第十話 事件は終幕へ……
魔狼を吐き出す漆黒の大穴——門。
それを排除するため別働隊として行動するルーカス達は、アイシャの先導に従って次の地点へと移動を始めた。
道中、ルーカスは先ほど門破壊の際、気付いた事について述べる。
「破壊は難しいかもしれないが、封じる事は可能かもしれない」
そう聞いても三人はピンとこないのか、首を捻っており、ルーカスは言葉を続けた。
「情報が少ないので断定はできないが、先ほど氷塊に包まれた門から魔狼が発生していなかった」
「言われて見ればそうっすね」
「確かに。排除する事にばかり気を取られて気づきませんでしたね」
「なるほど、仮に門が……に作用するものだとするなら……」
そこまで語ればアイシャも何か気付いた様で、思考を巡らせて呟く様子が見えた。
ともかく有効そうな一手が見つかったのは幸いだ。
今回が初めてのケースとは言え、今後同じ状況が起き得る可能性も十分にある。
具体的な対策については情報を持ち帰り、上層部への報告と専門家との間で一考の余地があるものの、悪くない結果だ。
そうして止まることなく進んで、辿り着いた次の地点では先ほどの様な上級魔術ではなく、牽制と足止めのための魔術を先手に行動を開始した。
使用したのは〝氷結束縛〟——その名の通り体の一部、主に地面に接した足などを凍り付かせる事で行動を束縛する魔術だ。
アイシャの魔術が発動して牽制が成功した後は、ルーカスとハーシェルが斬り込んだ。
アーネストの魔術による補助と露払いの援護を受けて、怒涛の勢いで魔狼を打ち倒して門へと進んで行き、数の多さが厄介ではあったが、魔狼一体の強さはそれほどでもないため、あっけないほど簡単に門の排除に成功した。
そうしてルーカス達は時計回りに東から西へ、門を次々と排除して行った。
門を排除する道中——リリリン、と皆のリンクベルが着信を知らせて、ルーカス達は足を止めた。
個人ではなく部隊全体のオープンチャンネルでの呼び出しで、代表してアイシャが応答する。
「どうしたの?」
『こちら七班、状況の報告のためご連絡致しました』
七班隊長の声だ。
ルーカスは届いた通信を各々のリンクベルで聞きながら、アイシャが話している間に小休憩を取ることにした。
ハーシェルとアーネストは水分補給と携帯食を口に、木へもたれ掛かり、ルーカスは彼らより少し離れた位置へと移動すると、木陰のある木に体を預けた。
『団長と皆さんが門を排除してくれたおかげで、南東方面で応戦していた五班が先ほどこちらへ合流致しました』
「……そう、無事合流できたようね」
『はい、西側の三班も移動を開始しており、もう間もなく合流するだろうとの事です』
状況は好転している。
その事に安堵しながら——ルーカスは震える左手を、少し持ち上げて見つめた。
坑道の探索からここまで半日は優に超えている。
外の陽は傾き、夕闇が忍び寄る。
表には出さないが皆、流石に疲労が出始めていた。
それはルーカスも例外ではない。
小刻みに震える手はいつもより力が入らず、疲労感から身体が重く感じる。
立て続けに〝破壊の力〟を行使した弊害だろう。
一度ならまだしも、今日は幾度となく力を振るっている。
強大な力であるが故、体への負担も大きいのだ。
(……情けないな。この程度で)
自分ではまだやれると思っていても、体は悲鳴を上げている。
気持ちとは裏腹な、現実とのズレに「上手く行かないものだ」とルーカスは独りごちた。
(だが、弱音を吐くわけにはいかない。まだやるべき事が残っている)
ルーカスが拳を握り締め、そう思った時だ。
「これは——どういうことなの?」
『それが……我々にも状況がよくわからなくて。アイシャさん達ではないんですよね?』
「ええ、いまはまだ西側にいるわ」
『そうですよね……』
繋いだリンクベルから、困惑するアイシャと、七班隊長ではない別の団員とのやりとりが聞こえてきた。
ルーカスはすかさず会話へ参加する。
「何かあったのか?」
『あ、団長! それが……突然魔狼の反応が探知魔術から消えたんです』
そう話したのは魔術師の男だった。
真偽を確かめるべく、少し離れた場所で探知魔術を発動したアイシャへ視線を向ける。
そうすれば視線に気付いたアイシャが頷き、肯定の意を示した。
『さっきまでは倒しても、断続的に出現地点と思われる地点から反応が発生していたのに、先ほど倒した一群を最後にぱったりと。てっきり団長たちが原因を排除したのかと思ったのですが……』
北方面を残し、西側で休憩を取っていたためそれはない。
門が消失したか或いは別の要因が働いているのか、この場では判断しようがなかった。
「ひとまずこちらで確認してみよう。七班隊長、聞こえているか?」
『はい、団長』
「状況の確認が終わるまで七班と合流した五班はその場で防衛線を維持。三班を哨戒へ、万が一に備えて警戒を怠るな」
『承知しました』
「確認が終わり次第連絡する。それまで頼んだぞ」
そう言ってルーカスは通信を終えた。
(休憩は終わりだな)
ルーカスが木陰から離れ動き出すと、通信の会話を聞いていたハーシェル、アーネストが既に身支度を整えており、いつでも出発できる姿勢を見せている。
「アイシャ、反応があった地点は覚えているか?」
「問題ありません。大体の場所は把握していますので先導します」
「んじゃサクッと行って終わらせますか」
ハーシェルが再度〝風纏加速・範囲化〟を使い、アイシャの案内で移動を開始する。
——そして、ルーカス達は北側をくまなく捜索するも、門はおろか魔狼も見つける事は出来なかった。
出現した時と同じく唐突に。
忽然と魔狼は姿を消してしまい、事件は思いもよらぬ形で終息を迎える。
ルーカス達が探索を終えた頃にはすっかり陽が落ち、山は夜の帳が下りていた。
「何だか釈然としないなぁ」
「だな。でもまた同じことが起こる可能性だって捨て切れない、だらけるなよ?」
「わかってるっての」
ハーシェルとアーネストのやりとりを聞きながら、四人は歩いて山道を進んだ。
アーネストが言った様に、あれが再度出現するのではないかという懸念があるため、今夜は七班が防衛線を敷いていた地点を拠点に、特務部隊の団員は交代で観測しながら一夜を過ごす事になった。
合流を目指し歩みを進めるが、その足取りは重い。
疲労もそうだが、消化不良な思いがあるからだろう。
(地震に未知の現象……か)
両者の因果関係はハッキリとしないが、恐らく無関係ではないだろうと、ルーカスは考えた。
その後、リエゾン北の山とその周辺では、数日に渡り厳戒態勢が取られたのだが、未知の現象が再発する事はなかった。
こうしてリエゾンで起きた一連の騒動〝消える魔狼、リエゾン襲撃事件の謎〟と、国民に語られる事となる出来事は、大きな謎を残しつつも幕を閉じた。
——この事件で遭遇した、後に〝門〟と正式に命名される、魔獣を生み出す未知の現象は、世界に大きな波紋をもたらしていく事となる。
だが、ルーカスがそれを知るのは、もっとずっと先の話だった。
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