第三話 領域魔術展開、魔獣を討て!
魔獣の出現、そして討伐のため派遣された騎士団からの応援要請を受け、ルーカス率いる特務部隊の団員は馬を駆り現場へと急行していた。
王国軍では任務の際、リンクベルで連絡を取り合うのが常であり今回も例外ではなかった。
リンクベルとは、マナで動くマナ機関と呼ばれる、魔術器の一種だ。
魔輝石は、マナが自然と結晶化した鉱物。
それに遠話をするための術式を施したものがリンクベルだった。
遠く離れた場所とタイムラグなく連絡を取れるため軍で重宝されている。
また魔輝石には固有識別の術式も刻まれており、索敵魔術で探知も可能だ。
ルーカスは王都を出てすぐのところで、座標と状況の確認のため、自分の瞳の色と同じ紅い柘榴石に酷似した魔輝石のあしらわれた、ピアス型のリンクベルを使い連絡を入れた。
だが報告を聞く限り、状況は芳しくなかった。
曰く、獣皮が硬く厚いため剣が通り辛い。
俊敏性が高く、速度の乗った剛腕から繰り出される攻撃は凄まじい破壊力を誇る。
攻撃魔術は一定の効果が認められるが、攻撃力と機動力の高さからリソースを防御障壁に回すしかなく、仮に攻撃魔術を撃てたとしても現状の騎士団の損耗状況から勝算は低いとの事だった。
騎士団も万全の状態で挑んだはず。
だと言うのに、魔獣の強さは想定を上回っていた。
(やはり、ここのところの魔獣の多さと強さは異常だ)
ルーカスは左腕に嵌まった腕輪を見つめた。
腕を覆う土台は金色で幅は太め、留め具で固定された頑丈な造りとなっており、魔術回路の刻まれた紅色の魔輝石がはめ込まれている。
腕輪はルーカスが持つ〝ある力〟を制御するための楔である。
(何があるかわからない。出来る備えはしておくべきだろう。だが——)
この力は無差別に振るえば自らを、そして全てを破滅へと導きかねない諸刃の剣。
それはルーカスの過去が証明していた。
故に使用には制限が掛けられており、躊躇う気持ちがあった。
(いや、迷うな。打てる手は打っておくべきだ)
力の行使には然るべき手順を踏む必要がある。
そのために必要なのは——上層部の許可だ。
「ロベルト、上層部に第一限定解除の申請を」
「は! 念には念をですね」
ルーカスはすぐさまロベルトへ指示を飛ばした。
彼は特務部隊の副団長。
青みがかった緑色、青翠玉の瞳に、肩下まで伸びた琥珀色の髪を束ねた青年だ。
ルーカスの右腕であり、酷似した髪型をしているのは、ルーカスを慕うが故と噂されており、本人も否定しないので公然の事実として知られている。
「団長、申請通りました。行使コードは——」
程なくしてリンクベルでの通信を終えたロベルトから許可が降りた事を告げられ、コードを確認して頷いた。
ルーカスは馬に加速の指示を出すと、手綱を握る手に力を篭め、速度を上げて先を急いだ。
「もうすぐ報告のあった地点だ! 全員下馬、警戒厳に! 戦闘準備怠るな!」
ルーカスの掛け声で、団員達は馬の速度を徐々に落として停止、下馬した。
ルーカスを筆頭に団員達は陣形を整え、アイシャと数名の魔術師が索敵のための探知魔術を発動して、周囲を探りながら森の奥へと進んでいく。
少し進むと開けた場所に、戦闘の痕跡があった。
木々が不自然に傷つき薙ぎ倒され、地面は抉れて血の飛び散った痕がある。
(——近い)
確信した一行は各々、得物に手を伸ばした。
「反応、見つけました! 南東約五百メートルの方向です!」
アイシャが発見の報告を告げる。
ルーカス達は抜剣——そして示された方向へと迷いなく駆けた。
ドゴオオオン!
と、遠くから轟音が響き渡り、微かに怒号と悲鳴が聞こえる。
続け様に二度と三度と、地を割るような音が鳴り響き、土煙が上がった。
止まぬ音に焦る気持ちが募っていく。
(まだ遠い——!)
『疾風よ来たり宿れ! 風纏加速!』
焦るルーカスの耳に、ハーシェルの詠唱する声が届いた。
すぐさま術が発動してルーカスの身体は淡い若草色の風に包まれる。
〝風纏加速〟——身体速度を大幅に向上させる強化術だ。
「団長! 先に行ってください!」
「助かる!」
強化術を受けた身体は軽く、まるで羽根の様だった。
踏み込む足に力を込め、思い切り蹴る。
——と、蹴り込んだ力が何倍にもなり、前進する力となって加速した。
黒髪を靡かせ閃のように、目的地を見据え一目散に駆ける。
早く速くもっと疾く!
急げ! あの場所へ!
そうして辿り着いた道の先で、ルーカスは吹き飛ばされた騎士達を見つけ、さらに先に崩れた前線と魔熊が腕を振り上げる姿を捉えた。
近いようで一歩が遠く感じられる。
(くそ、間に合え!)
歯を食いしばり地を蹴って、そう思った瞬間だった。
突如として、眩い光の洪水が辺り一帯を埋め尽くした。
「なんだ——!?」
あまりの眩しさに立ち止まり、腕で目の周りを覆って光を遮る。
だが、増していく光の強さには勝てず、足を止めて瞼をきつく閉じてしまった。
光の中から透き通るような、優しい歌声が聞こえる。
『慈愛の天使は舞い降りた
英雄は掲げる
七つの加護もつ堅牢なる盾
傷付きし者に慈愛を
迫る侵略者に盾を
大いなる癒やしと不可侵の守護の軌跡はここに
讃えよ 天使 慈愛の恵み
称えよ 英雄 堅牢なる盾』
歌声に合わせマナが煌めき舞い踊り、暖かな風が吹き荒ぶ。
やがて光は盾の形へと変化して重なり、人々を護るための防壁を成して輝きは収束していった。
光が収まり始め、ルーカスは恐る恐る瞼を開くとそこには——領域魔術〝慈愛の七つの円環〟が展開していた。
七つに重なった円環が領域を形作り堅牢な防護壁となって攻撃を防ぎ、マナを含んで煌めく風が負傷した人々の傷を癒やす、治癒と防壁を兼ねた領域魔術だ。
展開した慈愛の七つの円環が、傷付き疲弊した騎士達を癒やしていく。
魔熊は一瞬、光に怯んだものの、光が収まるや否や興奮して暴れていた。
だが、堅牢な防護壁が、魔熊の攻撃の一切を阻む。
騎士団員達の生存にルーカスは胸を撫で下ろした。
領域魔術は通常複数名の術者によって詠唱・展開される。
だが、今それを為しているのは、一人の詠唱士——声にマナを乗せ歌とする事で、様々な術を行使する魔術師——と思われる女性だった。
マナが煌めく風に銀の髪を靡かせて、彼女は歌い続けている。
たった一人でこれほどの術を長時間維持するのは、実力者でも容易ではない。
(あまり時間は掛けられない。一気に片を付ける——!)
ルーカスは自身の得物——刀を左に携え、再び駆け出した。
そうして防壁の手前まで来ると、足の裏に力を込め踏み込んで飛び上がり、魔熊の頭上目掛けて跳躍した。
「第一限定解除! コード『Λ-58762』!」
『コード確認。第一限定、開放』
解除コードを入力すると、腕輪の魔輝石が赤く輝いた。
ゆらめく輝きは、腕輪から手を伝って刀身へと宿り、ルーカスは落下のタイミングに合わせ両の手で刀を握り、刃を振り下ろす——。
ヒュンッと風切り音が鳴り、斬撃は魔熊の剛腕を切り結んで、ルーカスは地に足をつけた。
死角からの斬撃に、魔熊が驚き身じろいだ。
しかしそれは僅かに肉を切り、傷を残しただけで致命的なものではない。
大した事はない——と、そう気付くや魔熊は唸り声を上げ、ルーカスを新たな獲物と認識し襲い掛かろうとした。
「危ない!」
誰かの叫ぶ声が聞こえたが、ルーカスは臆する事なく魔熊を見据える。
一方、隙だらけの獲物に、魔熊は狩りの成功を確信したのか、口角を上げて鳴いた。
剛腕が持ち上がって振り下ろされ、魔熊の爪が眼前に迫るが——それがルーカスに届くことはなかった。
切り裂こうと迫っていた剛腕が、ルーカスが切り結んだ傷を起点に、突如消し飛んだからだ。
「グガアアァァ!!」
魔熊が苦痛に満ちた咆哮を上げ、片腕が消し飛んだ傷口からは噴水の様に血潮が噴き出していた。
一体何が起きたのか理解出来た者はその場にはいないだろう。
ルーカスを除いて。
「確かに硬いな」
(重力を乗せた一振りで擦り傷程度とは。鋼鉄のような硬さだな)
報告にあった通り、物理攻撃一辺倒では骨が折れただろうが、ルーカスの持つ力を持ってすれば些末な事だった。
これまでの獲物とは違う気配に本能で危険を察したのか魔熊は後ずさる。
臆した獣が次に取る行動は逃走であると、安易に予想出来た。
(逃がすつもりはない)
ルーカスは刃に滴る血を振り払い刀を鞘に納めると、魔熊を視線で捉え斬り込む為の構えを取った。
腕輪が再び赤い輝きを放つ。
「大人しく眠れ」
瞬時に魔熊の懐に距離を詰めて、素早く鞘から刀を抜くと一閃。
獣の体を追い抜いて切り抜けた。
抜刀術、居合・一閃。
カキン、と金属音を鳴らし刀を鞘に納める。
と、タイミングを合わせた様に、切り結んだ魔熊の体躯が血飛沫を撒き散らして、吹き飛んだ。
まるで内部から爆発したかのように、斬撃によるものではなく、魔熊の腕と肉体を吹き飛ばした力。
これはエターク王国の王族に発現してきた特異な能力。
ルーカスが生まれながらに授かった——あらゆる物を〝破壊〟する力だ。
こうしてルーカスの手により、魔熊は断末魔を上げる間もなく倒され、騎士達を脅かした脅威は去った。
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