第六話 急転直下≪tomber≫
物資の搬入作業が終えて、ルーカスが倉庫から外へ出ると、空のキャンパスを夕闇が染め上げていた。
引き伸ばされた黒の色彩が茜に混じって紫紺に代わり、まだらな闇に浸食されて行く——。
とても不気味な様相だった。
「なんだか、陰鬱とした空模様ね」
「……ああ、嫌な色だな」
ルーカスはカレンの呟きに頷いた。
不安を掻き立てる色合いに、心臓が鼓動を速めている。
まるで悪い事が起きる前触れのように思えて、心がざわついた。
(——これが、最後の機会だった。この後は、もう……)
逃れようのない運命の糸に、絡め取られて行くことになる。
芽生えた一抹の不安を振り払って、カレンを砦へ送るため陣地を歩いていると、
カンッ! カンカンカンカンカン
と、警鐘が鳴った。
一度鐘が鳴った後に五度続けての連打。
このパターンが示すのは、魔獣の襲来だ。
だが、ここに来てから何度か同じ事があったので、そう驚きはせず。
「また魔獣か。このところ頻出してるな」
「まあ、警戒に当たっている騎士達が倒すだろうから心配ないさ」
と、呑気に話す通りすがりの騎士と同様に、ルーカスも考えていた。
しかし、予想に反して、陣地内は徐々に騒がしくなっていき——。
「うわああ!!」
「ぎゃああッ!!」
悲鳴が聞こえ始める。
そうなってようやく、異変を悟る。
ルーカスは咄嗟にカレンを背へ庇い、刀の柄に手を添える。
セイラン以下、護衛の騎士達も瞬時に警戒態勢を取り、直後に「ウォォォン!」と遠吠えがした。
刹那の内に、人垣を超えて俊敏な多数の黒い影が、「グアアァ!」と低い唸り声を上げて迫った。
騎士達が一斉に抜剣。
影の正体を確認することなく、問答無用に切り捨てる。
ルーカスも、こちら目掛けて跳ぶ影を刀の抜き様に斬る。
と、それは「キャン!」と断末魔を上げて地に落ちた。
かくして、それの正体は——。
次に迫ったそれを、ルーカスは視界に捉えた。
——姿形は犬や狼、そのものだった。
だが、禍々しい黒いオーラを纏い、獰猛な赤い瞳をギラつかせている。
この特徴を有する生物は、総じて次のように呼称された。
「魔獣!!」
——と。
「何故、こんなところまで! 魔術による探知は、討伐に当たっているはずの騎士達は一体何を……!?」
「セイラン、話している暇はない!」
魔獣が波の如く押し寄せて来ていた。
大口を開けて喰らいつこうとする魔獣を、ルーカスは斬り払う。
「くっ! 姫様を守れ!!」
護衛の騎士達がカレンを取り囲むように散会した。
彼女を守る為に。
ここからが悪夢へのカウントダウン。
予想だにしない魔獣の襲撃を受けて、各々が死力を尽くした。
けれども、斬っても、斬っても。
魔獣の数が減ることはなかった。
まるで湯水の如く、魔犬、魔狼が沸き、果ては魔熊までもが現れた。
(……魔獣は、きっと門から出現していたのだろう。でなければ、あれだけの大群を探知魔術で察知出来ないわけがない)
「くそ! 次から次へと……! 通信は、状況はどうなっている!?」
「駄目です、何度試みても繋がりません!」
護衛の騎士達がこんなやりとりをしていたのを覚えている。
残念ながらこの時点でもう、リンクベルによる通信、有人の伝令は機能していなかった。
(リンクベルの通信が行えなかった原因は未だ明らかになっていないが……何らかの妨害工作がされていたと考えられている。
有人の伝令に関しては……ゼノン達のいる前線の状況を考えれば無理もないことだ。
魔獣の襲撃に合わせて帝国軍が攻め入って来たのだから、そんな余裕なんてないさ。
帝国軍の接近には何故、気付けなかったのか? という疑問も残るが……門と帝国は無関係ではない。
門に準ずる何らかの転移手段をヤツらが有しているとすれば、納得がいく)
援軍もなく、状況もわからず。
撤退しようにも魔獣の厚い壁が進路を塞いでいて、身動きが取れないルーカス達に出来たのは、ただひたすらに戦う事だけ。
「どきなさい! 私も戦うわ!」
後方のカレンが、剣を抜く音が聞こえた。
そちらへ視線を送る余裕はない。
「カレン、君は出て来るな!!」
ルーカスは叫んだ。
「なりません、姫様!」
と、セイランの声も続く。
「この状況で、黙って守られていろと? バカな事を言わないで! 今は一人でも多くの戦力が必要なはずよ、私が活路を切り開くわ!」
魔獣の対処に手一杯で、誰も彼女を止める事が出来なかった。
『来たれ、天空を翔る雷霆 立ち塞がる者を滅せよ!』
紫色のマナを煌めかせてカレンが躍り出る。
「カレン!!」
「姫様!!」
『轟け、紫電の鉄槌! 憤激の雷光!』
カレンが発動した魔術は轟音を轟かせて雷撃を降らせ、直線状の魔獣を撃ち滅ぼした。
「道が……!」
彼女によって拓かれた、撤退の為の道。
「聞きなさい! この戦場にあって命ある者、生きる事を諦めぬ者よ! 我の雷鳴が轟き、耀く先に続け!!」
この声を聞いた者はきっと、希望を抱いただろう。
一縷の望みが繋がった、と。
あの瞬間に選択の余地などない。
留まっていても、魔獣に食い殺されるのを待つだけだ。
道を進むことに、異を唱える者は一人としていなかった。
(……けど。進んだ先に、希望なんてなかった)
勇敢にも先陣を切った彼女を追って、我武者羅に進んだ道の先にあったのは——。
絶望だ。
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