第七話 聖地巡礼（ペレグリヌス）の始まり
聖歴二十五年 エメラルド月三十日。
その日、聖地巡礼へ向かう教皇聖下の率いる巡礼団がエターク王国首都、城郭都市オレオールへと到着した。
代替わりした教皇のお披露目を兼ねた祝賀行進は南東の門から、王城へ続く大通りをゆっくりと進む形で進行する。
最終的に王城前へ築かれた演壇で、王族を代表してゼノンが教皇を歓待し、城内へ案内する流れだ。
その壇上には教皇聖下一行の到着を待つ五名の王族——左手にレックス陛下、王妃ルビア、第二王子リオン、皇太子妃アザレア、右手に皇太子ゼノンが座していた。
左手の王族の両翼には、軍の儀礼服を纏った元帥レナートと、ラツィエル領主のユリエルも控えている。
今回の祭典における、特務部隊の役割は王城前で開かれる歓迎式典と、その後に催される晩餐会での警護、王族の護衛が主だ。
ルーカス達一班はリエゾンから帰還したアイシャを加えた計五名が任に当たり、演壇でそれぞれの配置に就いていた。
——イリア達はどうしているかと言うと、公爵邸で留守番だ。
祝賀行進は誰でも観覧可能だが、万が一を考えて外には出ないよう伝えた。
（イリアはとても残念がっていたが、仕方ない）
幸いにもと言えばいいのか、今日はリシアの誕生日であったらしく、屋敷では生誕祭が開かれる事になった。
今頃、四人で宴を楽しんでいる事だろう。
「いよいよ教皇聖下とご対面か。流石の君も、今日ばかりは緊張してるんじゃない？」
話題を振って来たのは、ゼノンだ。
ルーカスはこの式典に限ってだが、ゼノンの専属護衛を任され、彼の傍らに控えていた。
横目でゼノンを窺うと、柘榴石の瞳を水晶型の映像投影マナ機関が映し出す祝賀行進の様子に向けて、涼し気な表情を浮かべている。
「そうですね。教皇聖下の護衛には女神の使徒が就いていますし、先日の件もあります。……何事もなければ良いのですが」
公の場なので敬語で答える。
また「堅苦しい」と言われそうだが、責任のある立場に就いているからこそ、しっかりと公私を区別すべきだ。
「女神の使徒か。事前の情報では五名が同行するという話だったね」
「はい。それと、聖騎士長アイゼン殿もですね」
ルーカスは周囲への警戒を忘れずに、映像へ目を向ける。
教皇を一目見ようと押し寄せた大勢の観客と、規制線を敷く王国騎士の人垣の向こうに、複数の白馬が牽引する飾り立てられた儀礼用の馬車が見え——屋根のないキャビンに、絢爛豪華な宝飾を身に着け純白の祭服を纏った青年の姿があった。
（彼が教皇聖下、か）
遠距離から撮っている映像のため容姿までは窺えないが、民衆に手をかざす様子が見て取れた。
その馬車の周囲を白の聖外套とフードに身を包んだ五名の人物と、白銀の鎧を着た男が守り固め、後方は教団の神官や信徒らが列をなして行進している。
（白の聖外套が使徒達だな。確か——）
神秘名【正義】、使徒名「ラメド」
神秘名【魔術師】、使徒名「ベート」
神秘名【星】、使徒名「ツァディー」
神秘名【太陽】、使徒名「レーシュ」
神秘名【審判】、使徒名「シン」
この五名と聖騎士長アイゼンが同行すると、公式に発表があった。
聖騎士長アイゼン、彼は教団が保有する神聖騎士団を纏める元帥の地位にある男だ。
彼も使徒であると噂されている。
使徒とは女神の恩寵たる神秘を宿し、その身に証たる聖痕が刻まれた、女神の僕。
通称、女神の使徒。
彼らを従える教皇もその一人だ。
代々【法王】の神秘を授かった者が教皇の座を継いでおり、〝女神の代理人〟と言われる特別な存在である。
現時点で確認されている神秘の総数は二十。
それぞれ違った特性の力持ち、名が付けられており、使徒となった者はイリアや黒いローブの少女のように常人ならざる力を発現させた。
（現存する使徒は十四……十五だったか？）
その大半が教団に帰属している。
「護衛にしては過剰とも思える戦力だね。彼らがその気になれば、国の一つや二つ落とす事も難しくない」
「……殿下」
ゼノンの発言を咎めるようにルーカスは声のトーンを下げた。
教団に帰属する約半数が教皇の護衛として来ているのだから、そう考えてしまうのも無理からぬ事だが、縁起でもない事を口にするものではない。
「例えばの話だよ。教団のこれまでの献身を考えれば、そのような暴挙に出るとは思ってないさ。
けれど、用心するに越したことはないだろう？」
ゼノンが金髪の輝く頭を傾けて、同意を求めて来る。
教団に対して思うところがあるのはルーカスも同じだ。
ルーカスは返事をする代わりに瞼を伏せ、姿勢を正した。
『教皇聖下のご一行がポイントαへ到着しました。まもなくそちらへ壇上します』
リンクベルから進行状況を伝える通話が入る。
「もしもの時は頼むよ、ルーカス。私も務めを果たすとしよう」
ゼノンは口元に笑みを浮かべた後、毅然とした皇太子らしい表情を見せた。
それに倣ってルーカスも気持ちを引き締める。
現教皇聖下とはルーカスも面識がない。
一体どのような人物なのか——彼の訪れを静かに待った。
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