序幕 太陽を失った世界の絶望
過去編、開幕です。
北の大神殿、神の真意。
惑星延命術式の心臓部が置かれた、宝珠の祭壇。
最奥頂上の祭壇に祀られた神聖核にもたれて座り込んだルーカスは、眼下の空間をぼんやり眺めて思う。
——あの戦いから、幾夜が過ぎたのだろうか、と。
視界には魔輝石の生い茂る幻想的な空間が広がっていた。
ここは美しくも哀しい場所である。
世界を存続させるために歴代の【女教皇】達が——ルーカスの愛する人が、神聖核に身を捧げた場所。
この場に存在する魔輝石の輝きは、彼女達の生命の残滓が生んだもの。
今は姿形を保っている最愛の人も、遠くない未来に輝きの一つへと変わってしまうのだろう。
「……イリア」
ルーカスは神聖核を見上げた。
虹色の結晶の中に、慈愛に満ちた微笑みを浮かべて眠るイリアの姿がある。
「どうして……君は……」
何も言ってくれなかったのだろう。
犠牲になるとわかっていて、最後の時に微笑んでいられたのだろう。
もっと早く彼女と向き合っていれば。
失う事を恐れて気持ちに蓋をせず、寄り添っていれば。
あるいは道徳観など捨てて、ノエルに協力していれば——。
と、ルーカスの心に後悔が降り積もっていく。
「君を、守る力が……俺にはあると、思っていた。カレンを守れなかった、無力なあの頃と違って……。
……強く、なったと……俺は……っ！」
自分は愚かにも驕っていたのだ。
ルーカスは拳を握り締めて、唇を噛んだ。
イリアと出会って——過ごした日々が走馬灯のように脳裏を巡る。
辛く悲しい中でも、彼女の想いと歌声に癒され、希望を見出した過去。
記憶喪失となった彼女を公爵邸に保護して、共に過ごした穏やかな時間。
想いを伝え、心を通じ合わせて掴んだ幸福な日々。
——けれど。
この腕にあった彼女のぬくもりは、もう感じる事が出来ない。
ただ、別れ際に贈られた愛の言葉と口付けが、忘れ得ぬ熱となってルーカスの胸を締め付けた。
「……イリア……。
君の歌が……優しく、俺の名を呼ぶ君の声が……聞きたい」
絶望に沈む度、彼女は心を掬い上げてくれた。
これまでのように、今回も——。
「俺を、救ってくれ……俺の光。
あの暖かさを知ってしまったら、もう、一人で光のない道は……歩めない。
……お願いだ。俺を……置いて、行かないでくれ……っ」
ルーカスは込み上げた熱を目尻から溢して、神聖核に縋りついた。
幾度、このように懇願したかわからない。
しかし、神聖核となったイリアが、応えることは決してない。
自分の声が魔輝石に反響して「キーン」と澄んだ音が響いた後、静寂の時が訪れるだけだった。
そうして、またしても大切な人を守れなかった事実をルーカスは痛感し、虚無と絶望に心が飲まれて行く——。
（……痛い。……苦しい。
何も……考えたく、ない。
……このまま、）
ルーカスは脱力し、無機質な神聖核の冷たさを肌に感じながら、瞼を閉じた。
受け入れ難い現実から、逃れる為に。
（……眠りたい……）
——ルーカスは過去の幻夢に身を委ねた。
「哀歌〜追憶〜」
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