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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第三章 動き出す歯車

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第四話 試合の決着

 久方ぶりの父との打ち合いをルーカスは楽しんでいた。


 刀を振り、(やいば)を合わせ、(しのぎ)でいなし、また(やいば)を合わせる——打ち合いに汗と火花が飛び、黒髪を揺らして、そんな攻防が長らく続いた。


 ルーカスの剣術の師匠は父だ。

 幼き頃から師事(しじ)し、厳しく鍛えられた来た。


 成人して軍人となってからは戦場を駆け、経験を重ねて腕を磨いて来たつもりだが、それでも父を圧倒するには(いた)らず、年齢を重ねても(おとろ)えない腕前にルーカスは舌を巻いた。



(けれど——負けるつもりはない!)



 ルーカスは()を握り込み、正面に刀を構えると、上段に振り上げ渾身(こんしん)の力を込めて振り下ろす。


 レナートが水平に構えた刀の(やいば)で受けると「ガキン!」と()の合わさる音がして、一際(ひときわ)大きい火花が散った。


 レナートは両足で踏ん張っており「ギギギ……」と金属の(こす)れる(にぶ)い音が聞こえる。

 ルーカスは負けじと踏む込むと、ありったけの力を込めて()を押し続けた。


 すると——レナートの足がほんの一瞬よろめく。

 ルーカスはその(すき)(のが)さなかった。


 訪れたチャンスをモノにするため、力を(ゆる)めず合わせた(やいば)で押して、押し込んで——。


 そうすれば耐えきれず、力に押し切られたレナートの体勢が崩れて刀が離れ、体は後ろへと後退していった。


 ルーカスは(しょう)じた(すき)を立て直す間は与えず、素早くレナートの眼前に刀を突き付け(にら)みを利かせた。


 戦場であれば命はない構図、王手だ。



「降参だ」



 白旗の代わりにレナートが両手を上げた。

 試合が決着した瞬間だ。


 観戦していた騎士達から「わああ」と歓声(かんせい)が上がった。



「腕を上げたな、ルーカス」



 レナートが肩を(すく)めた。

 ルーカスはその様子を視界に捉えながら刀を引き、鞘へと納める。



「父上こそ。その腕前は(おとろ)え知らずですね」

「はは。最近は頭の(かた)い大臣らの相手と、書類仕事ばかりで(なま)ってしまったがな」



 自嘲(じちょう)したレナートが投げ捨てた鞘を拾って、刀を納めながら「たまには鍛錬(たんれん)しないとな」と語った。






 試合を終えた二人は屋根のある通路で、壁に背を預けた。


 レナートは気を利かせた騎士の用意したタオルを手に持っており、ルーカスも同じものを手渡され、首にかけた状態で(ひたい)と頬の汗を(ぬぐ)う。


 訓練所では二人の試合に感化された騎士が、鍛錬(たんれん)に力を入れる姿が見られた。



「父上、先の一件について教団から何か釈明(しゃくめい)はありましたか?」



 先の一件とは、黒いローブの少女がイリアを連れ去るため襲撃して来た件だ。



「いや。知らぬ(ぞん)ぜぬの一点張りだ。こちらとしても彼女の事を(おおやけ)にはしていないからな。これ以上の追及はできんよ」

「……そうですか」

「ディーンから報告はあったか?」



 ルーカスは首を横に振った。

 教団の内情を探るため、神聖国へ潜入しているディーンからの情報はまだない。


 教団を(よう)する神聖国は、慈善事業、紛争の調停、魔獣討伐隊の派遣などの活動を、世界を(また)にかけ積極的に(おこな)っている。


 それらは全て慈悲深い女神の意思であり、女神の代理人・国主でもある教皇により行動が(しめ)され、体現される。


 各国にも協力的で、教義に(じゅん)じて慈善活動を執り行う素晴らしき国。

 と、これが世間一般に知られるアルカディア神聖国だ。

 

 しかし実態は——。


 女神の意思など存在しないに(ひと)しく、閉鎖的で秘密主義の国であると、ルーカスはかつてルキウス聖下に聞かされていた。


 政治を回すのは教皇と十人の枢機卿(すうききょう)からなる枢機卿団(カーディナル)で、内部は陰謀(いんぼう)渦巻く魔窟(まくつ)であり、利権争いに抗争(こうそう)()えず、清廉潔白(せいれんけっぱく)とは程遠いと言う。



(——どこにでもある話だ)



 だが教団は取り(つくろ)うのが上手い。


 完璧な情報統制がされており、内情を探るのは容易(ようい)な事ではなかった。


 

「アディシェス帝国の方はどうですか?」



 ルーカスの問い掛けに、レナートは遠くを見つめた。



「静かなものだよ。不気味なくらいにな。戦争好きで、女神を否定し独自の宗教を(おこ)して信仰するあの国が、聖地巡礼(ペレグリヌス)()ける世界会議へも参加し、協力的な姿勢を見せている」

「何を考えているかわからないと言う点では、アルカディア教団もアディシェス帝国も変わりませんね」

(まった)くだな」


 レナートの視線を追って、ルーカスも空を見つめると、いつの間にか陽が沈み始めていた。


 (あかね)色が空を染め上げて行く中、玄関ホールの方が(さわ)がしくなり、(にぎ)やかなソプラノの笑い声が聞こえて来る。


 女性陣の作り出す音色だ。



「む、どうやら戻ったみたいだな」

「そのようですね」



 街へ繰り出した彼女たちの帰宅を察知(さっち)して、ルーカスとレナートは出迎えのため玄関ホールへと向かった。

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