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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第三章 動き出す歯車

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第五話 秘めた感情

 刀で打ち合った(あと)、言葉を交わしたルーカスとレナートは、帰宅した女性陣を(むか)えるため訓練所から移動した。


 訓練所と邸宅を繋ぐ渡り廊下を通り、主階段が並ぶ玄関ホールへと足を運ぶ。


 観賞用の調度品が(かざ)られ広々とした玄関ホールには、街から帰宅した彼女たちを迎えるため使用人が集まっていた。


 見ればイリアを取り囲んで、わいわいと話に花を咲かせている。



随分(ずいぶん)(にぎ)やかだな」

「母上、おかえりなさい。みんなも」



 レナートとルーカスが声を掛けた。

 そうすれば声に気付いた女性陣の体がこちらに向けられた。


 イリアの姿は何故か彼女たちの背に隠されている。



「あら、ルーカス。出迎(でむか)えご苦労様。レナート様も戻られていたのですね」



 女性陣を代表してユリエルが答え、その横で「ただいま」とそれぞれの口調で告げる彼女たちの声が聞こえた。


 続けて、レナートの姿を見たシャノンとシェリルが「お父様おかえりなさい(ませ)!」と嬉しそうに口を(そろ)えた。


 ルーカスの横に並んだレナートが前へ出ると、それに合わせてユリエルも前へ進んで、二人は見つめ合う形で並び立つ。



「久しいな、ユリエル。変わりなさそうで安心したぞ」

「ええ、お久しぶりです。レナート様は少し()せましたね」



 ユリエルの右手がレナートの()せた頬に触れる。



「そうか? この前シェリルにも言われたな」

「もうそろそろ引退して領地に来られてはいかが?」

「そうだな……考えておこう」



 レナートの大きな左手が頬に触れるユリエルの手に(かさ)ねられた。

 (おだ)やかな笑みを浮かべ、視線を()わす二人はどことなく甘い雰囲気(ふんいき)(ただ)わせている。


 見ているこちらが気恥ずかしくなって、ルーカスは「こほん」と咳払(せきばら)いを一つ。

 すると、ぱっと(はじ)かれたように母がこちらへ顔を向け「忘れていたわ!」と声を上げた。


 何を忘れていたと言うのか。

 ルーカスは首を傾げた。


 ユリエルはレナートの手をすり抜けると、双子の姉妹とリシアが並ぶ列へと移動する。


 ——そう言えば、イリアの姿は彼女たちに隠されたままだ。



「ふふふ。ルーカス、よく見るのよ?」



 ユリエルが満面の笑みを浮かべて、彼女たちへ目配せをした。

 三人は楽しそうな表情で(うなず)くと立っていた場所から横に引き、隠れていたイリアが姿を見せる。


 そこには——純白のドレスを着たイリアがいた。

 彼女は恥ずかし気に頬を赤く染めて、勿忘草(わすれなぐさ)色の瞳で見つめて来る。


 ルーカスは目を奪われ、息を飲んだ。


 ドレスはビスチェタイプで光沢があり、胸元から二の腕にかけては刺繍(ししゅう)レースの布地で作られた、肩を露出するスタイルの半袖スリーブになっている。


 スカートの前は(ひざ)上までの長さだが、後ろはそれよりも長いフィッシュテールデザインだ。


 胸元に(かざ)られた白銀の首飾り(ネックレス)には、イリアの瞳と同じ青色の宝石が光り、銀の髪は三つ編みアレンジのアップスタイルでまとめられていた。


 元より端麗な顔立ちは化粧が施されて華やかに美しく、そして唇はいつもより血色を増して(つや)があり——衣装と容姿が調和した彼女の魅力は計り知れない。



(…………綺麗だ。

 この姿、まるで——)


「どうかしら? 最高に可愛いでしょう?」



 腕を組んで得意げに話すユリエルの言葉に、ルーカスはハッとした。



(——まるで……なんだ?)



 一瞬、とんでもないことを考えていた事に気付き、頬が熱くなる。



「ほら、ルーカス。感想は?」



 母がにやにやとこちらの反応を楽しんでいる。

 女性陣の期待に満ちた視線が集まって、ルーカスは後ずさった。


 母のこれは、ルーカスがこういった事を苦手としているのをわかっての仕打ちだ。

 愉快犯だ。



(罠だ。これは母上の罠だ……!)



 戦場では〝王国の(たけ)獅子(しし)〟と呼ばれ、歴戦の猛者(もさ)(たた)えられた父と打ち合った時よりも、難敵だとルーカスは思った。


 しかしその獅子(しし)は、かつてもこう語っている。


 「紳士として、騎士として、着飾った女性の服装は()めるべし!」と。


 父の教えが、(およ)び腰になるルーカスを(ふる)い立たせた。



(大丈夫、素直に思った事を言えばいい。

 たったそれだけだ——!)



 ルーカスは拳を握り締め、(つば)()んだ。

 期待の眼差しを一身に受けながら、唇を動かして——。



「その…………似合ってる」



 不意打ちの状況に気の利いた言葉を言えず、結局無難な答えになってしまった。


 ルーカスの返答にイリアは喜び、それはもう魅惑的な笑顔を見せてくれたが——。

 女性陣から盛大なため息を吐き出され、父には肩を叩かれて「まだまだだな」と笑われてしまった。


 ルーカスは熱くなった顔面を手で(おお)い隠し、心の中でうったえる。



(母上、無茶ぶりはやめてください……!)






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 

 その夜、グランベル家の晩餐(ばんさん)は家族が久しぶりに揃い、イリアとリシアも加わって(にぎ)やかな時間となった。


 食事を終えた後「一緒に散歩でもどうかしら?」と母に(さそ)われたルーカスは庭園へ(おもむ)き、双子月が照らすレンガの小道を、母と会話を()わしながら進んだ。


 久しぶりに会えたのだから、話題は尽きない。


 父や妹達の普段の様子を話したり、領地の状況を聞いたり——と、様々な事を話した。


 短くない時間が過ぎ、もうそろそろ戻ろうか、と思い始めていた頃。

 母は昼間の件を話題に出した。



「昼間は勘違いして悪かったわね。あの子達から色々聞いたわ」

「……悪いと思うなら、次は最後まで人の話を聞いてください」

「約束は出来ないけど、努力するわ」



 (ふく)み笑いを浮かべた母から何とも頼りない答えが返り、ルーカスは目頭を押さえてため息をついた。


 母の突飛な行動は昔からだが、慣れる事はない。

 きっとまた振り回される事になるのだろう、と考えると、頭とついでに胃が痛くなった。


 おもむろにユリエルの手が伸び、ルーカスの頭へ乗せられる。


 そうして、何を思ったのか。

 突然頭を()で始めたユリエルに、ルーカスは戸惑いを(きん)()なかった。



「母上、何してるんですか」

「うん? 我が子を()でているだけよ? いい子いい子~」

「……やめてください。もう幼子(おさなご)じゃないんですから」

「あら。貴方はいくつになっても私の子どもよ?」

「そう言う問題ではなく……」



 優しい手つき、(いつく)しみを()びた(あか)い瞳がこちらを見ている。

 きっと母なりにこちらを気遣っての行動なのだろう。


 普段の行動には驚かされてばかりだが、母が寄せてくれる愛情は本物だ。


 「母上には(かな)わないな」とルーカスは抵抗する事を諦め、しばしの間、されるがままに頭を()でられる事にした。


 ——そうして幾分かの時間が過ぎて、ユリエルの手が離される。


 ルーカスはやっと解放された事に安堵しつつ、ふとユリエルを見た。

 すると、いつになく真剣な表情を浮かべる母の顔があった。



「ねえ、ルーカス」



 自分と同じ(くれない)の瞳を向けて、落ち着きのある高い声が名を呼んだ。



「まだ……カレンちゃんの事、忘れられないの?」



 「カレン」と、(つむ)がれた音にルーカスは目を見開いた。

 その名は——かつてルーカスの婚約者だった従兄妹(いとこ)の名だ。


 ルーカスは彼女の事を思い出して胸に痛みが走った。


 心臓が(わし)掴みにされる様な感覚があり、己の胸に手を当てれば、鼓動が早鐘(はやがね)を打っている。


 あの悪夢のような情景(じょうけい)脳裏(のうり)に浮かんだ。

 乗り越えたと思っていたはずの過去が、感情が、顔を(のぞ)かせる。



(思い出すのは——やはり辛い)



 (ちまた)では〝救国の英雄〟だなんて言われるきっかけになったが、それも幻想だ。



「……忘れろと……言う方が、無理でしょう。何故……今そんな話を?」

「貴方がイリアさんに対して、無意識に感情を(おさ)え込んでいる気がしたからよ。……あれからもう六年経つわ」



 母が何を言わんとしているのかは、なんとなく(さっ)しがつく。

 けれど、そう単純な話ではない。


 湧き上がる様々な感情に、ルーカスは顔を(ゆが)めた。



「やめましょう母上、この話は」



 これ以上この話題を続けたくなくて、ルーカスは首を横に振って(うった)える。



臆病者(おくびょうもの)だと笑われてもいい。

 ……この胸の痛みから、(のが)れられるのなら)



 しかし、母はそれを許してはくれなかった。



「ルーカス、大切なものは失ってから気付いても遅いのよ」



 母の言葉が胸に突き刺さる。


 正論だ。

 返す言葉もない。


 ルーカスもそれはわかっていた。

 いつかは向き合わなければならない事も。


 けれど——。



「……先に戻ります」



 ルーカスは逃げた。


 顔を(そむ)けて母の視線から逃れ、(きびす)を返して足早にその場立ち去る。






 過去と向き合う勇気が——なかった。

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