『間奏曲 悪魔達の狂詩曲(ラプソディ)②』
惑星延命術式、通称〝女神のゆりかご〟。
女神がその身を十の宝珠に転じて、それを要石に展開する惑星規模の結界——。
「あの方の御手から被造物である人類を守るために、女神が施した強固なる守り。女神の愛。
もう少しで鬱陶しい愛のベールを剥がせたのに、残念ねぇ」
凝固した血のように赤黒く染まる空は素敵だったのに、と澄み渡る青い空を見上げて、アインは溜息を吐いた。
「レーシュも残酷な事をするわ。
抗ったところで、この惑星はあの方に飲み込まれる運命。
悪戯に哀しみを増やし、苦痛の時間を引き延ばすだけなのよ。
……まあ、二人を仕留め損ねた私が言えた事ではないでしょうけど」
女神の血と想いを継いだ世界の守り人、女神の血族。
一族の生き残りであるイリアとノエルの抹殺に失敗したことがやはり悔やまれる。
「あの方とノエル様を想えば、あそこで終わらせる事が最善だったのに。詰めが甘かったわ。
……ほんと、可哀そうなノエル様。
これまでにない絶望を抱いて……貴方は今、どんな顔をしているのでしょうね」
自分の裏切りを知った時も、とても素敵な表情を見せてくれた。
全てを投げうって守ろうとした最愛の人を失ったとなれば、その絶望は比ではないだろう。
ノエルの絶望する姿を思い浮かべて——。
アインは喜びを感じると同時に、胸にチクリとした痛みを覚えた。
嫉妬あるいは憂慮か。
自分の中にこのような感情が芽生えるなんて、面白可笑しい事だった。
けれど「不要な感情ね」と、アインは切り捨てた。
「——さて、帰りましょうか。
こうなったからには、次の舞台を準備しないとだし。
皇帝陛下に皇后陛下とおにいさまも。報告を待ち兼ねていることでしょうから」
アインは左手の親指と中指を擦り合わせて「パチン」と鳴らした。
すると、風に乗って黒霧が寄り集まり、〝門〟と呼ばれる漆黒の大穴を形成した。
世間一般で認識されている通り、これは門である。
空間と空間を繋ぐ、時空属性に分類される魔術だ。
アディシェス皇族の象徴である黄金眼——魔神の祝福の証であるそれを持たずに生まれた自分が、代わりに授かった力。
次元すら越えて、アルカディアとクリフォトを繋ぐ事が出来る、稀有な力を齎したのは【悪魔】の神秘だ。
そして、皇女として生を受けたにも関わらず、黄金眼を持つことが出来なかった原因も神秘のせいだった。
生まれながらに女神の祝福を受けていたため、魔神の祝福を受け取れなかったらしい。
皇族の象徴を持たない皇女。
魔神を信奉する帝国で、自分がどのような扱いを受けたかは言うまでもないだろう。
「でも、あの方——魔神様は……みすぼらしく、惨めな生を送るしかなかった私を、必要としてくれた」
虐げられている最中、思いがけず力を発現させてクリフォトに繋がり——アインは魔神と邂逅した。
あれこそが運命の出会い。
この力を必要とされた事が嬉しかった。
使徒である事を知ったのもその時だったが、女神が自分に何をしてくれただろう。
アインにとって女神は〝ただ、力を与えた存在〟というだけ。
敬愛する気持ちなど微塵もない。
時に本能に突き動かされる事はあっても、気持ち悪いだけだった。
「あの方が私を駒としか考えていないのはわかっているわ。この力にしか興味がないことも、十分理解している。
でも、いいの」
アインは「ふふ」と妖艶に微笑みながら、作り出した門を潜った。
行く先はアディシェス帝国、首都ラクスムにある皇宮。
あの場所こそ本来、自分の在るべき場所だ。
「私は演出家、そして役者。
これからもあの方の望みを叶えるために、舞台を回し続けるわ。
次はどんな演目にしようかしら?」
凜々と響く鈴のような高音を鳴らして、アインは帰路へ着く。
悪魔達が待つ居城へと——。
第一部 第五章
「女神のゆりかご」
終幕。
次章
「哀歌〜追憶〜」
ルーカス、イリア、ノエル。
それぞれの過去が語られる。
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拝読ありがとうございます!
第一部はこれにて終幕となります。
どん底に突き落としての決着ですが……終焉はハッピーエンドです、このままでは終わりません。
第二部ではルーカスとノエルが立ち直り、奮闘して行く様が描かれる事となります。
ファンタジー要素も更に色濃くなる予定です。
その前に執筆の時間を取るため、少し更新のお休みを挟み、過去編→第二部の流れで公開の予定です。
また、第一部の完結を記念して、ここまでに散りばめた伏線・意味注釈の語りを五章の用語辞典の章に入れようと思っています。
ハイテンションで書き綴っていますので、本編のテンションとはちょっと掛け離れているかもですが、ご興味のある方はそちらも目を通して頂けると嬉しいです。
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