第九話 絶対零度・氷獄檻(グラスネージュ・エンファージ)
※このお話は作中に挿絵があります。
リエゾンを襲った魔狼の手がかりを探索する中、ルーカス率いる特務部隊は、北の山で未知の現象に遭遇した。
魔狼を吐き出す漆黒の大穴——門。
それを排除するため、ルーカス達一班は別動隊として作戦行動に移る。
まずは町に近い地点、東側から。
目標地点へアイシャの誘導に従って移動する。
的確な誘導のお陰で魔狼と遭遇する機会は少なく、順調に進んで行った。
とある地点まで来たところで「ストップ。……多分、見つけたわ」と、アイシャが制止を掛けた。
ルーカスたちは足を止める。
アイシャは五十メートル程先を指さしており、全員が指の先を見た。
遠目であるため少しわかりにくいが、そこには門と呼称された漆黒の大穴が宙に浮かんでいるのが確認出来る。
そして輪郭がゆらめくと魔狼が出現していた。
「魔狼を吐き出す漆黒の闇……か。門とは上手く言ったものね」
魔狼の出現を見たアイシャが眉間に皺を寄せている。
一方通行か、相互通行可能かは不明だが、出入り口と言う意味を込めてルーカスはそう称した。
「しっくり来るネーミングだろう?」
「ええ、これ以上ないくらいに」
ルーカスは一笑した後、門の周辺を観察した。
——魔狼が少なくとも十数体、周囲をうろついている。
(さて、どう攻略する?)
と、ルーカスは思考を巡らせた。
(やはりアイシャの魔術で牽制し、攻勢をかけるのが堅実だろうな)
愚直に斬り込んで行く必要はないだろう、と考えるルーカスに「で、どうするんすか?」とハーシェルが訪ねた。
「坑道の中でやったみたいに、オレらが道を切り開いて団長が斬り込みます?」
「いや、今回は——」
「馬鹿ね。私がいるんだからそんな事する必要ないでしょう」
「あー……。そいや居ましたね、氷水の魔女さんが」
ルーカスが作戦を提案しようとしたところで、会話が遮られた。
ハーシェルは自身を一蹴したアイシャの言葉が気に障ったのか、仕返しと言わんばかりに彼女の異名を揶揄してみせた。
アイシャが冷ややかに微笑んでいる。
「あら、喧嘩を売っているのかしら?」
「最初にバカ呼ばわりして、ケンカを売って来たのはそっちだろ?」
「言葉のニュアンスくらい察しなさいよ。真に受けるなんて、それこそ馬鹿のする事だわ」
「ほら! やっぱりバカにしてんだろーが!」
「貴方の思考の足りなさを憐れには思っているわね」
「何だって?」
過熱する言い合いに、口喧嘩が勃発した。
淡緑玉と紫水晶の瞳が鋭く細められ、お互いを睨みつけている。
(……話が進まない)
今は作戦行動中。
それを妨げる行動には、流石にルーカスも灸を据えずにはいられない。
「二人ともそこまでだ! ケンカなら後にしろ」
怒号を飛ばすと、アイシャは肩を跳ねさせてしゅんと項垂れた。
対してハーシェルは宙に視線を向け、納得がいかないと言った表情を浮かべている。
「申し訳ありません、団長」
「すんませんっした」
ハーシェルの渋々と言った態度からしてあまり反省の色が見られないが、これ以上無駄な時間を過ごすのは得策ではない。
「ハーシェル、次問題を起こしたら始末書だからな」
「うえっ?! なんで俺だけ!」
「不公平だ!」とごちるハーシェルに、アーネストは「自業自得。おまえが不真面目だからだろ……」と言い放つ。
概ねその通りだ。
そのようなやりとりを経てようやく、作戦のすり合わせを行える状況が整った。
ルーカスは気を取り直して指示を出す。
「アイシャ、魔術で魔狼の牽制を頼む。動きが鈍ったところで、俺とハーシェルが突っ込んで門を破壊する。
アーネストはアイシャの護衛とサポートを。
門を破壊した後は、残った魔狼を各個撃破。終わり次第、次の地点へ移動しよう。
流れとしては以上だ。質問はあるか?」
三人へ視線を送ると、アイシャが黙考しており、ほどなくして一つの提案がなされた。
「威力の低い魔術では門に傷一つ付けられなかったというお話でしたが、牽制ついでに、高位魔術での破壊が可能かどうか、試してよろしいですか?」
(……悪くないな)
ルーカスとしても、この力以外に門の破壊が可能なのか?
という点が気になるところであった。
もし今後同じ様な状況が起きた場合、ルーカスの力以外に解決の方法がなかったとしたら——厄介な事この上ない。
少しでも方法を模索しておくべきだろうと考える。
「許可しよう。ただし一回限りだ。この後いくつ門があるかわからないからな、損耗は避けたい」
「はい、了解です」
アイシャが頷き、他の二人も特に質問はない様だった。
四人は顔を見合わせて「準備は万端、いつでも行ける!」との意味を込めて、無言のうちに頷き合った。
「よし! アイシャ、頼んだぞ」
「ご期待に沿えるよう、尽力します」
アイシャはロッドを手に取ると魔術詠唱のため、瞼を閉じ精神統一に入る。
足許に魔法陣が展開し、視覚化したマナが燦々と煌めいた。
「さ、お手並み拝見といきますか」
そう言ってハーシェルは双剣を構え、門から吐き出される魔狼との交戦に備えた。
アーネストもアイシャの近くに控え、配置についている。
ルーカスも右手で刀を抜くと持ち手を変えて、力の解放のためにコードを紡いだ。
「第一限定解除。コード『Λ-150930』」
『コード確認。第一限定、開放』
左の腕輪の魔輝石が赤く輝きを放ち、腕を伝って紅のオーラが刀身へと宿る。
坑道でも力の解放を行ったが、持続には時間制限があるため都度コードの入力が必要だった。
一回につき最大五分。
任意で終了するか、最大時間経過で施錠される仕組みだ。
そうしているうちに、アイシャの詠唱が始まる。
『極寒の息吹、吹き荒ぶ風。大気に満ちる雫よ、氷結せよ。氷牢と成りて、世界を白銀へと誘わん』
マナの輝きが増していく。
発動しようとする魔術に感化され、凍り付いたような冷たい空気が周囲に吹き荒れた。
『墜ちよ、氷塊! 行く手を阻む愚かなる輩を、絶対零度の檻へと戒めん!』
マナの高まりに大気が震えていた。
氷の結晶である白い雪をまとった風が、アイシャを中心に渦を巻く。
『絶対零度・氷獄檻!』
術の名が告げられ、魔術による神秘が形と成る。
大気を支配した凍える空気が吹雪を呼び起こし、門とその周囲一帯に鋭い氷の塊がいくつも生まれ出でた。
檻——さながら墓標の様に地面から突き出でた無数の氷塊は、魔狼を的確に貫き、あるいは氷塊へ閉じ込め、絶命へと至らしめる。
そして極寒の冷気の余波が吹雪と共に駆け抜け、一面を白銀に染め上げた。
ルーカスとハーシェルは魔術の完成を見届けると門へ向かって駆ける。
〝絶対零度・氷獄檻〟——氷属性の上級魔術。
その威力は絶大だった。
白銀が積もる氷塊の地に、生存している魔狼は見当たらない。
「魔狼の取りこぼしはなさそうだな」
「これで門も破壊出来てれば万々歳なんすけどね」
しかし——上級魔術の威力を以てしても、破壊は叶わなかった様だ。
氷塊に覆われているが、氷の中で漆黒の闇がゆらゆらと揺蕩っている。
「……まあ、そう都合よくはいかないか」
門の健在を確認してルーカスが眉根を下げると、ハーシェルが隣でがっくりと肩を落とした。
「あー、ダメかぁ。団長の力がなかったマジで詰みっすね、これ」
そう言って、ハーシェルは門を囚えた氷塊をコンコンッと手でノックして見せる。
破壊は叶わなかった。
だが——さすがに氷に封じられては、機能しないのか、魔狼が出現する様子は見られない。
(これは、無駄骨という訳でもなさそうだ)
「いや、意外な収穫があったかもしれない」
「へ?」
「下がっていろ。今はこれを排除するのが先だ」
「了解っす」
ハーシェルが門のある氷塊から離れ、ルーカスの後ろへと下がった。
ルーカスはそれを確認して、柄を握る手に力を籠める。
視界に真っ直ぐ目標を捉えて、刀を左から右へ水平に薙ぎ払うと——「ヒュンッ」と風を斬る音がした。
破壊の力を纏った刀の太刀筋から力が作用し、ほどなくして門は氷塊もろとも崩れて消え去った。
振り抜いた刀を鞘に納めると、ルーカスは踵を返し、ハーシェルと共にアイシャとアーネストが待機する地点へと歩き出す。
二人もルーカス達の方へ歩いて来ており、歩み寄る形で合流した。
「力及ばず申し訳ありません」
アイシャが紫の階調に色を変える青髪を揺らして頭を下げた。
真面目なアイシャは、門の破壊——その試みが失敗した事に、謝罪を述べずにはいられなかったのだろう。
だが、作戦事態は何の問題もなく、むしろ魔狼を一網打尽にして期待以上の成果だ。
それに——。
「謝るどころか、むしろ有益な情報が得られたぞ」
「え? 情報ですか?」
「ああ、移動しながら話そう」
その後ろで、「おまえ何か気付いたか?」「全然」と言うハーシェルとアーネストのやりとりが交わされていた。
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