第十八話 魅惑の果実水……?
働き詰めであった団員の息抜きにと設けられた酒の席——。
ロベルトがアイシャを妹のように可愛がる様子を見せ、ルーカスは双子の姉妹との思い出が浮かんだ。
「——っとお待たせ~!」
思い出の中に意識が引き摺られようとしていたところで、陽気なハーシェルの声が響いた。
「ほい、団長!」
軽く叩きつけるような音と共に、ルーカスの目の前にハーシェルの持って来たグラスが置かれた。
持ち手が存在しないグラスには、透明な液体と氷が入っており、縁にはレモンが添えられている。
初めて見る、馴染みのない飲み物だ。
ただの水のようにも見える。
「エールがダメでも、これならいけるんじゃないかと思って。最近流行ってるんすよ」
「いや、俺は酒は——」
「まあまあ、ただの果実水ですって。試しに飲んでみてくださいよ」
にいっと含み笑いを浮かべ、右隣の椅子にハーシェルが深く座り込んだ。
果実水と言うが、明らかに怪しい。
「おまえ団長に変な物勧めるなよ?」
「んな事するわけないだろー。疑り深いなあ」
「普段の素行の悪さを考えたら信用無くて当然だ」
「ひでぇ言われよう……」
ハーシェルの隣、アーネストが咎めるように言った。
一見すると喧嘩も多く険悪に見える二人だが、騎士学校の同期らしくそれ以来の親友なのだとか。
ちゃらくて軽いところもあるが大らかな性格のハーシェルと、真面目だが意外と激情型なアーネスト——性格の違いがあるからこそ、逆に相性がいいのだろうと、ルーカスは思った。
「確かに。今日の勤務態度も見ていられたモノじゃなかったわね」
「仕方ないだろー。あんなぽかぽか陽気で、眠くなるなって言う方が無理」
「不真面目」
「あん?」
反して、アイシャとハーシェルは水と油のようだ。
ハーシェルの愚行も関係しているのだろうが、言い合いになる事が多い。
「おまえ何でアイシャさんにだけ突っかかるんだよ」
「さあね。なんでかイラっとするんだよなぁ」
アーネストが問えば、ハーシェルはエールを煽って、ご機嫌斜めの様子だ。
あーだこーだと会話を繰り広げるハーシェルに、アーネストは呆れ顔を浮かべつつも付き合っている。
「アイシャも煽るなって。おまえの悪いとこだぞ」
「……余計なお世話よ」
ロベルトに注意されたアイシャがプイッと顔を背け、その動きに頭頂部でまとめ垂らされた、紫の階調が美しい、青の長髪が追従した。
二人の何気ないやりとりに、本当に兄妹のようだな——と見つめていれば、こちら側を向いたアイシャの紫水晶の瞳と視線がかち合う。
一瞬見つめ合う形になり——何故かアイシャが沸騰した様に顔を真っ赤にさせた。
かと思えば今度は正面へ向き直って、テーブルに置かれたエールを両手で持って一気に流し込んだ。
「ア、アイシャ、エールを一気は危ないぞ?」
「だいじょぶです! わたし、こう見えてもお酒には! つよいので!」
ルーカスが心配して声を掛ければ、空になったジョッキをテーブルに叩きつけ、若干呂律の回っていない様子でアイシャが答えた。
隣でロベルトが頭を押さえてため息をついている。
「始まったばかりで潰れる気か? ほら、水」
「うるさい。この程度でつぶれないわよ」
文句を言いながらも、ロベルトが差し出した水の入ったグラスをアイシャは受け取って口をつけている。
やれやれと肩を竦めるロベルトと目が合った。
その横で「よってないんだから」「ろべるとは過保護」と、アイシャがぶつぶつ文句を言い続けている。
すでに十分酔いが回っていると思うのだが、強がって素直ではない姿に、何だか可笑しさが込み上げて来た。
ルーカスはロベルトと目を合わせたまま、どちらともなく笑いをこぼしていた。
勤務中には見せない、見られない団員たちの素顔——。
(もっと早く、こういった場を持つべきだったな)
ほんの少し後悔しつつ、これからは定期的にこのような場を設けようと、ルーカスは思った。
語らい、肴をつまみ、酒もしくは茶で喉を潤して、団員達の楽しそうな話し声と共に酒宴は盛り上がりを見せて行く。
「そーいえばだんちょー、昨晩の子ってあの時のあの子っすよね?」
つまみのベーコンを刺したフォークを右手に持ったハーシェルが問い掛けてきた。
酒が回っているのか、仄かに顔を赤らめている。
昨晩の子と言うと——皇太子命令で夜の祭典へ共に出かけたイリアの事だろう。
一班の彼らは陰から護衛として付いて回っていたため、一部始終を見られていたのだと思い出す。
夜の祭典での護衛任務を言い渡した際は、それは怪訝な顔をされた。
(当然だ。団員達にはイリアの事情を話してないからな)
しかし、皇太子命令とあっては断る事も出来ず、団員達は黙って任務を遂行したのだ。
今いるメンバーはイリアを保護した魔熊討伐任務で彼女を目撃している。
けれど彼女の存在については緘口令が敷かれているため、イリアがあの時の詠唱士だと気付いてもぼやかした言い方をしているのだろう。
「……ああ。だが他言は無用だぞ」
「わかってますって。にしても、やっぱりかぁ。むちゃくちゃ綺麗な子でしたね。恋人っすか?」
またこの手の質問か、とルーカスはお茶の入ったグラスを片手に苦笑いした。
彼女への好意は自覚しているが、それ以上の事は望んでいない。
「ちょっと訳アリなだけで、ただの友人だ」
「訳アリの事情はまあ詳しく聞かないっすけど、友人と言うには無理があるんじゃ? あんなラブラブデートしておいて。アーネストも、ふくだんちょーも、アイシャだってそう思うだろ?」
ベーコンを口に放り込んで、ハーシェルは空いたフォークをアーネスト、ロベルト、アイシャへ差し向ける。
「おまえほんと怖いもの知らずだよな。その能天気が羨ましいよ」
「ひっでぇ!」
「まあ……正直気にはなるよね」
「だんちょうの、こいびと……」
口々に呟き「どうなの?」と問い掛ける様な視線が四本、ルーカスへ向けられる。
(……顔に穴が空きそうだ)
いたたまれなくなったルーカスはお茶を口へ運ぼうとするが、グラスは空だった。
確かもう一杯同じ物を頼んでいた気がして、ちょうど近くにあった液体の入ったグラスを見つけ、居心地の悪さをごまかす様に急いで手に取り口を付けた。
だが——。
一口含んで広がった味はお茶ではなかった。
よく見ればハーシェルが持って来たそれだ。
「しまった!」と思って目を見開くが、予想に反して酒の味は特にせず。
口に広がるのは甘みと塩味、それから程よい酸味としゅわっとした刺激だった。
「あ、どうっすか? うまいっしょ?」
「確かに……果実水、なのか?」
「そうそう。飲みやすい果実水みたいなもんっすよ! ナビアの方で流行ってるらしいんすよー」
「へえ」
口当たりも良いし清涼感があって飲みやすいため、気付けば半分飲んでしまっていた。
流行っていると言うのも納得だ。
「で? ほんとのところどーなんすか?」
「何度聞かれても同じだ。彼女は友人だよ」
「えー、オレにはそれ以上に見えましたけどね? これっぽっちも思わないんすか? 恋人だったらいいなー、とか」
「さあ、どうかな」
ハーシェルの質問は適当にはぐらかす。
グラスに視線を落とすと、果実水は飲み切ってしまっていた。
空っぽになったグラスをちょっと残念に思った。
「いやいやだんちょーそれでも男っすか!? あんな可愛い子、ほっとける訳が——」
「ハーシェル、うるさい」
「こらアイシャ」
文句を言うアイシャと窘めるロベルトの声がした。
(確かにイリアは可愛いが、そういう問題じゃない)
そう思ったところで、何故だか急に頭がぼーっとしてきた。
「団長?」
今度はアーネストの声がした。
不思議な表情を浮かべ紺瑠璃色の瞳がこちらをみている。
それにしても、体が熱い。
熱が込み上げて、汗ばむ感覚がある。
「まさかさっきの……! 団長、大丈夫ですか!?」
ロベルトが焦った表情を浮かべていた。
何をそんなに焦っているのだろうか。
(得に問題はない)
ただ、少し頭がぼーっとして、体が熱いだけで、気にする程ではない。
ルーカスは「大丈夫」と口にしようとするが、上手く言葉が紡げなかった。
「団長!」
近くで団員達の声が聞こえる。
急激に眠気が襲ってくる。
(眠い……)
こんなところで寝てはいけないと分かっているのに。
しかし重くなった瞼に耐え切れず、ルーカスは瞳を閉じた。
脳裏に、銀の髪を揺らして勿忘草色の瞳から涙を流す——祭典の夜に見た、彼女の悲しそうな姿が浮かんだ。
(イリアは……元気にしているだろうか——?)
ルーカスの意識はそこでプツリと途絶えた。
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