の眠る姿があった。
(……まさかこんな形で再会する事になるとは)
ルーカスは彼女を知っていた。
最初は見間違いかと思った。
でも、間違えるはずがない。
光に反射して輝く長い銀糸。
容姿端麗で年相応ながらも、可愛いらしさのある容姿。
たった一人で領域魔術を行使する優れた力。
そして何よりあの歌声。
間違えようがなかった。
(何故、君があんな場所に……)
理由はわからない。
本来であればあのような場所にいるはずがないのだ。
怪我を負って倒れていたと聞いた時も、内心信じられなかった。
だが現実として彼女は此処に居る。
それは認めざるを得なかった。
手を伸ばせば届く距離、穏やかな顔で眠り続ける彼女の頬へ自然と手が伸びるが——寸前で手を止めた。
家族でも恋人でもない異性、ましてや意識のない相手に気安く触れるなんて不作法にも程がある。
不自然に静止した拳を握りしめ、力なく下ろす。
今日も彼女が目覚める気配はない。
「……イリア」
ルーカスは静かに彼女の名を呼んだ。
あれから一週間、イリアは未だ目覚めず、眠り続けていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おはようございます。お兄様」
客室を出たところで目覚めの挨拶が聞こえて、ルーカスは自分を「お兄様」と呼んだ人物を探した。
長い廊下へと視線を向けると、そこに居たのは桃色の髪の少女だ。
ふわふわのウェーブがかった髪は腰まで伸びており、くりっと大きな瞳はルーカスと同じく紅い色をしていた。
彼女は今年、十八歳を迎えて成人した、ルーカスの妹の一人。
シェリル・フォン・グランベルだ。
「おはよう、シェリル。早いな」
「お兄様こそ。お客様の様子はどうですか?」
「目覚める様子はないな。医者の話では怪我は完治、術の反動によるマナ欠乏症からも回復して、身体的には問題ない様なんだが」
「そうですか……。早く目を覚まして下さる事を祈るばかりですね」
「……ああ」
ルーカスは無意識のうちに口を引き結び視線を下へ向ける。
すると、下がった眉根と憂いを帯びたシェリルの紅い瞳がルーカスを覗き込み——しまった、と思った。
表情から読み取るに、妹がこちらを心配しているのは一目瞭然だ。
余計な心配を掛けたくない、そう思ったルーカスは、話題の転換に何か話す事はないかと考える。
そうしてはたと気付く。
もう一人の妹の姿が見えない事に。
「シェリル、シャノンは起きてるか?」
「シャノンお姉様ですか? お姉様ならぐっすり夢の中でしたよ?」
「それは……困ったな」
シャノンとシェリル、二人は一卵性の双子の姉妹だ。
シェリルは数分早く生まれたシャノンを「お姉様」と呼んでいた。
「そう言えば昨晩『明日はお兄様と一緒に出勤するんだー♪』と言っていましたね。なら、今頃慌てて起きた頃かも。お姉様ってば朝は弱いのに」
無茶な約束をするから、とシェリルがくすりと愛らしい微笑みを見せた。
シャノンの慌てっぷりを想像したのだろう。
ルーカスも釣られて笑みを溢す。
一緒に出勤——と言う言葉からわかるように、シャノンとシェリルも騎士団に籍を置く軍人であり、グランベル公爵家は古くから多くの軍人を輩出してきた。
王位継承権を破棄した王族が、降下する家系である事も関係しているだろうが、王国のためと言って騎士や魔術師の道を志す者が多く、才能を発揮して軍の要職を任せられる事も珍しくなかった。
現に今代の当主、ルーカス達の父レナート・フォン・グランベル公爵は、元帥の役職を担い、ルーカスは団長職を任されている。
母もかつては軍籍に身を置いていて、『迅雷』の二つ名を持つ優秀な魔術師だった。
今はグランベル公爵領・ラツィエルを治めるため、領主としてかの地に留まっているが、その力は健在だと聞く。
双子の姉妹も今年の春にアカデミーを卒業し、晴れて騎士団に入団。
騎士の叙任を受けた。
同じ騎士団本部に出勤するのだから「お兄様、たまには一緒に行こう?」とシャノンに誘われたのだ。
可愛らしく提案されては断ることが出来ず、妹の押しに甘いと言う自覚はあったが、共に出勤する事で不都合が生じる訳でもない。
ルーカスは二つ返事で承諾した。
「シャノンの慌てる様子を見に行くのもいいかもな。そしたらその後は、みんなで一緒に朝食を摂って、出勤しよう」
「ふふ。そうしましょう、お兄様」
ルーカスとシェリルは歩幅を合わせ、仲良くシャノンの部屋へと向かい——寝ぼけたシャノンがちょっとした事件を起こしたが、無事起こすことに成功した。
そうして、三人は朝食を摂るため食堂へと足を運んだ。
訪れた食堂の内装は、壁に照明のための燭台と、視界を賑わす絵画が飾られており、部屋の中心部の頭上には白銀のシャンデリアが吊るされていた。
その下には純白のテーブルクロスがかけられた、二十人は座れる横長のダイニングテーブルが置かれており、卓上には間隔よく蝋燭の乗った漆黒の燭台と、カトラリー類が並んでいる。
三人が椅子に着席すると、食堂の使用人達がいそいそと準備を始める姿が見えた。
料理を待つ間、手持無沙汰になったルーカス達は自然と談笑を始める。
「それにしても、お姉様の寝覚めの悪さには困ったものですね」
「ああ、まさかあんな事をしてくるとはな」
そう言ってルーカスは、正面の席に座る桃色の髪の少女——シェリルとうり二つの容姿を持った双子の姉妹の姉、シャノンを見た。
シャノンとシェリルはとなり合って座っており、装いは出勤前なので軍服だが、これも二人同じデザインの物だった。
ルーカスの赤と黒を基調とした布地に、金のラインと細工が施され勲章の飾られた軍服とは違い、赤と白を基調とした布地に、金のラインと簡易的な装飾が施された軍服を纏っている。
容姿も服装もそっくりな二人が並ぶと、ぱっと見では見分けがつかない。
唯一、外見の相違点は髪の長さだ。
シャノンの髪は、髪質こそシェリルと同じくふわふわでウェーブがかっているが、肩上で切り揃えられており、後ろ髪が三つ編みのハーフアップで綺麗にまとめられていた。
「……だからって、あんなに笑わなくてもいいじゃない。シェリルもお兄様も、酷い!」
シャノンが赤くなった頬をぷくーっと風船のように膨らませ、拗ねた様子で顔を逸らして見せた。
「だってお姉様、寝ぼけていたからってまさかお兄様をぬいぐるみと間違えるだなんて。ね、お兄様?」
「大きくなってもシャノンはそそっかしいな」
見た目はそっくりな双子だが、その性格は各々個性があり、真逆と言ってもいい。
とりわけしっかり者のシェリルに対し、シャノンはどこか抜けたところがあって——ルーカスは先ほどあった出来事を思い出して、笑いがこみ上げた。
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