第二十四話 贖罪を願う≪expiation≫
魔術器の調整が行われている間、ルーカスはまた封印部屋で過ごす事になった。
「閉じ込めるみたいで、ごめんね」
「イリアが謝る事じゃないだろ?
それに仕方ないさ。魔術器がないと、力が抑え込めるか怪しいしな。
鍛錬詰めだったから、いい休暇だと思うよ」
謝罪を口にするイリアへ笑って、ルーカスは整えられた寝台へ腰を下ろした。
相変わらず一面が真っ白で、慣れないうちは目が痛い。
天井を眺めて、そんなことを考えていると。
ルーカスの隣へイリアが腰を下ろした。
驚いて視線を向けると彼女は仮面を外し、何の戸惑いもなく見つめ返してくる。
部屋の中には椅子だってあるのに、何故隣に座るのだろう。
訝しんでいると、イリアはきょとんと首を傾げた。
「どうしたの?」
それはこちらの台詞である。
「いや、何で隣に……?」
「……?」
質問の意図がわからないらしい。
薄々感じてはいたが、彼女は妙に距離の近い時がある。
誰かその辺を指導する人はいなかったのか。
もう少し警戒心を持って欲しい、とルーカスは深い溜息をついた。
気持ち一人分の距離を取って、座る位置をずらす。
と、イリアが不思議そうに見つめて来た。
——純粋な彼女が可愛いと思えて、胸が鼓動を早める。
だが、意識していはいけない。
意識したら負けだ、とルーカスは自分に言い聞かせた。
ひとまず深呼吸をして、それから平静を取り繕うために話題を投げる。
「魔術器の調整は、どれくらいで終わるかな。
武器にも対策するって言ってたから、結構時間が掛かりそうな気もするけど」
「お爺さんは武器が出来上がり次第、『超特急で仕上げる』って言ってた」
「エルディック殿は仕事が早いって有名だからな。
そうなると、武器の出来上がりを見込んで、二~三週間くらいかな?
少し長めの休暇になりそうだ。
なまらないように、この部屋にいる間も筋力トレーニングはしっかりしておかないと」
「熱心だね。……それと、ね。ルーカスの魔術器の調整が終わったら、ルーカスを任務に就かせるって、猊下が言ってた」
それは初耳である。
いよいよ、あの男の下で働かなければならないのだと思うと気が重くなり「そっか」と、ルーカスは素っ気ない返事をしてしまった。
「使徒の使命は、嫌? 気が乗らない?」
「……そうじゃ、ないんだけどさ」
ルーカスは己の両手を見つめて、握り締めた。
この手は奪った命の血潮で、真っ赤に染まっている。
(俺は自分の感情に呑まれて力を暴走させ、多くの人の命を奪った大罪人だ。
如何に戦場での出来事とはいえ、許されていい事じゃない。
罪に問われなかったのは、神秘を発現させた女神の使徒であったからだ)
人殺しという、重く、償いきれない罪がのしかかってくる。
なればこそ、女神の使徒として、世のため人のため、身を粉にして尽くす事は贖いとなる。
(だから、その道が間違いであるとは思っていなかった。
……けれど、枢機卿——ジョセフへの嫌悪感、不信感と言っていいな。
それがわだかまりとなって、素直に受け入れる事が出来なかった)
ルーカスが思考に沈んでいると、
「ルーカスは、どうしたいの?」
と、凛とした声が響いた。
視線を拳からイリアへ向けると、声と同じく凛々しく引き締まった表情を彼女は浮かべている。
「俺は……」
ルーカスは胸の内の願いを言い掛けて、しかし、口を噤む。
罪人には贅沢な願いを抱いてしまったから。
「それを決めるのは、上の人間だ。
俺に決定権はない。
……でも、いいんだ。贖罪が出来るなら、どんな使命でも従うよ」
何でもない事だと笑って誤魔化す。
と、イリアは不服そうに、眉根を下げた。
「……ルーカスは、嘘つき」
「嘘つきって……」
「だって、全然納得してないって顔してるのに、どうして?
どうして、そんな風に笑うの……」
イリアの表情が暗くなる。
心配してくれているのだろう。
この頃の彼女は、感情豊かだ。
以前はフェイヴァのように何を考えているのか読めなかったが、今は違う。
こんな時に考える事ではないけれど、ルーカスは彼女の変化を嬉しく思った。
そして、ここまで見抜かれていては、格好つけてみせたところで余計心配をかけてしまうだけだろう。
ルーカスは観念して、胸の内を曝け出してゆく。
「気に掛けてくれてありがとな。
イリアの言う通り、納得はしてないさ。
出来る事で罪を償いたいと思ってはいるけど、あんな風に一方的に……脅すように従えって言われてもな。感情が追い付かないのが正直なところだよ。
大体、外部との連絡も禁止されているし、情勢も教えてくれないだろ?
自分が咎人の自覚はあるさ。
けど、罪滅ぼしのために体のいい駒として扱われるのは、いくら教会の理念が素晴らしいものであっても思うところがある。
……それに、叶うのならば家族と友人に会いたい。一瞬だけでも……」
ルーカスはこの後もいくつか、ぽつぽつと言葉を溢した。
イリアはそれを静かに。
静かに最後まで聞いてくれた。
ルーカスが吐露を終えると、イリアは瞼を伏せて。
「それが、ルーカスの望みなんだね」
と頷き、立ち上がった。
「償いたいといいつつ、贅沢だろ?」
ルーカスが嘲笑してみせると、イリアは銀糸を横に揺り動かして。
「そんなことないと思う」と呟きながら、ゆっくり瞼を開いた。
再び開かれた彼女の勿忘草色の瞳には——。
何かを決意した時のように、炎のような煌めきが灯っている。
キラキラと宝石みたいな瞳を輝かせたイリアは柔らかな微笑みを見せた後、仮面を被り。
「任務があるから、行くね。また明日、会いに来る」
そう言い残して、部屋の入口へ向かって行った。
ルーカスは「また、明日」と返事を投げて、銀糸の靡く背が白い壁の向こうへ消えるまで見つめていた。
(——この時、イリアが何を思い、何を決意したのか。
それは遠くない未来で、知る事になる)
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