第七話 山岳に咲く氷華の大輪
アイシャと七班の団員達が地震に見舞われたのは、魔狼探索のた木々の生えた傾斜の緩い山間を縫って探索していた時だ。
小さくはない揺れだったが、これといった被害は幸いにもなかった。
だが、坑道となれば話は別である。
もし揺れで崩れていたら、逃げ場をなくしているかも——そんな不安がよぎり、坑道へ入った団長達の様子が気になって、アイシャは通信を入れた。
一応、無事を確認する事は出来たのだが、「確かに〝闇〟だ」とその言葉を最後に、ルーカスから応答がなくなってしまう。
アイシャはリンクベルに向かって「団長!」と呼びかけ続けたが、幾度呼んでも返事はなかった。
腕輪型のリンクベルを見れば、通話中は光る魔輝石の輝きが失われていて、通話が切れてしまっている事を悟る。
アイシャは再度通話を——と思ったが、それは叶わなかった。
「た、大変です! 探知魔術に、狼型の魔獣の反応が……!」
慌てた様子の魔術師が標的の発見を告げたからだ。
「なんで急に……」
「こんなのあり得ない!」
だが、魔術師たちの様子が可笑しい。
顔面を蒼白させて、取り乱している。
「どうしたの? 反応はどこから?」
「四方から反応あり。数は四十……五十……!」
「距離三百メートル、いや二百八十、遠方にも多数の反応を確認——だめです、このままでは囲まれます!!」
アイシャは目を見開いた。
魔狼の接近速度を考えると、遭遇まであと二十秒と言ったところだろう。
「——全員戦闘態勢!
魔術師隊と治療術師を中心に据え、戦闘部隊はそれを守りながら四方に散会・迎撃! 魔術師隊は攻撃魔術、治療術師は障壁魔術の準備を!」
アイシャが号令を飛ばせば、団員たちは短い時間で配置につき、会敵に備えた。
(ここまで接近されるまでわからないなんて、確かにあり得ない)
探知魔術の範囲は術者の力量に左右されるが、今いるメンバーであれば最低二キロ圏内は索敵可能だ。
(先ほどの地震といい、想定外の事ばかりね。団長や他の班も気掛かりだけど、いまはこの場を切り抜けるのが先——!)
アイシャはロッドを手に、魔術の詠唱を始める。
獣の駆ける音が、すぐそこまで近付いていた。
——四方から襲ってきたそれに、アイシャ達は応戦した。
近接武器を得意とする団員が前衛で魔狼を抑え、弓を扱う団員はその後方から援護。
展開した障壁魔術の中央で魔術師達が攻撃魔術を、治癒術師は回復と強化による補助を飛ばす。
戦闘直後は、怒涛の勢いで押し寄せた魔狼の数の多さに後れを取ったが——今は余裕のある展開へ持ち込めていた。
魔狼の反応に気付いた三班が西側、五班が南東でそれぞれ討伐に当たってくれたからだ。
しかし、いくら倒せど魔狼の数が減ることはなく、アイシャは増える魔狼の殲滅を狙って、大規模魔術の行使を決定する。
そうして——。
アイシャを含めた五人の魔術師は、大規模魔術を詠唱するために展開した魔法陣の上で、精神を研ぎ澄ませていた。
瞑想を始め、程なくして、視覚化したマナが銀の煌めきを見せる。
魔術の行使に必要なマナが満ちるのを感じたアイシャは、魔術師達と詠唱を開始した。
『舞い踊る雪、吹き抜ける風。 水よ、その恵みと結せ』
声が重なって響く。
大気に集ったマナが淡い青へと色を変えて、光を放ち飛び交っていた。
『風よ、荒れ狂う波を起こせ』
声を高らかに響かせ紡ぐと、周囲の空気が冷えていく感覚があった。
『氷水よ、冷厳なる刃よ。地をも揺るがす其の力、今こそ解き放たん』
ちらちらと、雪が舞い始める。
『大地を伝い、汝がための道を為し、咲き誇れ!』
身震いするほどの冷気が辺りを包み込んでいく。
『咲き乱れる氷華の津波!』
最後に術名を叫び、魔術の完成を告げた。
と、前衛にいた団員が中央へと退避して行き、魔術が具象化する。
冷風が吹き、空から舞った雪の結晶が地に落ちる。
すると、生まれた氷が荒れ狂う津波のように地を這った。
氷の波は魔狼を飲み込み、大地を走って広範囲へ。
逃れようとする魔狼を次々と捉えて、鋭く盛り上がり、まるで花の花弁のように美しい氷塊へと姿を変えて行く。
そして——優美で冷殺な氷花の大輪が、山間に開花した。
魔術師数人の合唱により展開したのは、氷属性の大規模魔術だ。
アイシャはマナがごっそりと抜ける感覚に、息苦しさを覚える。
肩を上下させて呼吸を整えながら、一帯に咲いた巨大な一輪の花——凍り付いた景色を見渡す。
動く魔狼の姿はなかった。
「……状況は?」
アイシャは探知魔術を展開中の魔術師に声をかけた。
「一帯の魔狼の沈黙を確認。しかし……未だ多数の反応有、北、北東方面より接近しています」
「まだ来るって言うの?」
一体どこに隠れていたと言うのか、魔狼の数は減る気配がない。
今のところ町に被害は及んでいないようだが、団員達に疲弊の色が見え始めていた。
(このままでは消耗戦になる。なんとか手を考えなければ)
そう思ったところで——。
「リリリン、リリリン」とリングトーンが響き、アイシャは柘榴石色の魔輝石がついた腕輪型のリンクベルに素早く触れた。
『アイシャ、そちらの状況はどうなっている?』
応答すると、聞きなれた低音が耳に届いた。
ルーカスの声だ。
(団長……よかった)
通話が途切れたため心配だったが、連絡が取れてほっと胸を撫でおろした。
「団長、ご無事で何よりです。こちらは狼型の魔獣と交戦中——なのですが、様子がおかしくて」
『……魔狼の数が減らない、か?』
「そうです。何かご存知なのですか?」
『詳しい話は後でしよう。まずはそちらへ合流する』
「わかりました。お待ちしています」
(団長が来てくれる)
頼もしい援軍の知らせだった。
喜びを感じて、アイシャは頬が緩みそうになったが、魔狼の到来が迫っている。
今は気を引き締めねば、と己を厳しく律した。
「もうすぐ団長が来てくださる! 皆それまで油断せず討伐に当たれ!」
「おおー!!!」
疲れを見せていた団員たちが、力強い雄叫びを上げた。
皆、期待しているのだ。
〝救国の英雄〟——その名に違わず、団長ならばきっとこの状況をどうにかしてくれる、と。
先の見えない戦いに、一筋の光明が差した。
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