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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第二章 忍び寄る闇と誓い

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『幕間 不穏の影③』

 聖歴二十五(にじゅうご)年 エメラルド月二十一(にじゅういち)日。


 アルカディア神聖国(しんせいこく)聖都(せいと)フェレティ。

 〝ディラ・フェイユ教皇庁(きょうこうちょう)〟敷地内・オーラム神殿。


 ここは静謐(せいひつ)なる神殿の祈りの間。

 

 高い天井に白い壁、部屋は円状の造りとなっており、背の高いステンドグラスの窓が立ち並んでいる。

 円形の天窓からは陽の光が入る設計となっていた。

 

 僕は日課の祈りを捧げるため、部屋の中央にへ足を運ぶと、入口正面・部屋の最奥にある女神を(まつ)った祭壇を見据(みす)えて両膝を折り、(まぶた)を閉じて、手を組んだ。

 

 好き好んでこうしているのではない。

 女神への祈りは僕の役割なのだ。

 けれど存外、祈りの時間は嫌いじゃなかった。


 ——何故かって?


 ……この場所は静かだから。

 (わずら)わしい雑音も、思惑もここには届かない。


 僕にとっては心穏やかでいられる数少ない場所、時間だった。


 祈りを捧げていると「ギイイ……」と扉の開く音が聞えて来た。


 この場所に入れる人間は限られている。

 誰だろうか——と、思いながら(まぶた)を持ち上げた。



「ごめんなさい。失敗しちゃった」



 鈴を鳴らしたような高い声——。


 祈りの間に訪れた人物の第一声はそれだった。

 彼女の示唆(しさ)する事を理解して、ため息を吐く。



「大丈夫と豪語(ごうご)したのは誰だったかな」

「う……本当に自信があったんですよ。予想外がなければ」



 祈りの態勢を維持しながら、振り返らずに少女の言葉に耳を(かたむ)けた。



「宝石が力を取り戻すなんて。

 それによりによって〝破壊(はかい)騎士(きし)〟が彼女と出会うとは思わないじゃない?」



 〝破壊の騎士〟

 その単語を耳にして、眉がピクリと動く感覚があった。



「あ、嫉妬(しっと)しました? まあ、自分以外の男が彼女に近寄るのは嫌ですよね?」



 楽しそうな鈴の音が響く。


 宝石は僕にとって宝石だ。


 そんな俗物(ぞくぶつ)な考えなど持ち合わせていないが——僕の大切な物が、誰かの手の内にあると言うのは確かにいい気分ではない。


 だが、それと少女の失敗は別の話。



「良く回る口だね」



 言い訳など聞きたくない。


 怒りは声色(こわいろ)にも表れ、普段より幾分(いくぶん)か低い声が出ていた。



「そんなに怒るとハゲますよ? ほら、いつものスマイルです♪」



 しかし、こちらの怒りなど物ともせず、少女はルンルンと、いまにも踊り出しそうなテンションだ。


 彼女はいつもこうだ。


 前向きと言えばいいのか、恐れ知らずと言うか。

 明るく馬鹿みたいに振舞う。



「……はあ、君と話すと疲れる」



 怒っても(こた)えないのだから、怒る気も失せると言うものだ。


 僕は折った(ひざ)を伸ばし立ち上がり、そこでようやく、祈りの間へやって来た少女へと視線を向けた。


 彼女は人差し指を両頬に添えて、えくぼを作り笑っている。

 明るいこの場所ではその容姿がよく見て取れた。


 髪色は鮮やかな赤紫(クロッカス)の色。

 三つ編みで()い留められたおだんごが、左右の高い位置に作られ、残り髪が背中まで垂れている。


 ワンポイントとして側頭部に添えられた、三日月形の金の髪飾りが光に反射して(まぶ)しかった。


 えくぼの作られた顔は幼さが見え隠れする造形をしており、ぷっくりとした(つや)のある唇は薄紅(うすべに)に色付き、(うる)んだ鮮やかな桃色(ロードクロサイト)の瞳が僕を見ている。


 彼女は僕と視線が合うと、可愛らしいフリルのついた、けれど肩や胸元は露出(ろしゅつ)して大人びたゴシック調のドレスの後ろへ手を回し、顔を下に(かたむ)けて上目(づか)いで見つめて来た。


 眉尻(まゆじり)を下げて、ほんの少し申し訳なさそうな表情を浮かべている。



「これでも反省してるんですよ?」

「……どうだかね」



 少女の飄々(ひょうひょう)とした態度は感情が読み辛く、本心か演技なのか、わからない事が多々ある。


 今だって、声を楽し気に(はず)ませてるくせに、本当に反省しているのか怪しいものだ。



「でも、あのおっかない騎士様が守ってるんですから、()()も早々手出しできませんよ。あ、そもそも宝石が消えた事にも気付いてないか」



 問題としているのはそこじゃない。


 重要なのは〝彼女〟が僕の手の届かない場所に()るという事。


 それくらい考えればわかるだろうに、わざと気付かない振りをしているのか、安易な言動に感情が逆撫でられた。



「君の頭はお花畑か? 中に何が詰まっているのか一度(のぞ)いてみたいものだよ」

「冷たいなぁ。嫌いじゃないですけどね、貴方のそう言うところ」



 少女は花が飛んだ様に「うふふ」と可憐(かれん)に笑って、さらりと(うそぶ)いた。


 可愛らしさを武器に人を篭絡(ろうらく)しようとしているのだろうが——。



「僕は嫌いだよ、君のそう言うところ」

「もう、照れなくていいんですよ?」



 少女は()びるように「きゅるん」と擬音がつきそうな、愛らしい顔をして()せたが、僕の心は動かない。


 この手の色仕掛けは、見飽きている。



(……やめよう。

 言い返しても不毛な言い争いが続くだけだ)



 続く言葉を飲み込んで、代わりにため息を吐き出した。



「それで、どうするんですか?」



 そんな事、決まっている。


 僕は、問いかける少女が(たたず)む入口の扉へ向かって歩いた。

 すれ違い(ざま)に告げる。



「迎えに行くよ。丁度よく用事もあるしね」



 ——その時はもうすぐだ。


 相変わらず(くさび)に繋がれてはいるが、その()()()(じき)に意味を()さなくなる。



(僕を従順な(こま)と考えている〝奴ら〟が、驚愕(きょうがく)と恐怖に顔を(ゆが)ませる時が楽しみだ)



 くくっと口角が持ち上がった。


 少女を追い抜いて扉の持ち手部分に手を掛けると、その背後から「ふふ」と鈴の音が響いた。



「とっても素敵な表情(かお)ですね。教皇聖下(きょうこうせいか)



 視線を向けると、僕をそう呼んだ少女は頬を染め艶笑(えんしょう)していた。


 幼い容姿に似合わず、(なま)めかしい色香を放つ少女は僕の手足の一つ。

 神秘(アルカナ)を宿す女神の(しもべ)女神の使徒(アポストロス)


 そして僕は象徴(しょうちょう)

 万人を愛し、愛される女神の——その代理人。


 アルカディア神聖国の国主、そしてアルカディア教団を取り(まと)める頂点の座。


 教皇ノエル・ルクス・アルカディア。


 それが僕に与えられた、役割と名前だ。






 第一部 第二章

 「忍び寄る闇と誓い」

 終幕。

 次章

 第一部 第三章

 「動き出す歯車」


 聖地巡礼が始まり、ルーカスはある人物と対面する。

 そして知らされる真実とは——?

 物語の歯車が、少しずつ回り出す。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



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