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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第二章 忍び寄る闇と誓い

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第十一話 繋いだ手のぬくもり

 聖歴二十五(にじゅうご)年 エメラルド月十九(じゅうく)日。


 ルーカスが公爵邸に帰って来られたのは、リエゾンの魔狼(まろう)事件が発生してから七日後の朝だった。


 リエゾンの魔狼(まろう)事件は、一先(ひとま)ずの終息を見せた。


 だが被害を受けた町の復興も残っており、手放しで喜べる状況ではない。

 安全確認や後始末を(おろそ)かには出来ないため、それらの作業に時間を(よう)したのだ。


 魔狼の脅威(きょうい)がなくなった事が確認され、事後処理を終えた特務部隊が警戒のための半数を残し、撤収すると決定したのはリエゾン到着から五日後だ。


 アイシャにはリエゾンに残る特務部隊の指揮官として残ってもらう事となった。


 また、騎士団から派遣された人員はしばらくの間、復興のため現地に留まり支援活動を続ける方針だ。


 ルーカスはハーシェル、アーネストらと共に、撤収が決定した翌日夕方頃、王都へ向け出発。

 帰り着いたのは、夜半過ぎの事だった。


 到着後は団員達に(ねぎら)いの言葉をかけ解散した。


 団員達が思い思いに帰路へ着く中、ルーカスは騎士団本部にある特務部隊の執務室へと足を運び、報告書の作成や留守にしていた間の書類に目を通していたのだが——夜が明けたところで出勤したロベルトと遭遇して——。



「仕事はいいですから、まずは帰宅してください!」



 と、執務室から追い出され、馬車に詰め込まれた。


 ロベルトの仕打ちに「いくら何でも扱いが雑過ぎやしないか?」と、不満を覚えつつもルーカスは帰路へ着いた。






 ——そして、今に至る。


 公爵邸前で馬車を降りたルーカスは、徹夜明けに浴びる朝日を(まぶ)しく感じながら門をくぐって、邸宅へ続く道を歩んだ。


 玄関に近付くと「お兄様!」と呼ぶ声がした。

 

 出迎えに待っていた妹のシャノンの声だ。


 シャノンはルーカスの姿を見るなり、駆け出して跳んで——ルーカスは勢い良く胸へ飛び込んで来るシャノンを、倒れないよう両腕で抱き留めた。


 ふわふわの桃色の髪が頬をくすぐる。



「こら、危ないだろ」

「お兄様なら受け止めてくれるでしょ?」



 喜びを(あらわ)わにしたシャノンが、ぎゅっと抱き着いて来る。


 それはその通りだが、(はた)から見たら「淑女(レディ)がみっともない」とか「礼儀作法(れいぎさほう)がなってない」と言われる光景だ。


 もっともこの場にそんな野暮な事を言う(やから)はいないので、ルーカスも(とが)める事はしなかった。


 代わりに頭へ「ぽん」と手を乗せ、優しく()でると、シャノンが「えへへ」と満面の笑みを浮かべた。


 一週間ぶりの再会。

 会えて嬉しい気持ちはルーカスも同じだった。



「おかえり、お兄様」

「ただいま、シャノン」



 シャノンがもう一度、ぎゅっと抱きついた。

 ルーカスがここにいる事を、確認するかのように。


 シャノンは満足いくまでそうした後、ゆっくりと体を離しルーカスの隣へ並び立った。


 ルーカスは妹と共に、玄関へ向かって歩く。


 前を見据(みす)えると階段の上に、執事長を筆頭にして侍従、侍女達が並び、扉前にシェリル、リシア、そして——イリアの姿があった。



「おかえりなさいませ、お兄様」

「団長さん、おかえりなさい!」

「無事のご帰還、何よりでございます。おかえりなさいませ、ルーカス様」



 シェリル、リシア、執事長の声が聞こえた。



(みな)……それにイリアも。出迎えに来てくれたんだな)



 きっとロベルトが気を(つか)い、帰宅の連絡を入れてくれたのだろう。


 出迎えを心嬉しく思った。

 イリアの姿があった事は意外だったが、その姿を見られてルーカスは内心安心した。


 まともに話す事が出来ず任務へ(おもむ)く事となったので、気掛かりだったのだ。


 定期的に妹達から来る通信で元気な様子を(うかが)ってはいたが、実際に顔を合わせるまではどうしても安心出来なかった。



「ただいま。(みな)出迎えありがとう」



 ルーカスは出迎えに感謝しながら、シャノンに()を合わせて、階段を(のぼ)っていく。


 (のぼ)り切ったところでイリアへ視線を向けると——勿忘草(わすれなぐさ)色の瞳とかち合った。


 彼女は唇を開けては閉じてを繰り返し、時折視線を彷徨(さまよ)わせて、そわそわしている。


 何かを伝えたいのに言葉に出来ない。

 そんな様子が見受けられた。


 ルーカスはイリアの側へ歩み寄る。


 と、彼女が見上げて来て、その()んだ虹彩(こうさい)にドキリと鼓動が跳ねた。


 会話を交わすのはあれ以来なので緊張する。

 だが、ここは自分から声を掛けるべきだろう。


 ルーカスは緊張を飲み込んで、言葉を発する。



「……体調は、大丈夫か?」

「あ……はい。お陰様で、元気です」

「そうか。何か困った事は?」

「皆さん良くして下さるので、特には……」

「……そうか」



 もっと気の利いた言葉をかけたいが、上手く言葉が見つからず、会話が続かない。

 ルーカスは自分の不甲斐なさに呆れて、眉間に(しわ)を寄せた。


 イリアは(うつむ)いてしまって、けれども相変わらずそわそわと指を動かしている。


 彼女もきっと聞きたい事があるのだと思う。

 だというのに、お互いに思っている事を口に出来なくて、もどかしい空気が流れた。






 ——そんな様子を見兼ねて助け舟を出したのは、妹の一人だった。



「お兄様、朝食はお済みですか?」

「いや、まだだが……」



 シェリルの問い掛けに、ルーカスは首を横に振った。



「それでしたら、イリアさんとご一緒に召し上がるのは如何(いかが)でしょうか? 今日はお天気も良いですし、庭園でお話ししながらゆっくりと。きっと素敵な時間になると思いますよ」


 「ね?」と小首を(かし)げながら、シェリルは提案する。


 美味しい物を食べて、綺麗な景色を(なが)めながら会話を交わせば緊張も(やわ)らぐのではないか——と、そう言うことだろう。



(確かに、それもいいかもな)



 ルーカスはシェリルの提案に乗る事にした。


 女性への(さそ)いは慣れぬことで気恥ずかしさもあったが、ルーカスは作法(さほう)(のっと)って、礼儀正しく紳士な振る舞いを心掛ける。


 右手を後ろ腰へ回し、左の手のひらを上に向けるようにそっと差し出した。



「レディ、(よろ)しければご一緒に朝食は如何(いかが)ですか?」

「え!? えっと……?」



 差し出された左手に、作法(さほう)のわからないイリアは戸惑っているようだ。

 するとイリアの耳元にシェリルが口元を寄せた。



(もし嫌なら断っても大丈夫ですよ。受けるのであれば右手をお兄様の手の上へ)

(は、はい)



 ひそひそとやり取りが聞こえ、イリアはおずおずと右手をルーカスの手のひらにのせた。


 承諾(しょうだく)の意にルーカスは目尻を下げ、口角を(わず)かに上げる。


 見つめてくるイリアの勿忘草(わすれなぐさ)色の瞳は変わらずに澄んでいて——綺麗だなと思った。



「では、お兄様はイリアさんのエスコートをお願いしますね」



 シェリルが朝食の準備を使用人に指示し、「私もお兄様と一緒に居たかったのになぁ」と(つぶや)くシャノンと「邪魔したらだめですよ」と話すリシアを連れて、屋敷の中へ入って行った。


 使用人達も各々の仕事を果たすべく、一礼の(のち)にその場を後にした。


 残されたのはルーカスとイリアの二人。



「それでは参りましょうか、レディ」



 イリアがほんのりと頬を赤らめて(うなず)いた。


 ルーカスはイリアの手を引いて、庭園への道のり、レンガの()かれた歩道をリードして歩く。


 芝生(しばふ)と様々な色を有した花の植えられた花壇を横目に、(しばら)く歩いたところでルーカスは思い至る。


 (ひじ)を上げた状態を維持するのは辛いだろう、と。


 ルーカスは添えられたイリアの手を、繋ぐ形へ変えて下ろした。


 彼女の手は自分よりも小さくて、(やわ)らかだ。

 手を添えるだけよりも近く、直に触れる手のひらからイリアの体温が、温かなぬくもりが伝わってくる。



(——自分でやったおいて今更だが……手を繋ぐのは、正直……気恥ずかしいな)



 ちらりとイリアの横顔を盗み見ると、手を繋いだことで恥ずかしさが増したのか、耳が赤くなっていた。



(……失敗した)



 手を繋ぐのではなく、腕を組んだ方が良かったかもしれない。

 でも、それはそれで距離が近くなる。



(あのまま手を添えてリードしていた方が——いや、それだと態勢を維持するイリアが大変だろうと思ったから手を繋いだわけで……)



 こう言った事は、ルーカスが不得手(ふえて)とする分野だった。

 社交の場であれば割り切って行動できるが、今は違う。


 「どうすれば良かったのか?」とルーカスは心の中で葛藤(かっとう)した。


 けれど繋いだ手は離さない。


 恥ずかしいからと途中で投げ出すのは、紳士に有るまじき行為(こうい)だ。

 騎士道にも反する。


 気恥ずかしさから沈黙が続く中、管理が行き届き美しい景色を保つ庭園を歩くルーカスとイリアの頬は、熱を()び朱に染まっていた。


 そよぐ微風(びふう)火照(ほて)った頬を()でる。


 ——その冷たさが、心地良く感じられた。

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