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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
哀歌~追憶~

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第三話 歯車≪engrenage≫



「完敗です、ルーカス殿。貴方の姫様への想いも、改めて理解致しました」

「…………ああ。

 わかって貰えて、嬉しいよ……」



 ルーカスは夕陽を背にスッキリとした表情のセイランと握手を交わしながら、げんなりとした。


 彼女を納得させるのは、本当に、本当に骨が折れた。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 ルーカスはセイランの誤解を解こうとしたが、彼女は言葉で(さと)そうとしても聞く耳を持たず。


 「騎士ならば剣で語れ!」との野次が外野から飛んだ。


 本来なら私闘は厳罰もの。


 なのだが、面白がったゼノンが「いい案だね」とあっさり模擬戦の許可を出した。


 カレンも助け舟を出すどころか「カッコイイところ見せてね!」と屈託のない笑顔を見せる始末。

 王族の二人がこうでは、止められる者はない。


 ……とんだ災難である。






 そもそも。陣頭に立つべきゼノンが何故このような場に足を運んだのか。



「皇太子様ともあろうお方が持ち場を離れ、享楽に(ふけ)って宜しいのですか?」



 と、皮肉たっぷりに問えば



「こう何日もなにもない状況が続くと、だれてくるだろう? 全体の士気を保つため、見て回るのも私の仕事さ。君達の試合も、いい引き締めになるはずだよ」



 割とまともな返答が戻って来た。


 けれど、付き合いが長いのでわかる。



(あいつは、この状況を愉しんでるだけだ!)



 ルーカスは休む間もなく浴びせられるセイランの剣舞を(さば)きながら——燦々(さんさん)とした陽光に似合う爽やかな笑顔を貼りつけて、観戦と洒落込むゼノンに腹を立てた。



「——試合中に余所見とは、随分と余裕がおありですね! 私が三席だったからと、(あなど)っているのですか!」



 上段から大ぶりな斬撃が降る。

 愛刀の刃で受け止めると火花が散り、「ギギギッ」と不快な金属音を奏でた。


 こちらを打ち負かさんと、大層な力が籠められている。


 女性は男性に比べて筋力面で劣り易いというのに、それを感じさせない力強さ。

 彼女の努力がわかる。


 さすが、古くから王国に仕える騎士の家系、アムソニア侯爵家の人間だ。



「侮ってなんかいないさ。君の実力は知っている」



 ただ——彼女の剣筋は、学生時代から素直すぎる。

 捻りなく正面から挑んでくるので読み易く、だから変化球にも弱かった。


 打ち合わせて、競り合った刃の角度をルーカスは素早く変える。

 と、力の均衡を失い、セイランの姿勢が崩れた。


 立て直すまでの刹那。

 ルーカスはセイランの背後へ回り込み、刀を突き付けた。


 勝敗を決するに十分な決め手だ。



「勝負あり! そこまで!」



 判定が下り、観衆が沸いた。


 あっけないが、幕引きである。

 遊びに興じるつもりはないのでこんなものだろう。


 ルーカスは刀を(さや)に納めて一礼した。



「……くっ! 私はまだ、納得していません! もう一戦、手合わせ願います!」

「と、言われてもなぁ……」



 勝ちは勝ち。

 仕事も残したままなので、納得してもらわなければ困る。


 しかしながら。



「いいじゃないか。セイラン嬢の納得が行くまで、付き合ってあげなよ」

「そうそう、裏方ばかりじゃなまるからなー。たまにはこーいう実戦も必要だぜ」

「二人とも頑張ってー!」



 幼馴染達の大きすぎる声を前にしては、ルーカスの意思などあってないようなものだ。


 この状況を突っぱねようものならどうなるか。

 目に見えている。



「逃げるのかい?」「女性相手じゃ全力は出せないかー」「漢らしくない!」と、嘲笑(ちょうしょう)されるに違いない。



(……はぁ。割を食うのはいつも俺なんだよな……)



 ルーカスはまたしてもキリキリと胃が痛んだ。


 「自分だけ何故」と愚痴りたくなるが、幼い時からこうなので、きっとそういう星の下に産まれたのだろう。


 そう思わないとやっていられなかった。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 かくして、セイランが納得するまで模擬戦は続いた。


 途中から彼女は当初の目的など忘れ、試合そのものを楽しんでいた気がする。


 自分も多少なりと楽しんでいた自覚はあるが、冒頭までに要した試合数は幾許(いくばく)か。


 ——思い返すと気が遠くなった。


 あまりにも時間が掛かるものだから、観衆はとうに散っている。

 セイランの闘争心を後押しした幼馴染も言わずもがな。



「今日中に回らないといけないところが残っているからね。私はこれで失礼するよ」



 と、ディーンと控えていた護衛騎士達を連れて、早々に立ち去ったのを覚えている。


 せめて試合にストップをかけてくれればいいものを、丸投げとは無責任にもほどがある。


 今度ゼノンに会ったら、嫌味の一つでも言ってやらないと気が済まなかった。


 ルーカスは遠くから無邪気に駆け寄って来るカレンと、暮れゆく空を仰ぎ見て——。


 「滞った業務が終わるのは、夜半過ぎかな……」と、黄昏(たそが)れた。








 けれども、その〝今度〟が訪れることはなく。

 残酷にも運命の歯車は回る。


 悲劇の、瞬間へと。






 ()しくもその日は、カレンの生誕日(せいたんび)


 彼女の二十歳(にじゅっさい)を祝う吉日は、絶叫の大合唱が響き渡る地獄と化した。

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