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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第二章 忍び寄る闇と誓い

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第二十五話 月下に憂う

 ——星光の街路(ステラストリート)一帯で、集団昏倒事件が発生。


 その(しら)せが入ったのは、会議も佳境に入った時の事だった。

 軍議の間へもたらされた一報に、場は騒然(そうぜん)とした。



「ふむ……詳細は?」



 上座に着席した陛下が眉根を寄せ、(しら)せに飛び込んだ騎士へ訪ねた。

 騎士は礼を取って頭を下げ、答える。



「申し訳ございません。広範囲に及んでおり、未だ掴み切れておりません」

「警備の騎士は? どうなっている」

「該当区域の者とは連絡が取れず……何らかの妨害工作が為されていると思われます」



 陛下は「とんとん」と指を机に打ち付ける動作を繰り返し、考え込んで片肘を付いていた。


 師団長たちはざわつき「対応は……」「まさか帝国の間者が……」など、憶測を飛び交わせている。


 この王都でこのような事件が起こるとは前代未聞だ。


 何より——。

 ルーカスは商店街(マーケット)を見て回ると行った四人の安否が気になった。



(彼女達が心配だ。まさかとは思うが、巻き込まれてはいないだろうか……)



 妙な胸騒ぎがした。



「何故そのような大事な事を報告しなかった!?」

「も、申し訳ございません!」



 一瞬、思考に(ふけ)っている間に何かあったようだ。


 父が、足を運んだ師団長の男性に怒声を上げていた。

 ひたすらに頭を下げ謝罪を述べる師団長と、盛大なため息をつき椅子に深く背をもたれる父の姿がある。



「何かあったのですか?」

「ああ……。どうも昨晩、星光の街路(ステラストリート)付近で不審者の目撃情報があったらしい。だが、見間違いだと思って報告をあげなかったそうだ」



 ルーカスの問い掛けに、レナートは静かな怒りを含ませた低い声で答えた。


 軍では常々情報を第一としている。

 それがどんな些細(ささい)な事であれ、だ。


 報告を(おこた)った彼の職務怠慢(しょくむたいまん)である。

 後程、厳しい懲罰(ちょうばつ)が下る事だろう。


 だが、まず優先されるべきは現状の把握と解決だ。



「陛下、閣下(かっか)。私が団員を連れて現場へ先行します。どうか許可を」



 ルーカスは起立し、陛下とレナートに許しを求めた。

 こういった事案は特務部隊の得意とする分野である。


 それに——もしかしたらと言う懸念(けねん)もあった。


 一拍、(おもんばか)ったのち「許可しよう」と、陛下から許しが出る。

 父も首を縦に振り同意を示した。



「ありがとうございます。では早急に事に当たります」



 ルーカスは一礼を返し、「失礼します」と告げて足早に軍議の間を出た。



(何事もなければいいんだが……)



 嫌な予感程、当たるものだ。

 ざわつく胸を押さえ、彼女らの無事を願いながらルーカスは任務へ出た。






 ——そして現在。


 該当区域に入り、人々が倒れている有様を目にしたところで、遠くから僅かに響いた雷鳴を聞き駆け付けた先、黒いローブの小柄な人物と対峙(たいじ)する彼女の姿を見つけ——ルーカス達は屋根の上の黒いローブの少女へ四方から武器を突き付けた。


 ルーカスは少女の正面で刀を向けながら、顔を後方へ(かたむ)け、少女と対峙(たいじ)していた彼女へ視線を向ける。


 (なび)く銀の髪に勿忘草(わすれなぐさ)色の瞳——。

 右手に銀の剣を構えたイリアの姿があった。


 その背後にはシャノンとシェリル、それにリシアが座り込んでおり、周囲には戦闘の跡が(うかが)える。


 そしてリシアが淡い新緑の光を放ちながら、双子の姉妹に治癒術をかけているところを見るに、負傷したのだろう。


 ざわりと感情が(うごめ)く。

 「冷静になれ」と、ルーカスは己の内に生まれた、猛然(もうぜん)たる感情を(おさ)え込んだ。



騎士(ナイト)のお出ましってわけね」



 小鈴を鳴らしたような少女らしき声がして、声の主へ向けた刀の()を握る力を強めた。



「動くなよ。一歩でも動けば——斬り捨てる」



 ルーカスは目を細め、黒いローブの少女を射抜いた。

 刀の刃に光が反射して、(まぶ)しく耀(かがや)く。


 目前に(とら)えた少女は、全身をすっぽりと(おお)い隠す黒のローブを羽織り、背格好は小柄で細身。


 フードから見える肌は白く、(つや)があって色付いた唇に、(つゆ)のこぼれ落ちそうな大きな鮮やかな桃色(ロードクロサイト)の瞳、顔のパーツのバランスからどことなく幼さを感じさせる容姿の少女だった。


 年は、見た感じでは双子の妹たちと同じかそれよりも幼く見える。



「何者だ?」

「さあ? ご想像にお任せするわ」

「……目的はなんだ」

「ふふ。何でしょうね?」



 ころころと少女が笑った。

 四人に刃を向けられた状況で、(おく)する事もない。


 相当肝が据わっている。



随分(ずいぶん)と余裕だな。……まあいい。調べれば(おの)ずとわかる事だ」



 もしこの少女が彼女を狙って来た者だとすれば、その正体には心当たりがある。

 であれば、騒動の原因は十中八九この少女だろう。



(妹達に怪我を負わせたのも、恐らくは……)



 ルーカスは内に湧き上がる怒りをほんの僅かに(にじ)ませ言い放つ。



「覚悟しておけ」



 少女の桃色の瞳が大きく見開かれる。

 (つや)のある唇の口角がにいっと持ち上がり。



「あは、あははは! その殺気、ゾクゾクしちゃう」



 少女は頬を染め、恍惚(こうこつ)の表情を浮かべて笑った。


 殺気を向けられて喜ぶなど、(まった)(もっ)て理解できない。

 被虐(ひぎゃく)趣味でもあるのだろうか。


 ルーカスは嫌悪感を隠せず眉を(ひそ)めた。

 左方向から剣を向けるハーシェルも「うわぁ……」と顔を引きつらせているし、他の団員も顔を(しか)めている。



「——でも、ごめんね?」



 ルーカス達を嘲笑(あざわら)うかのように、少女がパチンと指を鳴らした。

 そうすればその姿は一瞬のうちに暗霧へ包まれ霧散する。



「んなっ!?」

「消えた……?」

「団長!」



 剣を突き付けた相手が忽然(こつぜん)と霧の中に消え、ハーシェル、アーネスト、ロベルトが狼狽(うろた)えるが、ルーカスは冷静だった。



(常識では(はか)れない力。

 やはり少女は……そうであるのだろう)



 心当たりが確信に変わる。



「遊んであげてもいいんだけど、今日はここまでね。また会いましょ♪」



 どこからか鈴の様な少女の楽しそうな声が響いた。

 まるで新しいおもちゃを与えられて喜ぶ幼子のように——無邪気で不気味な声だった。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 その日の夜半——。


 ルーカスは自室の、庭園が一望できるテラスで夜風に当たっていた。

 普段は邪魔になるからと、後ろで(まと)めた髪もいまは解いているため、長い黒髪を風が揺らす。


 欄干(らんかん)に腰を()え、腕を組んで双子月を(なが)めれば今夜は満月で、月明かりが(まぶ)しかった。


 白昼の出来事に思いを()せる。


 騒動の原因はやはりあの少女だった。

 精神に干渉する大規模魔術を使い、王都の一角を混乱せしめた少女の狙いは——イリア。


 彼女を連れ去ろうとしていたそうだ。


 シャノンとシェリルは幻影を操る少女に応戦し、窮地(きゅうち)(おちい)った時——イリアは自身に眠る力、戦う術を思い出したそうだ。


 だが、過去の記憶については依然と思い出せない様子だった。


 今回の事件のあらましを知るのはごく一部だ。

 (おおやけ)には〝謎の襲撃者による王都混乱を狙った事件〟とされ、首謀者は捜査中という事になっている。



(しかし、こうも大胆に動いて来るとは……。

 ますますあちらの事情が理解できないな。

 一体どんな思惑が動いているのやら)



 潜入捜査を任せたディーンからの確たる報告はまだない。


 たまに来る報告は、やれここの店のこの料理が美味いだの、どこそこの観光地の銅像が不格好で傑作(けっさく)だの——どうでもいい感想ばかりだ。


 それでも陰では真面目に職務はこなしている事だろうと、ルーカスは夜空を見上げて思った。


 不意に「コンコン」とノック音が響く。


 意識を音が鳴った方へ向けると、扉の開く音が続いた。

 顔を(のぞ)かせたのは桃髪の姉妹立だった。


 慣れた様子で部屋に入り、二人はテラスに(たたず)むこちらの姿を見つける。

 と、静かな足取りで歩を進め、テラスへと辿り着いた。



「お兄様、こんばんは。お邪魔でしたか?」

「いや。こんな時間にどうしたんだ?」



 昼間あんな事があったせいだろうか。

 二人の表情は硬く、緊張した様子で、シャノンに至っては顔を伏せている。

 (よそお)いも軍服のままだった。



「イリアさんのことよ」



 (うつむ)いていたシャノンが(つぶや)く。



「ねえ、お兄様。私、知ってる。ううん、聞いただけだけどわかるわ。あの力は……!」

「それにあの少女の力も。お兄様、彼女たちは……」



 顔を上げたシャノンがまくし立て、シェリルが続く。


 その鮮やかな(あか)の瞳には、揺るぎない光を宿していた。

 彼女たちが振るった力、常識を超えた()()に思い当たる節があったのだろう。


 あの力を間近に見たのだ。

 気付いても可笑(おか)しくはない。



(……やはり話すべきか)



 昨日も同じくことを考え思い留まったばかりだが、二人がイリアの護衛である限りいつかは知る事だ。


 また、彼女が戦う術を思い出した今となっては、事情を知っていた方が動き易いだろう。



「ああ、そうだな。二人は知っておくべきだ」



 ルーカスは双子月を見上げた。


 月下を照らす月明かり、蒼白く輝くは蒼月(セレネ)、紅に輝くは紅月(メーネ)

 この星はかつて創造の女神が創ったと言われている。


 世界樹にマナ。

 当たり前のように世界に存在する神秘(しんぴ)の力——。

 それらはすべて、世界とそこに生きる人々を慈しんだ女神が(のこ)した愛、恩寵(おんちょう)だ。


 ならば、闇夜に輝くあの二つの月もきっと。


 ——女神。そう、女神だ。


 彼女たちが持つあの力は、女神が世界に贈った恩寵(おんちょう)たる神秘の一つ。


 ルーカスは重い唇を動かして、答えを待つシャノンとシェリルに告げる。



女神の使徒(アポストロス)



 一陣の風が吹く。

 木々を揺らしてさざめかせ、髪を(さら)って(なび)かせる。



「彼女たちはそう呼ばれる存在だ」



 〝女神の使徒(アポストロス)

 女神の恩寵(おんちょう)たる神秘(アルカナ)を宿し、その身に証である聖痕(せいこん)を持ち、女神の(しもべ)として使命を()びる者。


 強大な神秘(アルカナ)と言う力を持った使徒達の多くが帰属するのは——世界樹を(よう)し、世界の中心に()するアルカディア神聖国、アルカディア教団。


 渦巻く陰謀は——そこにある。


 教団への疑問が募る中、教皇聖下が()(おこな)う五年に一度の聖地巡礼(ペレグリヌス)、その開催の時は刻一刻と迫っていた。

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