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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
哀歌~追憶~

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第一話 罪≪crime≫



(俺とイリアの出会いは、六年前——聖歴十九(じゅうく)年。

 激動の年の出来事……)



 その年のエメラルド月。

 エターク王国より遥か南に位置するアディシェス帝国が、地繋がりで王国と帝国の間にあった〝ゼナーチェ王国〟に突如として攻め入った。


 ゼナーチェ王国と帝国は不戦協定を結んでいた。

 帝国へ王女を嫁がせる、所謂(いわゆる)、政略結婚と言う形で。


 だが、帝国側がそれを一方的に破棄した。


 不意打ちを受けたゼナーチェ王国は、軍事に長ける帝国を前に為す術がなく、一夜の内に占領されてしまう。


 エターク王国はゼナーチェ王国と友好関係にあったが、一夜の内に起きた事では、援軍を出す間などあろうはずもなかった。


 そして、緩衝国(かんしょうこく)の消失によって、帝国がそのまま国境を突破して北上し、エターク王国へ攻め上がって来るのではないか、と危惧される事態に陥る。


 王国は帝国の侵攻に備え、急ぎ国境へ軍を派兵した。


 常駐軍二万(にまん)に加え、王都より追加で五万(ごまん)

 周辺の領地から一万(いちまん)


 総勢八万(はちまん)の戦力が、皇太子ゼノンを旗頭(はたがしら)にして国境へ展開。

 

 帝国の軍事規模を考えれば若干の心許(こころもと)なさはあったが〝王国の(たけ)獅子(しし)〟と呼ばれる元帥(げんすい)レナートが随伴(ずいはん)した事と、間延びするであろう帝国の補給線を考えれば、容易く突破される数ではないと考えられた。


 万一、開戦となればすぐさま援軍を派兵出来るよう、戦時下における体制構築も進められ——。


 王国内は一挙に、緊張感に包まれた。






 ルーカスの配置は、ゼノン旗下(きか)の部隊。

 本来なら最前線に立つはずであった。


 だが、予期せぬ問題(トラブル)が発生し、後方支援部隊へと回されてしまう。


 その問題(トラブル)と言うのが——。



「なんでバレたのかな? 完璧な変装だったのに。ルーカスもそう思うでしょう?」



 黄金色に輝く細長い髪を揺らした少女が、こてんと可愛らしく小首を傾げ〝紅眼(ルージュ)〟の大きな瞳でルーカスを射抜いた。


 彼女は、カレン・ティス・グランルージュ・エターク。


 エターク王国第一王女にして、ルーカスの婚約者。


 彼女が男性騎士に(ふん)して、行軍に紛れ込んでいる事が発覚したのだ。



「バレるに決まってるだろ。この目、紅眼(ルージュ)がエターク王族の特徴である事は常識。

 それを隠しもせず見た目だけ変えて、何処が完璧なんだよ」

朱色(あけいろ)に見えなくもないし、いけると思ったんだけどなぁ」



 根拠のない自信は一体どこから湧いて来るのだろうか。

 ルーカスは頭を抱えた。



「大体、何で付いて来た?

 今回は大人しく待機するよう伯父上(おじうえ)に厳命されただろう」

「そんなの、決まっているでしょう?

 私はこの国の王女で、軍籍に身を置く騎士の一人。

 国の一大事に、安全な場所で黙って見ているなんて出来ないわ」



 カレンがすらりと伸びた両足を広げて胸を張り、確固たる意思の宿った紅眼(ルージュ)(きら)めかせている。



「気持ちはわかるけど、戦場では何が起こるかわからない。今からでも遅くないから、王都に——」

「そんなの、ルーカスやゼノン兄様だって同じでしょう!

 私だって戦えるし、そこらの騎士より実力だってある。

 絶っっ対に帰りませんからね!」



 カレンは頑として譲らなかった。



(一度、言い出したら聞かないんだよな……。

 帰したところで、この様子だと懲りずにやって来るだろうし……)



 カレンの存在が発覚して、後方部隊へ回されたルーカスに与えられた任務は、彼女の送還と護衛。

 前者が難しいとなれば、残る手は一つ。



(彼女を守り抜く。それ以外ない……か)



 幸い腕には覚えがある。

 後方支援部隊は本陣の敷かれた国境から離れた場所に配置されているため、戦闘により戦線が押し上げられない限り、危険は少ない。


 彼女を守るのはそう難しくないだろう。



「……わかったよ。でも、約束してくれ。

 まず、無闇に前線へ行こうとしない事。

 後方支援部隊での任務に注力し、万が一の時は、何を置いても君の身の安全を第一に行動する事。

 そしてここにいる間は、俺の傍を離れない事。いいな?」



 ルーカスはカレンと目線を合わせ、(つや)やかに輝く頭に手を乗せた。

 


「むぅ、過保護ね」



 カレンが不満気に見上げて来るが、これ以上の譲歩は出来ない。



「過保護なもんか。本当は縛ってでも王都へ送還したいんだぞ。頼むから、もっと自分の立場を自覚してくれよ」



 騎士である前に彼女は王族。

 国の象徴であり、尊ぶべき存在だ。


 何より、ルーカスにとっては婚約者でもある。

 建前を抜きにしても、カレンは幼少期から共に過ごし、妹分として見守って来た大切な女性(ひと)



「君に何かあれば、皆が悲しむ。当然、俺も」

「……そんなに心配?」

「当たり前だろ。守り切る自信があったとしても、不測の事態は付き物だ。

 だから、約束して欲しい」



 ルーカスは切なる想いを籠めて、自分と同じ色の瞳を覗き込み、訴えた。


 ほんのりと頬が赤く色付く。

 絹の様に滑らかな髪を撫でるように手を伝わせ頬へ添えれば、赤みが一気に増した。



「カレン」

「……わ、わかったわよ。約束するわよ。

 けど、もしもの時は、私は王女として自分の判断に従う。そこは譲れないからね」



 紅眼(ルージュ)(きら)めきは色褪(いろあ)せない。

 どころか、輝きを増している。



「本当に……頑固なお姫様だな」



 ルーカスは肺に溜まった息を吐き出した。


 そうしてカレンの肩を抱き寄せる。

 「きゃ!」と、小さな悲鳴が聞こえ、(ほの)かにホワイトフローラルの香気が鼻孔をくすぐった。


 騎士になったのは、大切な人を守る為だ。

 この場において、彼女以上に優先すべきものはない。



(俺が、カレンを守るんだ)



 彼女をきつく抱きしめて、心に決意の炎を灯す。


 この時の選択が、大きな過ちであったと気付くのは、後々の事。






(無理矢理にでも、王都へ帰すべきだった。

 俺の過信が……カレンを殺したんだ)



 これは罪の記憶。

 今も昔も、判断を誤って最愛の人を失った、愚かな男の過去の物語。

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