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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第二章 忍び寄る闇と誓い

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番外編 レッツクッキング! 戦乙女の奮闘! ≪前編≫

 時間軸は第十七話。

 差し入れの準備をするイリアたちの姿です。

 かなりコミカルな仕上がりとなっています。

 普段とはちょっぴり違った作風をお楽しみ下さい。

 その日、公爵邸のキッチンは四人のエプロン(武装)をした戦乙女(ヴァルキリー)達に占拠された。


 交渉という極めて平和的な手法によって。



「よし! それじゃ始めるわよ!」



 名付けて——。

 「胃袋を掴め! 愛と癒しの差し入れ大作戦!」


 キッチン(戦場)に降り立つ戦乙女(ヴァルキリー)

 皆、エプロン(武装)をして髪はきっちり纏めあげ、手洗いも完ぺき。


 戦闘準備は万端だ。


 本日のメニューは赤ワインでじっくり煮込んだ子牛のシチュー。

 シャノンは調理に携わる戦乙女(ヴァルキリー)の名を呼んだ。


 ——桃色の戦乙女(ヴァルキリー)・妹!



「シェリル!」

「では、下ごしらえからして行きましょう」



 シェリルはキッチン横の食材貯蔵庫へ材料を取りに向かい、的確に必要な材料を持ち運んできた。


 ——茶髪ボブの戦乙女(ヴァルキリー)



「リシア!」

「はい! 皮むきは任せて下さい!」



 リシアはシェリルが持ってきた食材を手にすると、ナイフを持って慣れた手つきで皮を排除していった。

 きっと普段から炊事をしているのだろう、華麗な手さばきだ。


 ——可憐な銀の戦乙女(ヴァルキリー)



「イリアさん!」

「とにかく頑張ります!」



 両手をぐっと握り込み、イリアは意気込んでいた。

 彼女にはリシア同様皮むきを頼んだ。


 それぞれが分担で作業し、テキパキと準備が進んでいく。


 ——はずだったのだが。


 シャノンはイリアだけ様子がおかしい事に気付いた。


 何がおかしいかって?

 彼女が皮むきを施した野菜たちの姿だ。


 ……原型が、ほとんどない。


 人参?と思われるオレンジ色の物体は鉛筆の様になっているし、玉ねぎは芯しか残っていない。

 そしてじゃがいもはと言うと。



「えっと、イリアさん、これは?」

「じゃがいもです!」



 揚々とイリアは答えた。

 彼女がじゃがいもと称するそれは、ちまっとした豆粒ほどの大きさに様変わりしている。


 普通は表面の薄皮だけ数ミリ、ナイフで切り落とすのだが。

 シャノンは皮をちらりと盗み見る。

 案の定皮の方に分厚い身がついていた。



「……もう少し薄く皮を切り落とせない?」

「薄く……」



 そう指示するとイリアは頷き、手早くナイフでじゃがいもをスライス!


 秒速! 見事な剣捌き!


 ——じゃがいもは皮がついたままぺらっぺらに薄切りにされていた。



(これは——)


「油で揚げたら美味しそうね。——ってそうじゃない! ほら、リシアがやってるみたいにするの」



 一人でノリ突っ込みをしてしまったシャノンが、リシアを指さして見せた。


 リシアは巧みにナイフを扱い、可能な限り皮を薄めに削ぎ落とし、身をしっかりと残してある。

 とても綺麗な仕上がりだ。


 リシアのナイフ捌きをまじまじと観察したイリアが「なるほど……」と何度も首を縦に振っていた。


 そして挑んだラウンドスリー。


 イリアは慎重にぷるぷるとぎこちない手つきで、じゃがいもの皮にナイフの刃を入れ——「ざくり」。

 力を入れ過ぎて刃が(すべ)り、勢い余ってじゃがいもを持つ手を切った。


 

 思い切り切ったらしく、ぷしゅーと音を立てそうな勢いで血が溢れている。

 流れる液体にじゃがいも赤色へ染まっていく——。



「ひ……!?」

 


 シャノンは血の気が引き、思わず悲鳴を上げそうになった。



「リ、リシア! 治癒術!」



 シャノンの声を聞きつけ、茶髪ボブの戦乙女(ヴァルキリー)リシアが走る。


 素早く皮むき(戦闘)で負傷したイリアの手に『|慈愛の光よ、傷つきし者を癒し給え《痛いの痛いの飛んでいけ~》』と治癒術をかけた。


 ざっくりと切れた傷跡は綺麗に消え去り、血も止まる。



「気を付けて下さいね」

「ありがとう」



 にこっと微笑むリシアの活躍で事なきを得る。

 良かった、とシャノンは胸を撫でおろした。


 あんなおっかなびっくりな手つきで、また怪我をされたも困る。

 仕方なくイリアには別の事を任せる事にした。



「それじゃあ、オムレツを作ってみましょ」



 次に挑戦するのは焼き物。

 卵料理の定番オムレツだ。



「黄色のふわとろのやつですね!」

「そうよ。ふわとろにするにはいくつかコツがあって、一番は火加減ね。強すぎてもダメだし、弱すぎてもダメ。卵の状態に合わせて調節するのよ。後は入れるタイミングと手際、焼き加減の見極めだけど——まあでも、最初からあれこれ言っても上手くは出来ないだろうから、とりあえず焦がさないように焼ければ上出来よ」

「はい!」



 とにかく形を整えそれらしく見えればいい。

 これなら早々失敗する事もないだろうとシャノンは考えた。


 まずは手本を見せる。


 卵を割って溶き、塩と胡椒(こしょう)を少々、隠し味にミルクをほんの少し入れて混ぜる。

 フライパンを良く熱し、熱し切ったところで濡れた布の上に置いて一瞬冷ます。


 その後もう一度火にかけ、溶き卵を投下。


 手早く空気を含ませるように混ぜて固めて行き、火加減を調節しながら焼いて、焼き過ぎないうちに火を止め——お皿に盛りつける時には綺麗に形を整え完成。


 と、一通りの工程を実演しながら説明してみせた。



「これなら私にも出来そうです!」

「オーケー。実践あるのみよ!」



 イリアはシャノンが見せたとおりに、まずは卵液の準備に掛かる。

 割卵(かつらん)して、調味料を入れて混ぜ。


 ここまでは大丈夫。

 失敗のしようがない。


 そしてフライパンを熱して冷まして、もう一度火にかけ溶き卵を投入。


 中々いい感じだ。

 と、横でシャノンは見守っていた。



「お姉様、こっちは終わりました。(わたくし)はデザートの準備に入りますね」

「了解よ」



 シェリルに声をかけられシャノンは一瞬目を離した。


 ——その一瞬の油断が悲劇を生む。


 突如「ぶわっ」と音がしたかと思えば、焦げた臭いが(ただよ)って来た。

 シャノンが慌ててイリアを見ると——なんと、最大火力でフライパンを(あぶ)っていた。



「ちょ!? ストーップ!!」



 フライパンが燃えている。

 卵は発火しており、急いで火が止められるが——。


 ……うん。

 卵は炭化していた。



「なんで最大火力で炙ってるの!?」

「早く焼けた方がいいかなって……」

「いやいや! さっきやって見せたでしょう!?」

「でも……」

「でもじゃなーい! 適切な火加減があるのよ!」



 その後もデザートを準備するシェリルの手伝いに入ったのだが——案の定というか。


 クッキーを焼けば何故か真っ黒焦げにし。

 綺麗に焼けたかと思えば砂糖と塩を間違えしょっぱいクッキーが。

 泣きの一回では砂糖を入れ過ぎて激甘なクッキーが出来上がった。



「なんでこんなに上手く行かないの……?」



 さすがのイリアも失敗の連続に落ち込んでいた。


 彼女は料理に関しては何をやらせてもてんで駄目。

 行動が裏目にしか出ていない。

 涙目のイリアの背中をシャノンとシェリルは怒ることなく優しく()でた。


 シャノンは思った。

 イリアは料理のセンスがない。

 壊滅的な料理音痴だと。


 あまりにも振り切れた腕前に、怒りを取り越して(あわ)れみしかない。


 ——ポンコツ過ぎるぞ、銀の戦乙女(ヴァルキリー)

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