表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
哀歌~追憶~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

179/190

第十四話 呪いか祝福か≪malédiction ou une bénédiction≫


「…………話? 私、と?」



 少女が首を傾げた。

 銀糸が揺れて、甘い花の芳香が鼻孔をくすぐる。


 長らく血生臭い幻影に苛まれてきたルーカスにとってそれは、日の当たる場所に存在する香り。心安らぐ香りであった。


 ルーカスは頬を濡らす涙を自ら拭い去り、少女を見据える。



「色々と……教えて欲しいんだ。君のことや、この場所の事、帝国との戦いがどうなったのか——。わかる範囲でいいから」


「……うん。いいよ」



 少女は迷う素振りもなく、静かに首を縦に振った。



(そうして、彼女は質問に答えてくれた)



「君は、何者なんだ?」


「私は、女神様の(しもべ)女神の使徒(アポストロス)、【太陽(たいよう)】のレーシュ」


「レーシュ……君が、あの……」



 少女が近頃、戦場で活躍する〝旋律(せんりつ)戦姫(せんき)〟と呼ばれる使徒であると聞き、ルーカスは驚きを隠せなかった。


 二度、仮面に隠された容姿を盗み見ただけだが、まだ成人に満たない年頃である事は明らか。


 神秘(アルカナ)が年齢に関係なく、相応しい者に発現する代物だとルーカスも知っていた。

 知ってはいても、自分より幼い少女が戦場へ立っている事に、居た堪れない気持ちになってしまう。


 そして、彼女の正体を知った事で、この場所の憶測もついた。



「ここは教団——アルカディア神聖国のどこか……か?」


「……そう。ここはディラ・フェイユ教皇庁の地下。封印部屋」


「封印部屋?」


「貴方の力……〝破壊〟と〝崩壊〟の力を、抑え込むための場所」


「破壊……崩壊……」



 あの戦場で手にした力を指しているのだろうが、いまいちピンと来ない。


 ただ、〝破壊〟については思い当たる節があることにはある。


 それはエターク王国の王族に発現してきた特異な能力。〝あらゆるものを破壊する〟と言い伝えられる力だ。


 だが、実際は〝物を壊しやすくなる〟〝殺傷力が上がる〟〝魔術の破壊力が高まる〟と言う程度。

 ルーカスもその片鱗を受け継いでいたが、アレイシスを殺めた時のように、人を一瞬で消し去れる程の力はなかった。


 力の由来は長い歴史の中で忘れ去られている。

 そして、極稀に強大な力を覚醒させる者がいたと言うが——「自分もそうなのだろうか?」と考えを巡らせた。


 おもむろに少女の白い手がルーカスの左手を掴まえる。

 予期せぬ接触、先程とは逆の構図に瞠目(どうもく)した。



「ここ、見える?」



 と、ルーカスの手枷の隙間を少女が指差した。


 指先を視線で追う。追って行くとその先の皮膚に何か——赤い〝(あと)〟があった。

 文字にも酷似(こくじ)している。


 この、体に刻まれた文字のような痕の意味は何か。「まさか」とは思うが、察しがつかないほど無知ではない。



「——聖痕(せいこん)……」



 思い至った答えに、こくり、と少女が頷いた。


 聖痕(せいこん)は女神の恩寵(おんちょう)たる神秘(しんぴ)、アルカナを(たまわ)った使徒の証。

 使徒は神秘(アルカナ)という常軌を逸した強大な力を手にした、人ならざる女神の(しもべ)である。



「うん。貴方は私と同じ、使徒。女神様の祝福を受けて、【塔】の神秘(アルカナ)を授かった、使徒」


「【塔】の、神秘(アルカナ)……」



 実感が、ない。夢にも思わない事実だ。


 何故なら、手にした力からはもっと……(くら)くて禍々(まがまが)しい、恐ろしいものの気配を感じていたから。



(——それも、そのはず。【塔】が(かん)する〝崩壊〟とは別に、〝破壊〟の力は魔神(まじん)権能(けんのう)だというのだから。

 なら、力が目覚めたあの時に聞いた声は、きっと……)



 ルーカスはまじまじと刻まれた痕を見やり、思う。



「……女神は、どうして……」



 あのタイミングで力を与えたのか。


 自分に使徒となる資格があったのなら、あんな取り返しのつかない事態となる前に、神秘(アルカナ)を授けてくれなかったのか、と。



「力を与えるなら、もっと早く、早く与えてくれれば良かったのに……っ。

 そうすれば、みんな……セイランも、カレンも……!」



 守れたのに——。

 自分の過ち、弱さを棚に上げて、そんな事を思ってしまった。



(女神に非はない。奇跡をあてにするのは、お門違いだ。それでも、もしもを考えると、やり場のない感情が押し寄せて、苦しくて……。

 ……俺は、押しつぶされそうになる心をどうにか保とうと、必死だった)



「…………ごめん、なさい」



 消え入りそうな(かす)れた声が少女から発せられた。



「……っどうして、謝るんだ? 君は、何も悪くないだろ」



 少女が力なく首を振る。



「ううん。貴方の悲しみは、私の努力が足りなかったせい」


「は……? そんな訳が……」



 この少女は何を言っているのだと、ルーカスは眉を(ひそ)めた。


 まさか少女が、女神本人というわけでもなし。

 仮にそうだとしても、さっきの発言だって、ただの責任転嫁だとわかっている。



「……私は、女神様の(しもべ)。授かった使命は、この身を捧げて女神様の愛する世界の(なげ)き悲しみを(はら)う事。……なのに、たくさん、手が届かなくて。悲しむ人が、減らない。いつまでも、完璧に使命を果たせない、私のせい……」



 少女の言葉に耳を疑った。


 使徒が神秘(アルカナ)という強大な力を宿すだけの存在ではなく、教団の掲げる理念の(もと)、女神の思想を体現するため使命を帯びているのは、誰もが知っている。


 使徒の本能に従って、思考が感化されるという事も、知識として学んだ。


 が、彼らだって使徒である前に一人の人間だ。

 万能じゃない。出来ることには限りがある。


 この少女に己の悲劇の責を負わせるなど、あり得ない。



「違う、君のせいじゃ——」



 否定しようとしたルーカスの言葉を(さえぎ)って「リンリン」と鈴の音が鳴る。

 見れば、少女の胸元にあしらわれた紅い宝石が(またた)いていた。リンクベルだろう。



「……呼ばれた。行かないと」



 すっと手が離された。(きびす)を返した少女の銀糸が、ふわりと(なび)く。甘い花の芳香。靴音を響かせて、小さな背が遠ざかっていく。鉄格子の向こう側へ。


 今度こそ、行ってしまう。

 ルーカスは手を伸ばして追いかけようとしたが、(くさり)(はば)まれた。


 その間に、少女は壁と同化した部屋の入り口へ辿り着き、扉を開いた。



「レーシュ! まだ君と、話したいことが……!」



 ルーカスの呼び掛けに少女が止まることはなかったが、閉まりゆく扉の先で一瞬、こちらへ顔を向けて。



「うん。また……来る」



 花の残り香と、再会の約束を残して去って行った。


 こうして、少女との交流が始まり、いつの間にか、ルーカスが(おぞ)ましい幻影を視る事もなくなって行く——。

 「面白い!」「続きが読みたい!」など思えましたら、ブックマーク・評価をお願い致します。

 応援をモチベーションに繋げて頑張ります。

 是非、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ