第十六話 対策会議
聖歴二十五年 エメラルド月二十日。
エターク王国王城・軍議の間。
休暇を過ごした翌日、ルーカスは軍の定例会議へ参加していた。
参加者は——。
騎士団の師団長十名。
魔術師団の師団長三名。
特務部隊団長ルーカス。
各師団の団長、計十四名。
王国騎士団元帥レナート・フォン・グランベル公爵。
宰相のダリル・アシュリー侯爵。
国王レックス・ティル・グランルージュ・エターク陛下。
以上、総勢十七名が一堂に会した。
軍議の間は四方が窓に囲まれているため陽の光が差し込んで明るい。
参加者は机を円形に並べて設けられた、円卓の決まった席へ着席していた。
大きな議題は二点。
リエゾンの魔狼襲撃事件で遭遇し〝門〟と仮呼称した現象について、改めて報告と対策の検討が一点。
もう一点は、いよいよ十日後に迫った聖地巡礼における歓迎式典、祝賀行進の警備体制についてだ。
レックス陛下がこちらへ目配せして会議を進めるよう促してきた。
陛下は切れ長の紅の瞳に、黒のアシンメトリーの短髪、髭を生やした威厳ある風格の熟年の男性で、ルーカスの伯父でもある。
まずは前述の議題から。
ルーカスは報告をまとめた資料を手に立ち上がる。
「では、リエゾン魔狼事件と〝門〟について報告をさせて頂きます。詳細は事前の報告書と、お手元の資料にも纏めてありますが——」
坑道の奥で遭遇した宙に浮かぶ闇、漆黒の大穴——魔狼が湧き出る門。
ルーカスは現場で見た事、体験した事、そして住民から聴取した話も併せて、有りのままを報告した。
「——以上になります。またこれは憶測ですが、門出現前の地震はこれらの現象と何かしら関係している可能性があります」
住民の話でも地震が頻発していたと言う情報があった。
留意すべき点だろう。
室内がざわついた。
報告を受けた師団長たちが、誰ともなく、意見を交わしている。
「興味深い話だな。魔獣が湧き出る門か」
「魔獣の発生については謎が多くありましたが、今回の一件で見方が変わりそうですな」
「仮に魔獣が門を介して発生しているのだとしたら、一体どんな原理で魔獣を生み出しているのか気になりますね」
門の正体、魔獣発生の謎。
様々な意見が飛び交い、議論が繰り広げられて行った。
しかし現時点では情報の絶対量が足りないため、門が何であるのかまで突き止める事は出来ず、あくまですべて憶測の域を出ない。
元帥レナート——くせ毛でセミロングの黒髪に切れ長で吊り上がった紅の瞳、眉間に皺を寄せ髭が生えた強面の男性——国軍のトップでグランベル公爵でもある父は、顎に手を当て何やら思案していた。
そうして暫くして、深みのある低い声色が父から発せられる。
「門の正体を現時点で突き止める事は不可能だろう。それよりも万が一、門が発生した場合の対処をどうするか、が肝心だ。
現時点で門を破壊出来る有効打は、ルーカス団長の〝破壊の力〟のみ。
しかし、彼が常に対応出来るとも限らない。これについてはどう考える?」
この件は資料にアイシャが見出した対処法をまとめてあるのだが、門の正体に議論が傾いていたため話題を振ったのだろう。
「資料を拝見しましたが、氷魔術——正確には空間に関与する魔術が有効な手段と成り得そうです。
時間経過で消えたとの報告もありますし、時を稼ぐことが出来れば被害も防げるでしょう。
早急に術式の開発と研究に尽力すべきと具申します」
魔術師団長の一人が意見を述べた。
父レナート、レックス陛下の両名はその意見に頷き、魔術師団が主導となって術式の開発が急がれる事となった。
——その後も議論は続き、正午を過ぎるまで話題は続く事となった。
お昼時になり、正午を告げる鐘の音が鳴れば、会議は一旦中断となった。
門の件については、一通り話が纏まったため、午後は聖地巡礼における祝賀行進の警備体制について話し合われる予定だ。
陛下が退出するのを見送った後、師団長達が退席して行く。
そんな中、跳ね毛のある赤い短髪の、壮年の男性と話を続ける父の姿があった。
ルーカスは二人へと歩み寄る。
男性は宰相のダリル・アシュリー侯爵、ディーンの父親だ。
ディーンと同じ黄褐色の瞳は疲労が窺え、目の下には皺が刻まれている。
「久しぶりだね、ルーカス君。長期の任務は大変だったろう?」
ルーカスに気付いたアシュリー侯爵が、気取らず親しみやすい口調で話しかけてきた。
「ご無沙汰しております、アシュリー侯爵。そうですね……今回は想定外の事も多く、骨が折れました」
「ゆっくり休んで、と言いたいところだが……悪いね」
「慣れています。気遣いは不要です」
他愛のない話を交わしながら、ちらりと父へ視線を送る。
するとアシュリー侯爵は、父に用がある事を察したのだろう。
「おっと、邪魔したね。午後もよろしく頼むよ」と言い残して席を外した。
扉の開閉音が聞こえ——父と二人になる。
久しぶりの対面だ。
連日の激務のせいか、どことなく父は哀愁を漂わせている。
家にもまともに帰らず、頬がこけたように見えるのも、きっと気のせいではない。
感動の再会——ではなく、単純に用があった。
「お疲れですね、父上」
「ん……そう見えるか。歳には勝てんな」
父は目頭を揉んで見せた。
自覚はあるのだろう。
「たまには家に帰って下さい。一体どれだけ帰ってないんですか。シャノンとシェリルも心配してますよ」
「はは、耳が痛いな。近いうちに時間を見つけて帰るさ」
そうは言っても事が落ち着くまで暫く帰らないつもりなのだろう。
(この仕事中毒め)
内心で毒づきながら、自分もその傾向が強いので気を付けようと心に留める。
肝心の用件は、そのことではない。
「父上、行きましょう」
「む? 何処へだ?」
「昼食です。今日はシャノンとシェリルが差し入れを持って来てくれるそうです」
以前に言っていた〝差し入れ作戦〟だ。
朝、出がけに作戦実行を伝えられ、父を連れ出すように妹たちに念押しされた。
当然ながらイリアとリシアも一緒だ。
イリアにとっては初めての外出、安全面を考えれば屋敷で過ごすのが安全なのだが——ずっと閉じ籠っているのも気が滅入ってしまうだろう。
王城であれば警備も多く、比較的安心できるため反対しなかった。
シャノンとシェリルが来ると聞いて、父の表情が柔らかくなる。
その様子に思わず、うきうき気分でスキップをする父の姿を想像してしまって、込み上げた笑いを堪えるのが大変だった。
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