第十四話 欺瞞に満ちた願い
ノエルは万人が想像する、教皇に相応しい慈愛に満ちた表情で言った。
「僕が願うのは姉さんの幸せ。ただそれだけだよ」と。
直前まで、凍えるような殺気を発していた事が嘘のように。
(それほどイリアを大切に思っていると言う事だろうが……)
「ならば何故?」と、そんな思いばかりが浮かんで、ルーカスはノエルをじっと見つめ続けた。
「その様子、納得が行かないみたいだね。……いいだろう、説明してあげるよ」
そうして、ノエルは語る。
「怪我を負わせたのは、記憶を封じるため。必要に迫られたからだ。
姉さんの聖痕は左腹部にある。そこに呪具を穿つため、止むを得なかった。
本来は保護するはずだったんだよ。でも、手違いがあってね。
転移魔術でエターク王国方面へ渡ってしまった時には、それはもう焦ったさ」
ノエルは淡々と語り、言葉の終わりに「彼らが証人だよ」と言って、手を頭の高さに上げて見せた。
後ろに並び立った使徒たちが、ゆっくりとフードを手で後ろへとずらす。
顔の上半分を隠した仮面も外され、彼らの容姿が明らかになり——ノエルは順に、使徒の名を呼んだ。
「ベート」
先程、魔術を使った使徒だ。
十の宝石がはめ込まれ、装飾の施された自分の身の丈程ある長い杖を持っている。
水晶のように透き通る銀色の切れ長で強気な瞳。
燃える様な真朱の美しい髪は前髪が中央で左右に分かれ、腰まで伸びていた。
「ツァディー」
左端に立つ使徒、小柄で細身の少女だ。
眉根を下げ緊張した面持ちで、あどけなさの残る可愛らしい顔立ちをしている。
色彩のはっきりとした紫黄水晶色の大きな瞳に、星を思わせる金色のウェーブ掛かった長い髪が印象的だ。
「シン」
右端の使徒は細身の男、整った容姿の好青年だ。
海を思わせる青い髪、前髪は正面から見て左側だけ長く、優し気な橄欖石の瞳を隠してしまっていた。
「それから、アイン」
そしてベートの右隣、勿忘草色の瞳に銀の髪を靡かせて、妖にして艶のある微笑みを浮かべる——イリアの姿を模倣した使徒をノエルはそう呼んだ。
「姉さんに呪詛を施した時、居合わせた四人さ」
ベート、ツァディー、シンが丁寧に頭を下げた。
アインと呼ばれた使徒はソファの背もたれの上に立て肘を付き顎を乗せ、ひらひらと手を振っている。
イリアの姿で奔放に振舞うアインに、ルーカスは言い知れぬ不快感を覚えた。
(イリアの実の弟であり教団のトップ、教皇ノエル。
そして女神の使徒の四人。
——彼らが、彼女を蝕む呪詛を施した元凶という訳か)
ルーカスは目の前の五人を視界に捉えて目を細めると、気付かれぬよう奥歯を噛み締めた。
疑問はまだある。
そうするに至った肝心の理由を、彼は話していない。
ルーカスは再度問い掛ける。
核心へ至る答えを求めて——。
「何故、呪詛を用いてまで、彼女の記憶を封じなければならなかったのですか?」
治癒術師のリシアの見立てによれば、イリアに掛けられた呪詛は複雑で難解な上に、無理に記憶を思い出そうとすれば命を脅かす可能性もあると言う、危険極まりないものだ。
(そこまでする理由とは一体?)
イリアと同じ青いノエルの瞳が伏せられ、表情に翳りを見せる。
「守るためだよ」
静かに言葉が紡がれる。
「奴らから姉さんを守るために、仕方なかったんだ」
「……奴らとは?」
「君なら想像がつくんじゃない?」
ノエルは首を傾けて、挑戦的な態度でこちらへと視線を送った。
まるで試す様な問い掛けだな、とルーカスは思った。
持ち合わせた過去の情報を掘り起こし、しばし思案する。
(教皇である彼が奴らと呼ぶ者……)
過去のルキウス様との会話が脳裏を過った。
『儂は所詮お飾り。時たま枢機卿らの目を盗み、お節介を焼くのが些細な楽しみなんじゃ』
——と、ルーカスに語って見せた事がある。
「……枢機卿、ですか?」
教皇と共に神聖国の政治を担っていると言う、十人の枢機卿。
彼らしか思い浮かばない。
ノエルは頷いて、片頬を吊り上げて見せた。
「ご明察。さすが救国の英雄として力を持つ者なだけはある。
十人の枢機卿から成る【枢機卿団】——奴らから姉さんを守るためには、そうする他なかったんだ」
話を聞く限り、教皇ノエルと枢機卿団の間には確執があるようだ。
「そうだとしても、こんな……。回りくどいやり方をする必要があったのですか?」
「僕にも——いや、教団にも色々と事情がある」
事情とやらが何なのか、質問を重ねようと口を開きかけたが——「悪いけど、尋ねられても部外者には語れないよ」と、冷笑を浮かべたノエルに釘を刺されてしまった。
そう言われてしまっては無理に聞き出す事も出来ない。
ルーカスは大人しく従って別の質問を投げる事にした。
「イリアを力ずくで連れ帰ろうとした件は、どう説明されますか?」
〝謎の襲撃者による王都混乱を狙った事件〟として処理された、大惨事に成りかねなかった件の事件だ。
白昼堂々王都で暴れた、女神の使徒と思われる黒いローブの少女——。
父が教団に問い合わせた際は「知らぬ存ぜぬ」との回答だった様だが、今聞いた話を照らし合わせれば十中八九、教皇ノエルの手の者だろう。
「その件については謝罪する。大事にするつもりはなかったんだけどね」
ノエルの視線がアインと呼ばれたイリアの姿をした彼女に向けられる。
アインはと言うと、立て肘を付き顎を乗せた姿勢でくすくすと笑っていた。
「騒がれても面倒だし、レーシュを連れ出したらすぐ解除するつもりだったのよ?
でも、桃色の双子ちゃんが『魔術なんて関係なーい、遊びたーい!』って言うから遊んであげたの。
桃色の双子ちゃんも、レーシュも楽しんでたでしょ?
ちょっとやりすぎちゃったかなぁって思うけど。抵抗されたらねじ伏せたくなるじゃない?」
にっこり微笑んで「ね?」と可愛らしく首を傾げているが、とんでもない理論だ。
倫理観に欠けているとしか言いようのない言い分に、ノエルもため息をこぼしている。
「まったく。僕としても大切な物は手の届く場所に置いておきたくて、彼女に迎えを頼んだけど、あそこまでするとは思わなくてね」
「——イリアは物ではありません」
「わかってるよ。言葉のあやだ」
イリアを〝物〟と表現した事に不快感を示せば、ノエルは眉根を下げて弁明した。
(話は大体わかった。
聞きたい事も、話せないと言われた事情以外は、概ね聞くことができた)
となると、あと残る疑問は一つだ。
内密に手紙を届けさせ、この場に呼び出した理由——。
(教皇ノエルは、何を思って俺をこの場に呼んだのか……)
昨晩、彼が夜の街に居たのも、ご丁寧にイリアの身に起きた事情を語ってみせた事も、単なる偶然や好意でない事はわかっている。
ノエルは自分に何を求めているのかと、ルーカスは身構えた。
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