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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第二章 忍び寄る闇と誓い

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第九話 絶対零度・氷獄檻(グラスネージュ・エンファージ)

※このお話は作中に挿絵があります。

 リエゾンを襲った魔狼(まろう)の手がかりを探索する中、ルーカス(ひき)いる特務部隊は、北の山で未知の現象に遭遇した。


 魔狼(まろう)を吐き出す漆黒(しっこく)の大穴——(ゲート)

 それを排除するため、ルーカス達一班は別動隊として作戦行動に移る。

 

 まずは町に近い地点、東側から。


 目標地点へアイシャの誘導(ゆうどう)に従って移動する。


 的確な誘導のお陰で魔狼(まろう)遭遇(そうぐう)する機会は少なく、順調に進んで行った。


 とある地点まで来たところで「ストップ。……多分、見つけたわ」と、アイシャが制止を掛けた。


 ルーカスたちは足を止める。

 アイシャは五十メートル程先を指さしており、全員が指の先を見た。


 遠目であるため少しわかりにくいが、そこには(ゲート)と呼称された漆黒(しっこく)の大穴が宙に浮かんでいるのが確認出来る。


 そして輪郭(りんかく)がゆらめくと魔狼(まろう)が出現していた。



魔狼(まろう)を吐き出す漆黒の闇……か。(ゲート)とは上手く言ったものね」



 魔狼の出現を見たアイシャが眉間に(しわ)を寄せている。

 一方通行か、相互通行可能かは不明だが、出入り口と言う意味を込めてルーカスはそう(しょう)した。



「しっくり来るネーミングだろう?」

「ええ、これ以上ないくらいに」



 ルーカスは一笑(いっしょう)した後、(ゲート)の周辺を観察した。


 ——魔狼が少なくとも十数体、周囲をうろついている。



(さて、どう攻略する?)



 と、ルーカスは思考を(めぐ)らせた。



(やはりアイシャの魔術で牽制(けんせい)し、攻勢をかけるのが堅実だろうな)



 愚直(ぐちょく)に斬り込んで行く必要はないだろう、と考えるルーカスに「で、どうするんすか?」とハーシェルが(たず)ねた。


 

「坑道の中でやったみたいに、オレらが道を切り開いて団長が斬り込みます?」

「いや、今回は——」

馬鹿(ばか)ね。私がいるんだからそんな事する必要ないでしょう」

「あー……。そいや居ましたね、氷水(こおりみず)の魔女さんが」



 ルーカスが作戦を提案しようとしたところで、会話が(さえぎ)られた。


 ハーシェルは自身を一蹴(いっしゅう)したアイシャの言葉が気に(さわ)ったのか、仕返しと言わんばかりに彼女の異名を揶揄(やゆ)してみせた。


 アイシャが冷ややかに微笑んでいる。



「あら、喧嘩(けんか)を売っているのかしら?」

「最初にバカ呼ばわりして、ケンカを売って来たのはそっちだろ?」

「言葉のニュアンスくらい(さっ)しなさいよ。()に受けるなんて、それこそ馬鹿(ばか)のする事だわ」

「ほら! やっぱりバカにしてんだろーが!」

「貴方の思考の足りなさを(あわ)れには思っているわね」

「何だって?」



 過熱する言い合いに、口喧嘩が勃発(ぼっぱつ)した。


 淡緑玉(エメラルド)紫水晶(アメジスト)の瞳が(するど)く細められ、お互いを(にら)みつけている。


挿絵(By みてみん)



(……話が進まない)



 今は作戦行動中。

 それを(さまた)げる行動には、流石にルーカスも(きゅう)()えずにはいられない。



「二人ともそこまでだ! ケンカなら後にしろ」



 怒号を飛ばすと、アイシャは肩を()ねさせてしゅんと項垂(うなだ)れた。

 対してハーシェルは宙に視線を向け、納得がいかないと言った表情を浮かべている。



「申し訳ありません、団長」

「すんませんっした」



 ハーシェルの渋々(しぶしぶ)と言った態度からしてあまり反省の色が見られないが、これ以上無駄な時間を過ごすのは得策ではない。



「ハーシェル、次問題を起こしたら始末書だからな」

「うえっ?! なんで俺だけ!」



 「不公平だ!」とごちるハーシェルに、アーネストは「自業自得。おまえが不真面目だからだろ……」と言い放つ。


 (おおむ)ねその通りだ。



 そのようなやりとりを経てようやく、作戦のすり合わせを(おこな)える状況が整った。

 ルーカスは気を取り直して指示を出す。



「アイシャ、魔術で魔狼(まろう)牽制(けんせい)を頼む。動きが(にぶ)ったところで、俺とハーシェルが突っ込んで(ゲート)を破壊する。

 アーネストはアイシャの護衛とサポートを。

 (ゲート)を破壊した後は、残った魔狼(まろう)を各個撃破。終わり次第、次の地点へ移動しよう。

 流れとしては以上だ。質問はあるか?」



 三人へ視線を送ると、アイシャが黙考(もっこう)しており、ほどなくして一つの提案がなされた。


 

「威力の低い魔術では(ゲート)に傷一つ付けられなかったというお話でしたが、牽制(けんせい)ついでに、高位魔術での破壊が可能かどうか、試してよろしいですか?」


(……悪くないな)



 ルーカスとしても、()()()以外に(ゲート)の破壊が可能なのか?

 という点が気になるところであった。


 もし今後同じ様な状況が起きた場合、ルーカスの力以外に解決の方法がなかったとしたら——厄介(やっかい)な事この上ない。


 少しでも方法を模索(もさく)しておくべきだろうと考える。



「許可しよう。ただし一回限りだ。この後いくつ(ゲート)があるかわからないからな、損耗(そんもう)は避けたい」

「はい、了解です」



 アイシャが(うなず)き、他の二人も特に質問はない様だった。


 四人は顔を見合わせて「準備は万端、いつでも行ける!」との意味を込めて、無言のうちに(うなず)き合った。



「よし! アイシャ、頼んだぞ」

「ご期待に沿えるよう、尽力します」



 アイシャはロッドを手に取ると魔術詠唱のため、(まぶた)を閉じ精神統一に入る。

 足許(あしもと)に魔法陣が展開し、視覚化したマナが燦々(さんさん)(きら)めいた。



「さ、お手並み拝見といきますか」



 そう言ってハーシェルは双剣を構え、(ゲート)から吐き出される魔狼(まろう)との交戦に備えた。


 アーネストもアイシャの近くに(ひか)え、配置についている。

 ルーカスも右手で刀を抜くと持ち手を変えて、力の解放のためにコードを(つむ)いだ。



「第一限定解除。コード『Λ(ラムダ)-150930』」

『コード確認。第一限定、開放(リリース)



 左の腕輪の魔輝石(マナストーン)が赤く輝きを放ち、腕を伝って(くれない)のオーラが刀身へと宿る。


 坑道でも力の解放を(おこな)ったが、持続には時間制限があるため都度コードの入力が必要だった。


 一回につき最大五分。

 任意で終了するか、最大時間経過で施錠(ロック)される仕組みだ。

 

 そうしているうちに、アイシャの詠唱が始まる。



極寒(ごっかん)の息吹、吹き荒ぶ風。大気に満ちる(しずく)よ、氷結せよ。氷牢(ひょうろう)と成りて、世界を白銀へと(いざな)わん』



 マナの輝きが増していく。

 発動しようとする魔術に感化され、凍り付いたような冷たい空気が周囲に吹き荒れた。



()ちよ、氷塊! 行く手を(はば)(おろ)かなる(やから)を、絶対零度(ぜったいれいど)(おり)へと(いまし)めん!』



 マナの高まりに大気が震えていた。

 氷の結晶である白い雪をまとった風が、アイシャを中心に(うず)を巻く。


 

絶対零度・氷獄檻グラスネージュ・エンファージ!』



 術の名が告げられ、魔術による神秘が形と成る。


 大気を支配した凍える空気が吹雪を呼び起こし、(ゲート)とその周囲一帯に(するど)い氷の塊がいくつも生まれ()でた。


 (おり)——さながら墓標の様に地面から突き()でた無数の氷塊は、魔狼(まろう)を的確に(つらぬ)き、あるいは氷塊へ閉じ込め、絶命へと(いた)らしめる。


 そして極寒の冷気の余波が吹雪と共に駆け抜け、一面を白銀に染め上げた。


 ルーカスとハーシェルは魔術の完成を見届けると(ゲート)へ向かって駆ける。


 〝絶対零度・氷獄檻グラスネージュ・エンファージ〟——氷属性の上級魔術。

 その威力は絶大だった。


 白銀が積もる氷塊の地に、生存している魔狼(まろう)は見当たらない。



魔狼(まろう)の取りこぼしはなさそうだな」

「これで(ゲート)も破壊出来てれば万々歳(ばんばんざい)なんすけどね」



 しかし——上級魔術の威力を(もっ)てしても、破壊は叶わなかった様だ。


 氷塊に(おお)われているが、氷の中で漆黒(しっこく)の闇がゆらゆらと揺蕩(たゆた)っている。



「……まあ、そう都合よくはいかないか」



 門の健在を確認してルーカスが眉根を下げると、ハーシェルが隣でがっくりと肩を落とした。


 

「あー、ダメかぁ。団長の力がなかったマジで詰みっすね、これ」



 そう言って、ハーシェルは(ゲート)(とら)えた氷塊をコンコンッと手でノックして見せる。


 破壊は叶わなかった。


 だが——さすがに氷に封じられては、機能しないのか、魔狼(まろう)が出現する様子は見られない。



(これは、無駄骨という訳でもなさそうだ)


「いや、意外な収穫があったかもしれない」

「へ?」

「下がっていろ。今はこれを排除するのが先だ」

「了解っす」



 ハーシェルが(ゲート)のある氷塊から離れ、ルーカスの後ろへと下がった。

 ルーカスはそれを確認して、(つか)を握る手に力を()める。


 視界に真っ直ぐ目標を(とらえ)えて、刀を左から右へ水平に薙ぎ払うと——「ヒュンッ」と風を斬る音がした。


 破壊の力を(まと)った刀の太刀筋から力が作用し、ほどなくして(ゲート)は氷塊もろとも崩れて消え去った。


 振り抜いた刀を鞘に納めると、ルーカスは(きびす)を返し、ハーシェルと共にアイシャとアーネストが待機する地点へと歩き出す。


 二人もルーカス達の方へ歩いて来ており、歩み寄る形で合流した。



「力及ばず申し訳ありません」



 アイシャが紫の階調(グラデーション)に色を変える青髪を揺らして頭を下げた。


 真面目なアイシャは、(ゲート)の破壊——その(こころ)みが失敗した事に、謝罪を述べずにはいられなかったのだろう。


 だが、作戦事態は何の問題もなく、むしろ魔狼(まろう)を一網打尽にして期待以上の成果だ。


 それに——。



「謝るどころか、むしろ有益な情報が得られたぞ」

「え? 情報ですか?」

「ああ、移動しながら話そう」



 その後ろで、「おまえ何か気付いたか?」「全然」と言うハーシェルとアーネストのやりとりが交わされていた。

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