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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第二章 忍び寄る闇と誓い

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第七話 山岳に咲く氷華の大輪

 アイシャと七班の団員達が地震に見舞われたのは、魔狼(まろう)探索のた木々の生えた傾斜(けいしゃ)(ゆる)い山間を()って探索していた時だ。


 小さくはない揺れだったが、これといった被害は幸いにもなかった。


 だが、坑道となれば話は別である。


 もし揺れで崩れていたら、逃げ場をなくしているかも——そんな不安がよぎり、坑道へ入った団長達の様子が気になって、アイシャは通信を入れた。


 一応、無事を確認する事は出来たのだが、「確かに〝闇〟だ」とその言葉を最後に、ルーカスから応答がなくなってしまう。


 アイシャはリンクベルに向かって「団長!」と呼びかけ続けたが、幾度呼んでも返事はなかった。


 腕輪型のリンクベルを見れば、通話中は光る魔輝石(マナストーン)の輝きが失われていて、通話が切れてしまっている事を(さと)る。


 アイシャは再度通話を——と思ったが、それは叶わなかった。



「た、大変です! 探知魔術に、狼型の魔獣の反応が……!」



 慌てた様子の魔術師が標的の発見を告げたからだ。



「なんで急に……」

「こんなのあり得ない!」



 だが、魔術師たちの様子が可笑(おか)しい。

 顔面を蒼白させて、取り乱している。



「どうしたの? 反応はどこから?」

「四方から反応あり。数は四十(よんじゅう)……五十(ごじゅう)……!」

「距離三百(さんびゃく)メートル、いや二百八十(にひゃくはちじゅう)、遠方にも多数の反応を確認——だめです、このままでは(かこ)まれます!!」



 アイシャは目を見開いた。

 魔狼(まろう)の接近速度を考えると、遭遇(そうぐう)まであと二十秒と言ったところだろう。



「——全員戦闘態勢!

 魔術師隊と治療術師(ヒーラー)を中心に()え、戦闘部隊はそれを守りながら四方に散会・迎撃! 魔術師隊は攻撃魔術、治療術師ヒーラーは障壁魔術の準備を!」



 アイシャが号令を飛ばせば、団員たちは短い時間で配置につき、会敵に備えた。



(ここまで接近されるまでわからないなんて、確かにあり得ない)



 探知魔術の範囲は術者の力量に左右されるが、今いるメンバーであれば最低二キロ(けん)内は索敵可能だ。



(先ほどの地震といい、想定外の事ばかりね。団長や他の班も気掛かりだけど、いまはこの場を切り抜けるのが先——!)



 アイシャはロッドを手に、魔術の詠唱を始める。

 獣の駆ける音が、すぐそこまで近付いていた。






 ——四方から襲ってきたそれに、アイシャ達は応戦した。


 近接武器を得意とする団員が前衛で魔狼(まろう)を抑え、弓を扱う団員はその後方から援護。


 展開した障壁魔術の中央で魔術師達が攻撃魔術を、治癒術師(ヒーラー)は回復と強化による補助を飛ばす。


 戦闘直後は、怒涛(どとう)の勢いで押し寄せた魔狼の数の多さに後れを取ったが——今は余裕のある展開へ持ち込めていた。


 魔狼(まろう)の反応に気付いた三班が西側、五班が南東でそれぞれ討伐に当たってくれたからだ。


 しかし、いくら倒せど魔狼(まろう)の数が減ることはなく、アイシャは増える魔狼の殲滅(せんめつ)を狙って、大規模魔術の行使を決定する。


 そうして——。


 アイシャを含めた五人の魔術師は、大規模魔術を詠唱するために展開した魔法陣の上で、精神を研ぎ()ませていた。


 瞑想(めいそう)を始め、程なくして、視覚化したマナが銀の(きら)めきを見せる。

 魔術の行使に必要なマナが満ちるのを感じたアイシャは、魔術師達と詠唱を開始した。



『舞い踊る雪、吹き抜ける風。 水よ、その恵みと(けっ)せ』



 声が重なって響く。

 大気に集ったマナが淡い青へと色を変えて、光を放ち飛び交っていた。



『風よ、荒れ狂う波を起こせ』



 声を高らかに響かせ(つむ)ぐと、周囲の空気が冷えていく感覚があった。



氷水(ひょうすい)よ、冷厳(れいげん)なる刃よ。地をも揺るがす()の力、今こそ解き放たん』



 ちらちらと、雪が舞い始める。



『大地を伝い、(なんじ)がための道を()し、咲き(ほこ)れ!』



 身震いするほどの冷気が辺りを包み込んでいく。



咲き乱れる氷華の津波ヴェント・アンタンス・フルーレグラス!』



 最後に術名を叫び、魔術の完成を告げた。

 と、前衛にいた団員が中央へと退避して行き、魔術が具象化する。


 冷風が吹き、空から舞った雪の結晶が地に落ちる。

 すると、生まれた氷が荒れ狂う津波のように地を這()った。


 氷の波は魔狼(まろう)を飲み込み、大地を走って広範囲へ。


 逃れようとする魔狼(まろう)を次々と(とら)えて、(するど)く盛り上がり、まるで花の花弁のように美しい氷塊へと姿を変えて行く。


 そして——優美で冷殺(れいさつ)な氷花の大輪が、山間に開花した。


 魔術師数人の合唱(がっしょう)により展開したのは、氷属性の大規模魔術だ。


 アイシャはマナがごっそりと抜ける感覚に、息苦しさを覚える。

 肩を上下させて呼吸を整えながら、一帯に咲いた巨大な一輪の花——凍り付いた景色を見渡す。

 

 動く魔狼(まろう)の姿はなかった。



「……状況は?」



 アイシャは探知魔術を展開中の魔術師に声をかけた。



「一帯の魔狼(まろう)の沈黙を確認。しかし……(いま)だ多数の反応有、北、北東方面より接近しています」

「まだ来るって言うの?」



 一体どこに隠れていたと言うのか、魔狼(まろう)の数は減る気配がない。

 今のところ町に被害は及んでいないようだが、団員達に疲弊(ひろう)の色が見え始めていた。



(このままでは消耗戦になる。なんとか手を考えなければ)



 そう思ったところで——。


 「リリリン、リリリン」とリングトーンが響き、アイシャは柘榴石(ガーネット)色の魔輝石(マナストーン)がついた腕輪型のリンクベルに素早く触れた。



『アイシャ、そちらの状況はどうなっている?』



 応答すると、聞きなれた低音が耳に届いた。

 ルーカスの声だ。



(団長……よかった)



 通話が途切れたため心配だったが、連絡が取れてほっと胸を撫でおろした。



「団長、ご無事で何よりです。こちらは狼型の魔獣と交戦中——なのですが、様子がおかしくて」

『……魔狼(まろう)の数が減らない、か?』

「そうです。何かご存知(ぞんじ)なのですか?」

(くわ)しい話は後でしよう。まずはそちらへ合流する』

「わかりました。お待ちしています」


(団長が来てくれる)



 頼もしい援軍の知らせだった。

 喜びを感じて、アイシャは頬が(ゆる)みそうになったが、魔狼(まろう)の到来が迫っている。


 今は気を引き締めねば、と己を厳しく(りっ)した。



「もうすぐ団長が来てくださる! 皆それまで油断せず討伐に当たれ!」

「おおー!!!」



 疲れを見せていた団員たちが、力強い雄叫びを上げた。

 皆、期待しているのだ。


 〝救国(きゅうこく)英雄(えいゆう)〟——その名に(たが)わず、団長ならばきっとこの状況をどうにかしてくれる、と。


 先の見えない戦いに、一筋(ひとすじ)の光明が差した。

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