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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第二章 忍び寄る闇と誓い

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第二十四話 雷鳴を轟かせる旋律

 イリアは(うた)う。

 〝歌〟こそが、自分の力である事を思い出して、守るべきものを護り、立ち塞がる敵を撃ち(はら)うために。



『そして神なる稲妻(いなずま)が裁きを下すだろう』



 ドラゴンのブレスを防ぐ障壁を維持しながら、先の歌の続きを(つむ)いでいく。

 イリアの(まと)うマナが紫の色を()び、パチパチと小さな放電音を放っていた。



『響け、雷鳴の賛歌』



 灼熱(しゃくねつ)の吐息が勢いを無くし、徐々に光が収束していく。

 視界を(さえぎ)る炎が晴れると——吐息を吐き終え、無防備なドラゴンの姿がそこにあった。



『恐れよ、聖なる鉄槌(てっつい)



 障壁を解き、ドラゴンへ向かって歩を進める。


 すると、足元に何かが当たり金属のこすれる音がした。

 視線を落とせば、銀色の剣があった。


 シェリルが手放した、彼女の剣だ。


 (かが)んで、剣の()を掴めば、金属の冷たさと重みが手に伝わって来る。


 扱い方は——心得がある。



『天より(とどろ)き、紫電の旋律(せんりつ)となれ』



 重量感のある剣を、軽やかな動作で持ち上げ、ドラゴンへ向かって(かか)げて見せた。


 視線を少し上へ、黒いローブの少女へ向ければ、唇を薄く開き歯を噛んで、両手を合わせるのが見えた。


 眉を吊り上げて桃色の瞳がこちらを(するど)く見つめている。


 イリアを取り囲む様に、魔狼(まろう)金獅子(きんじし)の幻影が現れるが——遅い。


 紫のマナが満ち、雷鳴の賛歌が今こそ体現する。

 


『いざ(かけ)よ、神聖なる雷光ディ・アラージュ・エクレール!』



 天から轟音(ごうおん)(めい)を響かせ、燦然(さんぜん)と紫に明滅する雷電が落ちる。


 灼熱(しゃくねつ)(かん)するドラゴンの躯体(くたい)に、()()()()(よう)する金の獅子(しし)に、駿足(しゅんそく)で駆ける灰毛の魔狼(まろう)に、狙いを定め稲妻(いなずま)が落ちた。


 灰毛の魔狼(まろう)が一撃で霧散する。


 一撃を耐えたドラゴンと金獅子には、追い打ちをかけるように幾重もの稲妻が落ちた。

 それは幻影が霧と成り果てるまで止まらない。



「この……!」



 少女が指を鳴らして、魔狼(まろう)の幻影を幾つも生み出すが——。



『紫電よ』


 

 歌声に応えて(いかずち)が落ち、幻影は消えた。


 この歌声が続く限り、術は永続する。

 そしてそれは意思一つで、手足のように操る事が出来た。


 運よく(のが)れた一体が、こちらへと襲い掛かる。

 牙を()き出しに魔狼(まろう)が至近距離へ迫って——イリアは(かか)げた剣を振り抜いた。


 剣筋が一本の線を(えが)き、幻影は霧と成り果てる。

 そしてその頃には、雷に撃たれ続けた金獅子(きんじし)とドラゴンの幻影は跡形もなく消え去っていた。


 少女の歯ぎしりする姿が見えた。

 だが、何度幻影が向かって来ようと同じだ。

 (ことごと)くを滅する力がこの手にはある。


 シャノンとシェリルがくりっとした紅の瞳をさらに大きく見開き、立ち尽くしてこちらを見ていた。

 とても驚いた様子だ。


 イリアは彼女達の負傷が心配だった。

 シャノンは左腕が動かない様子だし、シェリルは血を吐いていた。内臓が傷ついているのかもしれない。


 早急に治療の必要がある。

 だが、負傷の度合いによっては治療に繊細な作業が(ともな)う。


 治癒術は使えるが、あの少女を相手に、その余裕はない。


 ならば——と、イリアは二人よりも後方で気を失い倒れているリシアを見つめ、(ささや)くように(つぶや)いた。



『聖なる光、厄災を払え』



 〝聖なる解呪(ディ・リベラル)〟——解呪の魔術を歌った。


 リシアの倒れる地面に魔法陣が出現し、淡いマナがその身を包み、程なくして彼女は(まぶた)を開ける。

 


「……あ、れ? わたし……」



 微睡(まどろ)んだ漆黒(しっこく)の瞳が(あら)わになる。

 リシアはゆっくりと頭と体を起こすと、周囲に視線を向けていた。



「リシアちゃん、シャノちゃんとシェリちゃんの治療をお願い」



 イリアは短く告げた。

 リシアからは「え?!」と驚いた声がして、状況を飲み込めずおどおどしている。



(けれど、大丈夫)



 彼女は治療術師(ヒーラー)で、その道のエキスパートだ。

 以前、自分を助けてくれた実力は本物だ。

 きっとすぐに状況を把握して治療に当たってくれる。


 だからイリアは迷わず前を向く事が出来た。


 黒いローブの少女は()りず、指を鳴らしては魔獣の幻影を絶え間なく生み出していた。


 イリアは対抗するかのように歌声を響かせる。

 そうすれば雷光が発生し幻影を掻き消した。

 稀に雷から逃れ、迫って来る敵があったとしても、毅然(きぜん)として剣を振るい(さび)とした。


 そんな攻防がしばらく繰り広げられ、状況は膠着(こうちゃく)状態へと移行する。



「——ああっもう! めんどくさいなぁ!」



 少女が金切り声をあげ、かなぐり捨てる様に言い放った。


 相当苛立ちを募らせている様だ。

 こちらとしてもそろそろ状況を(くつがえ)したい。

 次の手を——と考えたところで、少女はすっと両手を広げて見せた。


 黒いローブが音を立て風に()()()()



「怪我させるなって言われたけど……ちょーっと痛い目にあってもらうよ?」



 (つや)のある唇の口角が、(あで)やかに持ち上がる。



(……何をするつもり?)



 大気のマナが震え、風がざわめき始めて、嫌な予感しかしなかった。


 吹き付ける風にひりつくような痛みを感じながら、イリアは少女を見据(みす)え、次に起こるだろう行動へ備え身構えた。


 背後にはシャノンとシェリル、そして二人を治療するリシアがいる。

 それに周囲には未だ意識を失った人々が倒れている。



(私が守る。誰も傷つけさせない——!)



 (つか)を握る手に自然と力が(こも)り、イリアは少女を(にら)んだ。


 その時だった。



「——そこまでだ」



 突如(とつじょ)として四つの影が現れ、屋根に()する黒いローブの少女を取り囲んだ。


 陽光を反射する銀色の剣先が四方から向けられ、少女は腕を広げた姿勢のままピタリと静止した。


 剣を携えた彼らが身に(まと)衣裳(いしょう)は、赤と黒を基調とした布地の服。

 エターク王国軍で規定されている軍服だ。


 遠目でわかり辛いが、短髪で金髪の青年と、短髪より少し長めの銀髪で眼鏡の青年が少女の左右から剣を向け、琥珀色の長い髪を一つに束ねた青年が少女の背後から、そして正面からは()()()が少女へ刀を突き付ける姿があった。


 こちらからは後ろ姿しか見えないが、それが誰であるのかは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。


 肩下まで伸びた漆黒の後ろ髪を一つに束ね、エターク王国の国旗である獅子(しし)(えが)かれた赤のマントを羽織り、少女へと剣を向けるその青年は、つい数刻前に別れたばかりのあの人。


 一瞬、顔が(かたむ)き、泣き黒子(ほくろ)が二つある方の紅い瞳がこちらへ向けられた。


 ——彼だ。

 間違えようがない。

 


「ルーカスさん……!」

「お兄様!」



 イリアは彼の名を口にしていた。

 同時にシャノンとシェリルの声も同調(シンクロ)して響く。


 彼が来てくれた。

 その事実に嬉しさと安心感が胸を占めた。



『君を助け、君の力になる』



 名を()けて誓ったその言葉を(たが)えず、彼は来た。

 単純に王都で起きた騒動を鎮圧するために来たとも考えられる。


 けれど、例えそうだったとしても。


 彼が駆け付けてくれた事を嬉しく思う気持ちに嘘はない。

 どんな形であれ、彼が来てくれたと言う事実がたまらなく嬉しかった。


 剣を向けられた少女に動きはない。四方から(おさ)えられては手が出ないのだろう。



(彼が来てくれたのなら、大丈夫)



 その強さは伝え聞くだけだったが、不思議と信じる事ができた。


 ぷつりと、イリアは自身の中で、張り詰めた緊張の糸が切れる音を聞いて、力が抜けた。


 足がふらつき、バランスを保つことができない。

 倒れそうになって、崩れて——その場に膝を付き、座り込んでしまった。



「大丈夫ですか!?」



 双子の姉妹を治療しているリシアの焦った声が聞こえた。

 シャノンとシェリルも「イリアさん!」と、名前を呼んでいる。


 急に座り込んだから心配させてしまったのだろう。

 イリアは振り返り、困ったように笑って見せた。



「大丈夫、ちょっと力が抜けちゃっただけ」



 何だか格好がつかなくて、照れ隠しに頬を掻いて笑って見せた。

 その様子にこちらの無事を確かめた三人は、ほっと安堵のため息をついていた。

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