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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第三章 動き出す歯車

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第十二話 愛してるよ。——さん

 ——私が思い出せる最初の記憶は、真っ白な自分だ。


 ぽっかりと穴が空いたように、あったはずの記憶は空虚(くうきょ)に埋め尽くされていた。


 自分が何者であるのか、名前すらわからなかった。

 何かやる事があったはずなのに、思い出せなくて苦しくて。

 焦燥感(しょうそうかん)(つの)らせた。

 

 でも、出会いに恵まれた。


 怪我の痛みと喪失感(そうしつかん)の中で、治癒術の癒しの光と共に、笑顔で安心感をくれた優しいリシアちゃん。


 明るくて嵐のように賑やかで、うっかりなとこもあって可愛いけど、戦う姿は格好いいシャノちゃん。


 シャノちゃんと一緒にふざける意外な一面もあるけど、騎士として(ほこ)り高く可憐(かれん)で、落ち着いたお姉さんみたいなシェリちゃん。


 いつも優しく、親切に接してくれる公爵家の使用人のみんなにお医者様。


 ルーカスさんの従兄妹(いとこ)だと言う、(さわ)やかな笑顔が印象的だけど、腹黒いって言われてるゼノン王子。


 怖そうな見た目と違って、家族想いで温かい笑顔を浮かべる公爵様。


 突風みたいに現れて、会ったばかりの私を(さら)って街へ繰り出し、「貴女も私の娘みたいなものよ」と微笑んだ公爵夫人。


 それと——ルーカスさん。


 最初はちょっとした誤解があったけど、彼は真摯(しんし)で優しい人だ。

 シャノちゃんとシェリちゃんに接する様子から、家族を大切にしているのもわかる。


 国民からは〝救国の英雄〟と呼ばれ、務部隊の団長さんとして軍の仕事を真面目にこなしていて、見た目も格好良い完璧な人。


 記憶をなくす前の私とは友人で、私がルーカスさんの恩人だとも言っていた。


 彼は私が胸の内に秘めた不安に気付いて、優しく寄り添ってくれた。


 ——名を()け、剣を捧げて私を守る騎士になると誓いまでして。


 泣きわめいたから、あの時を思い出すと少し恥ずかしいけど、支えになってくれる誰かがいるって思ったら心強くて、安心出来た。


 ——けど、ルーカスさんは完璧に見える顔の裏に、実は何かを抱えている様だった。

 悲しそうにしている姿に、私も彼の支えになれたらと思ったのは、つい先日の事だ。


 ルーカスさんと私の過去にどんな思い出があるのかはわからない。


 でも、一緒にいると色付いた感情が胸に(あふ)れて、不思議と心地良い。

 彼は私の大切な人だ。






 ——イリアは皆の事を思い出して心が温かくなり、無意識に顔が(ゆる)んだ。


 青年の問い掛けに対する答えは、イエス。

 こくりとイリアは(うなず)いた。



(私は幸せだ。

 記憶は戻らないけれど——今をとても楽しく感じてる)



「……そう、そっか」



 納得した様子の青年がどこか(さび)しそうに笑った。

 喜んでいるとも、悲しんでいるとも取れる、感情の入り混じった複雑な表情だ。


 

(どうして、そんな顔をするの?)



 青年が泣き出してしまいそうに見えて、イリアは胸が痛んだ。


 本当に訳が分からない。

 彼と自分は、一体どんな関係だというのか。

 

 知らず内に伸びた指先が、青年の頬に触れた——そんな時だった。



「——イリア!」



 ルーカスの声が響いたのは。


 走り出した自分の後を追って来たのか、息を切らし汗を流したルーカスが、人込みの中から現れた。


 切れ長の紅い瞳がこちらを(とら)え——彼に安堵(あんど)の色が浮かぶ。



「無事で良かった……」

「あ……。ルーカスさん、ごめんなさい」



 肩で息をする彼の姿に、イリアは自分勝手な行動を取ってしまった事を申し訳なく思った。

 立ち上がって、ルーカスの側へ行こうとしたのだが——。



騎士(ナイト)のおでましか」



 先ほどまで話していた時と違う、背筋が寒くなる様な低い青年の声が響いて、イリアはぞくりと肩を震わせた。


 振り返ると、彼の膝でくつろいでいた猫が毛を逆立て、興奮(こうふん)した様子で逃げて行くのが見えた。


 猫を追う素振りもなく、青年は立ち上がる。


 ゆっくりとした動作の中、青年がフードを頭の後ろに下げ——青い灰簾石(タンザナイト)の瞳と、月光に照らされて輝く、糸のように細い銀の髪が(あら)わになった。


 

(髪色も、私と同じ……?)



 色の白い肌に、長い睫毛(まつげ)

 気高さと気品を()(そな)えた美麗な面差(おもざ)しは、どこか見覚えがある。



「貴方は……! イリア、こっちへ!」



 青年の姿を認識したルーカスが、今にも抜刀しそうな勢いで刀の()に手を添えた。

 ルーカスの様子と青年の姿にイリアは戸惑った。



(ルーカスさんは彼を知っている?

 私と同じ瞳、髪の色を持った彼は、誰?)



 青年の手がこちらへと伸びる。

 大きくて冷たい指先が腕に触れ——イリアは青年の腕の中へと引き寄せられた。


 目の前に白が広がる。

 胸の鼓動が聞こえ、体温を感じ、広い肩が見えた。

 背中には、冷たい手の感触がある。


 ——イリアは抱きしめられたと気付くのに、数秒の間を(よう)した。


 背後でルーカスが「イリア!」と、呼ぶ声が聞こえる。



「愛してるよ。————」



 耳元で青年が(ささや)いた。

 彼は自分を何と呼んでいるのか——ノイズで聞き取れない。


 彼は一度強く抱きしめた後、腕を(ゆる)ませて、ドンッと強い力で肩を押した。

 その衝撃に身体が後ろへと(かたむ)く。



(まただ。私は、この光景を知っている)



 既視感(きしかん)が胸を占めて行く。


 (かたむ)く体を受け止めたのはルーカスだった。

 肩を支えられ、頭がその胸に沈む。


 青年の(こご)える冬の様な(するど)く青い瞳が、こちらを見ていた。

 否、それはイリアの頭の上、ルーカスへ向けられていた。


 青年は(まばた)きをして、今度は(さび)しさを(にじ)ませた瞳をこちらへ落とした。



「君は僕の宝石。この手で守るべき、たった一つの宝石」



 そんな比喩(ひゆ)ではわからない。

 彼にとって自分が何であるのか、わからない事がイリアは苦しかった。



「元気そうで安心したよ。……またね」



 (さび)し気に(つぶや)いて、青年の唇が、あの言葉——自分を呼ぶ言葉を無音で形作る。



(その言葉の意味を、知らないと)



 一言一句を記憶しようと、イリアは目を()らした。



「————」



 (つむ)がれた言葉を認識して、イリアは驚愕(きょうがく)する。

 知ってしまった言葉に、ズキズキと頭が痛み始めた。



(痛い、痛い、痛い……!)



 きっと呪詛(じゅそ)弊害(へいがい)だ。

 突き刺すような痛みが訪れ、イリアは(たま)らず(まぶた)を閉じ、両手で頭を(かか)えた。


 前方から足音が聞こえる。

 音が、遠ざかって行く。



(彼は、私の……。私は、彼の……!)



 認識した事実をどうすればいいのか。

 痛む頭ではまともに思考出来ず、けれども彼の姿を探して(まぶた)を開く。


 視界がぼやけて、世界が歪んで見えた。


 ——でも、白の、彼の姿はもうない。



「大丈夫か? 何があったんだ?」



 上へ顔を(かたむ)ければ、眉根が下がり、揺れる柘榴石(ガーネット)の瞳があった。

 見上げた事で重力に逆らえなくなった目尻の(しずく)が、イリアの頬を伝う。



「……さん」

「え?」



 彼の唇が形作った言葉を、(つむ)ぐ。



「ねえさん」



 あの唇は確かにそう形作った。



「彼は、私を(ねえ)さんと……」



 ルーカスの瞳が大きく見開かれた。


 彼の唇が形作ったのは「(ねえ)さん」と言う言葉。

 それが意味するのは——。


 頭の痛みが治まらない。

 脳裏に「ガンガン」と警鐘のような音が響き渡り、重く、(にぶ)く、増して行くばかりだった。

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