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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第二章 忍び寄る闇と誓い

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第二十話 白昼の攻防~調律(アコルディ)~

 (あらが)えない状況にイリアは(まぶた)を閉じた。

 すると、暗闇の中で「ヒュンッ」と、風を切るような音がして——。

 


「あは! 凄い凄い! 動けるなんて!」



 少女の甲高い声が聞こえ、(まぶた)を開けば、眼前に桃色が広がった。

 ウェーブの掛かったふわふわの髪を(なび)かせた少女の後ろ姿。


 ——シャノンだ。


 剣帯へ納めてあった銀に輝く剣を右手で垂直に構えて、こちらを(かば)う様に少女との間へ身を置いていた。


 陽光の反射する切っ先が黒いローブの少女を(とら)えている。


 黒いローブの少女は先ほどよりも十歩ほど離れた位置、シャノンの剣先から(のが)れるように距離を取っていた。


 桃色の髪が地へ向かって揺れ落ちそうになる。

 それをシャノンは、ガンッと乱雑に剣を地面に突き刺して、両手で()を掴むことで()えた。



「——っ何なのよ、これ。頭がぐらぐらして……鬱陶(うっとお)しい!」

「魔術……です。……精神干渉系の、それも、相当高位の……」



 応えたのはシェリルだ。


 彼女はふらつき、時折表情を(ゆが)めながら覚束(おぼつか)ない足取りで地を踏んで進み——シャノンの隣へ腰を落とした。



「うん、ご明察♪ 〝暗黒精神喪失トルー・ド・メモワール〟——周囲一帯みーんな夢の中よ? これに耐えるなんて凄いわ、貴女たち」



 鈴の()が鳴るように、(りん)と弾んだ(おと)で、饒舌(じょうぜつ)に語る少女は楽しそうだ。

 くすくすとした笑声が耳につく。



「……っ、シャノンお姉様!」

「わかってる……わよ!」



 シェリルが絞り出すように叫んでシャノンに手を伸ばした。


 シャノンは剣の()からするりと手を離すと、その手を取って握り合う。

 (まぶた)を閉じて、二人の(ひたい)が触れ合った——その直後、マナの(きら)めきが見えた。


 夜空の星のように光の粒が(またた)く——。

 それはシャノンとシェリルから(はっ)せられたマナの軌跡だった。


 二人の周囲を舞うように(きら)めき、やがて光は収束していく。


 光が収まると二人は(まぶた)を開いた。

 その横顔に、先ほどまでの苦しみの表情はなく、どことなく雰囲気が変わった様に思えた。


 真紅(しんく)柘榴石(ガーネット)の瞳が炎のように燃えている。

 強い意志を宿した目だ。


 シャノンが桃髪を振り上げる勢いで立ち上がり、地面から剣を引き抜く。

 シェリルも長い桃髪を(なび)かせて立つと、左腰の剣帯、鞘に納められた剣を抜剣した。


 二人の真紅(しんく)双眼(そうがん)が、黒いローブの少女を映している。


 少女は「んー?」と、首を(ひね)った。

 二人の(まと)う空気が変わった事に気付いたのだろう。


 ほどなくして何かに思い至ったのか、ぽんっと拳でもう一方の手を叩いてみせた。



「あぁ、なっるほど。〝調律(アコルディ)〟——精神を同調させる魔術かぁ。精神の相互扶助(そうごふじょ)の役割もあるんだっけ。面白い術を使うのね」



 軽快に、弾んだ声で少女は話す。

 その様子にシャノンとシェリルは不愉快だと言わんばかりに眉を(ひそ)めた。



「誰だか知らないけど、イリアさんには指一本触れさせないわよ」

(わたくし)たちがお相手致します」



 二人の銀に輝く剣の切っ先が少女へと向けられた。

 少女は恐れを(いだ)くどころか、嬉笑(きしょう)している。



「いいわよ。遊びましょ!」



 爛々(らんらん)と桃色の瞳を開き、少女が指を弾いて鳴らす。



 「ぐにゃり」と少女の周囲の空間が(ゆが)んだと思えば、どこからともなく黒い霧のようなものが集まって来る。


 波打つように押し寄せ、渦巻き、束となって——(かたまり)を形成する。


 (かたまり)はやがてある物の形を()す。


 ——それは灰毛の獣だった。


 吊り上がった鋭い赤い瞳に耳が立って(ふん)が長く、首やしっぽが太い——犬に似ているが一般的な大型犬より体格ががっしりとした獣——狼だ。



魔狼(まろう)!?」



 それが現れた事に、シャノンとシェリルは、驚きの表情を浮かべた。

 一匹、二匹、三匹……と魔狼(まろう)は数を増やしていく。


 黒いローブの少女は〝あれ〟が獲物だと言うように〝こちら〟を指差して見せた。


 すると灰色の獣が一斉に地を蹴り、(うな)り声を上げ向かってくる。


 飛び掛かり、襲い掛かって来る魔狼(まろう)をシェリルが迷いなく斬り捨てた。

 血潮(ちしお)が飛ぶ——事はなく、真っ二つに裂けた躯体(くたい)は、黒い霧となり風に巻かれて消えた。



(実体じゃない?

 なら、あれは——?)


「これは幻……幻影魔術です!」

「正解♪ でも、幻影だからと油断しないでね?」



 生まれた魔狼(まろう)が後続から絶え間なく襲って来た。

 シャノンとシェリルは互いの死角をカバーするかのように、四方八方から迫る魔狼(まろう)を的確に(とら)え、斬り落として行く。


 剣が()(えが)き、黒霧が舞い踊る。

 その動きはまるでステップを踏んでいる様に軽やかだった。


 だが、数が多く、多勢に無勢だ。


 二人は息を合わせ上手く(さば)いていたが、一瞬の隙をついて下方からシャノンの足に魔狼(まろう)()みついた。


 眉頭(まゆがしら)を寄せ唇を食い締めたシャノンが、牙を食い込ませ()みつく魔狼(まろう)の頭へ剣を突き刺す。


 霧となって魔狼は消えたが、その攻撃は本物で、牙の食い込んだそこには咬創(こうそう)があり、赤い血が伝っていた。



「ほらほら、よそ見してる暇、ないよ? 頑張って」



 少女が両手を広げ、片足でくるりと回って見せれば黒いローブが(ひるがえ)る。

 鼻歌を歌い、リズミカルに指を鳴らしては、悪戯(いたずら)に幻影を生み出した。


 次々と現れる魔狼(まろう)は、気を失い地に伏した住人にも容赦(ようしゃ)なく襲い掛かっていく。



「やらせないんだから!」



 シャノンが駆け、剣を振るって魔狼を切り崩す。

 援護するようにシェリルの氷の魔術が放たれ、シャノンの剣筋から逃れた魔狼を撃ち抜いた。


 けれど数を減らしたと思ってもすぐに幻影が生み出され——。


 シャノンとシェリルはこちらだけでなく、住人を守りながら息を付く間もない戦いを()いられていた。

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