第八話 教皇ノエル
ルーカスがゼノンの護衛として、式典会場の壇上で教皇聖下一行の到着を待っていると——。
観客席からわっと歓声が沸いた。
歓声がした方向に視線を向けると、観覧席の合間を縫って敷かれた道に、歩く人影が見えて来る。
控えた席からゼノンが立ち上がり、壇上の中央へ進んだ。
ルーカスはその後に続き、一歩後ろに並び立つ。
ゼノンが頭を低くして礼を取り、それに呼応して王族の面々も立ち上がって礼を取った。
礼は女神の代理人である教皇への敬意を表したものだ。
護衛についた騎士は礼を免除されている。
ルーカスは壇上へ歩んで来る人影をじっと見つめた。
先頭を歩いて来るのは、純白の祭服に身を包んだ青年だ。
長めに切り揃えられた髪は純然たるマナの輝きと同じ銀色、硝子細工のように美しい青い灰簾石の瞳。
薔薇の様な気品と気高さを持ち合わせた美男子——。
(——彼が教皇……ノエル・ルクス・アルカディア聖下)
昨年逝去した前教皇ルキウス様に代わって就任した、弱冠二十歳の年若い教皇だ。
女神の使徒らと聖騎士長に護られて、彼はやって来た。
教皇ノエルを先頭に、追従した女神の使徒と聖騎士団長アイゼン、計七名が壇上へ上がる。
「教皇聖下。遠路はるばるお越し頂き、光栄の極みでございます」
ゼノンが、頭を低くした状態で出迎えの言葉を口にした。
それに対し、教皇聖下は右手の拳を胸に当て、目を閉じて告げる。
「貴国に女神の慈悲があらんことを。エターク王国の皇太子よ、出迎えに感謝する」
そして「楽にして欲しい」と続け、頭を上げる様に促した。
教皇の言葉を受けてゼノンと王族が顔を上げる。
「ありがとうございます。聖地巡礼の旅のご無事をお祈り致します。どうぞ今日は城で英気を養われて行って下さい」
「お言葉に甘えよう」
教皇は微笑んで頷き、国民が集まる観覧席の方へ体を反転させた。
ゆっくりとした動作で右手を掲げて見せる。
すると——会場一帯へ銀色に輝くマナの煌めきが舞った。
まるで雪の様に舞い落ちる輝きに、観客の歓声が勢いを増して響き渡る。
教皇はそんな群衆の様子を、温かい眼差しで見つめていた。
ルーカスの眼前にもマナがきらきらと舞っている。
これは彼が持つ神秘の力、教皇の奇跡として知られる〝浄化の光〟だろう。
あらゆる不浄と災厄を祓うと言われ、その奇跡を求めて教団へ縋る者も多い。
煌めきを目で追っていると、視線を感じた。
前方へ目線を戻すと一瞬、教皇と目が合って、すぐに逸らされる。
(見られていた……のか?)
教皇が持つ瞳の色は、特段珍しくもないよくある色だが——銀髪に青い瞳の組み合わせは、彼女を連想させた。
ルーカスはふと思う。
イリアが記憶を失わず健在であったなら、この場に並び立っていたことだろう、と。
教皇を守るように彼の両翼に分かれて並び立つ、体格も様々な女神の使徒達をルーカスは見つめた。
彼らの中に〝【太陽】のレーシュ〟——彼女を語る偽物がいる。
皆フードを被り、顔には白い仮面を装着しているため容姿は確認出来ない。
(……手の込んだ演出だな)
深読みすれば、彼女の不在を悟られないための演出とも取れて、ルーカスは心の中で毒づいた。
歓迎式典は順調に進行して行った。
教皇はゼノン以外の王族とも言葉を交わし、もうそろそろ退出の流れだ。
この後の教皇一行の行動予定は、城内で催される晩餐会に参加し、城へ一日滞在する事となっている。
翌日に王都を立ち、巡礼の目的地の一つ、グランベル公爵領ラツィエルにあるターコイズ神殿へ向かう予定だ。
その後は北上し、王都と港町ミトラの中間地点にあるアダマス神殿へと赴き、地図で見れば反時計回りを描くように、世界各地の神殿を巡るのだと聞いている。
式典の終わりを告げるように、再度歓声が沸き起こった。
「教皇聖下、ご案内致します」
教皇を先導するため、ゼノンが城へ向けて歩き出す。
それを受けてルーカスは壇上に控える特務部隊の面々に手で合図を送った。
団員達は無駄のない動きで集合して、ルーカスの後ろに着いた。
ルーカス達は城へ向かうゼノンの動きに合わせて歩を進めていく。
その後ろに教皇一行が続いて退場し、歓迎式典は喝采の中、無事に終わりを告げた。
式典会場で何か起こるのではないかと、身構えていたルーカスだったが、杞憂に終わり気が抜けてしまう。
女神の使徒を遣わせてまで、イリアを連れ去ろうとしたのは何だったのか。
(教団が何を考えているのかわからないな……)
ルーカスは後方の教皇をちらりと盗み見ると——ばちり、とまたしても青い瞳と視線が合った。
彼は目を細め笑って見せたが——視線を戻した直後、背筋に冷たいものが走る。
再度彼を見ると、殺気にも似た感情を乗せた鋭い眼差しを向けられていた。
氷を思わせる冷たい青がそこにある。
(教皇ノエル、どうやら彼は腹に一物抱えた人物のようだ)
このままでは終わらない。
そんな予感にルーカスはきゅっと唇を引き結ぶのだった。
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