第十二話 絶望≪desespoir≫
※ルーカス病んでいるので少し注意です。
暴走するルーカスを止めたのは、一人の少女だった。
少女はこの世界を創造したという女神と同じ特徴——銀糸を靡かせ、白銀の仮面の下に淡い青眼、勿忘草色の瞳を隠し持っていた。
その正体は、女神が世界に遺した様々な恩寵の一つ、神秘の力を授けられ、その身に聖痕を刻まれし女神の僕。
アルカディア教団の女神の使徒である。
(俺を止めた女神の使徒の少女こそ、代替わりした【太陽】の使徒。旋律の戦姫・レーシュと謳われる、イリアだった。
けれど、俺がそれを知るのは、教団に保護されてしばらく経ってからになる)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アルカディア教団の総本山、世界の中心、世界樹の麓に興った宗教国家アルカディア神聖国。
首都フェレティ・ディラ・フェイユ教皇庁の宮殿の地下には、封印部屋と呼ばれる牢獄が人知れず存在する。
少女の歌を耳にして意識を喪失したルーカスは、そこへ運び込まれた。
しかしながら、運び込まれた当初、ルーカスは自身の置かれた状況を冷静に理解し、判断出来る状態にはなかった。
(……カレンの、あんな最期を目の当たりにして……。彼女の死へ至るまでの情景が何度も、何度も、フラッシュバックした。その度に、守れなかった後悔、拭えない喪失感、絶望に襲われた。
更には、殺したはずのヤツが、幻影となって目の前に現れ、憎たらしく嗤っていて——)
「アレイ、シス……ッ! 殺してやる、殺してやる!!」
視えるそれが本物か幻であるかに関わらず、ルーカスは暴れ狂った。
鎖で拘束された両手両足を可能な限り動かした。金属で手足が擦れて鮮血が流れ落ちても、肉体の痛みより精神的苦痛が優った。
血だらけになって足掻き。
手にした〝力〟を揮って消し去ろうとした。
(まともな精神状態ではなかったな……)
だが、この白一色に塗られた牢獄の中では、力を使う事が出来ず。
「ああ、あ゛ああ゛ッ!!」
消し去れない幻影という悪夢に惑わされて苦しんだ。
泣いて、叫んで——。
悪夢から逃れようとして、自傷行為にも及んだ。
そうして、ルーカスが騒ぎ立てていると決まって、少女は姿を現わした。
『——愛し子よ お眠りなさい
マナのゆりかごに抱かれて』
〝あの歌〟を口ずさみながら。
歌を耳にすれば、ルーカスの心は凪いだ。不思議なくらいに。
負の感情もろとも幻は消え失せて、ついでに意識を刈り取られた。
瞼を閉じる前に見るのはいつも、鉄格子の先にいる少女。白銀の仮面を付けた表情の読めない少女が、見下ろす姿だった。
(彼女の歌を聞き、眠りに落ちている間は、心穏やかでいられた。……何も、感じないから。考えなくて良いから。辛い現実を忘れる事が出来た)
しかし、目を覚ませば、耐え難い現実がやって来る。
大切な人を死へ追いやった己の罪を突き付けられ、心の弱さが生み出す幻影に苛まれた。
「うわあああぁッ!!」
『——愛し子よ お眠りなさい
私の愛が 満ちる世界で』
絶望と——。
「俺が……俺が、あの時、選択を間違わなければ……っ。カレン、カレン……っ! う゛う゛うぅ!!」
『——この手を合わせて 希う
どうか愛しい子らが 幸福でありますように』
悲嘆と——。
「……す、殺す、殺す、殺す!! アレイシス、帝国兵……カレンを弄んだ悪魔ども……アイツらに、カレンが受けた痛みを刻んで……刻んで、刻んで——刻んでッ!!」
『——……っ、魅せましょう まほろばの幻夢
嘆き苦しみはここにない
現世を忘れ 穏やかなる時に微睡みなさい』
——憤怒。
激情により発狂するルーカスを、少女の歌が鎮めた。
そんな応酬が何度も、何日も。飽きることなく繰り返された。
ルーカスは夢と現を幾度となく行き来して——。
その狭間で少しずつ、少しずつ。
理性を取り戻していった。
冷静に思考出来るようになると、ルーカスの中に沢山の疑問が浮かび上がった。
何故、自分はここにいるのか。
何故、鎖に繋がれているのか。
そもそも、ここはどこなのか。
あの後カレンは……王国軍は、どうなったのか。
アレイシスを消し去ったあの力は何なのか。
自分を鎮めるあの歌は、白銀の仮面を付けた少女の正体は——。
と、正気でいられる僅かな間に、多くの思考を巡らせた。
けれども、誰かに問い掛けようにもルーカスの元へ訪れるのは白銀の仮面の少女だけ。
この場所は牢のように見えるが、その割に綺麗なベッドが寝床としてあり、水回りの設備も整っている。
そして鉄柵の向こうに見張りが立っている様子はなく、入口らしきものも視認できない。
食事などは眠っている間に、いつの間にか置かれていた。
幸いにも最低限の衣食住は保障されているが、外部との情報が遮断された状態である。
ならば「あの少女に尋ねれば」——と、そう思いはするものの、彼女が現れるのは自分が正気を失っている時と決まっていた。
「…………八方塞がり、だ」
珍しく悪夢にうなされず目覚めたルーカスは、備え付けのベッドへ沈んで独りごちた。
ここで出来るのはせいぜい、思考することくらい。
だが、いくら考えたところで疑問に対する解は得られず、堂々巡りであった。
何気なく体を捩り、左側へ寝返りを打つ。
と、下にした方のエラ骨に何か硬い物が当たった。
「——っ!」
痛みが走って起き上がり、触れて。
ルーカスは思い出す。そこに、何があるのかを。
そこにあるのは、リンクベルだ。
エターク王族の瞳と同じ色、柘榴石に似た輝きを放つ魔輝石をあしらったピアス型のリンクベル。
婚約者の誕生日のお祝いに贈った品で、二つで一組の物だ。
ルーカスの片耳に飾られたこれと、対となるピアスは彼女の片耳にある。
「いつでも連絡を取れるように」と、贈った物だが——。
その役割が果たされる事は、なかった。
「……カレン……」
目尻から大粒の、真珠のような雫が零れた。晴れることのない哀しみが、心に雨となって降りしきる。
「あぁ……カレ、ン。……うぅっ! あ゛あ゛あぁ!!」
喪失の痛みが胸を抉り、這い上がる絶望がまた、ルーカスを狂わせた。
——終わりなき悪夢。
悪夢に終焉を告げるのは、ルーカスを思い遣る少女の心——愛と、歌だった。
「面白い!」「続きが読みたい!」など思えましたら、ブックマーク・評価をお願い致します。
応援をモチベーションに繋げて頑張ります。
是非、よろしくお願いします!




