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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第五章 女神のゆりかご

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第二十五話 悪魔は幸災楽禍に嬉笑する

 刀を握り締めて立ち上がったルーカスは、同じく宝剣を手に立ち上がったイリアと共に、穏やかな笑顔を浮かべて眠るシンヘ短い黙祷(もくとう)を捧げた。



「ごめんなさい、シン。それと、ありがとう。

 貴方が繋げてくれたこの命、けして無駄にはしないわ」



 イリアが銀の剣を(かか)げて、歌う。



(つむ)ぐは雷鳴の讃歌(さんか)——』



 そしてルーカスは、今一度解放された破壊の力、(たけ)り揺らめく(あか)き波動を刀身へと(まと)わせ駆け出した。


 最優先は(ゲート)の排除だ。



「グルアアァ!!」



 と、黒い瘴気(しょうき)のオーラを(まと)い、血走った眼球に赤い(まなこ)、獲物を(むさぼ)るため鋭利に発達した牙と爪を持った魔獣の群れが進路上に立ち塞がった。



(とどろ)け、(おのの)け ()けよ、神なる稲妻(いなずま)



 稲光(いなびかり)が走り、壁となった魔獣へ紫電が落ちた。

 続いて、蒼白い光の衝撃波、ラメドの神聖剣による斬撃が魔獣を薙ぎ払う。


 道が開け、ルーカスは走った。


 少し進んだところで、絶えず(ゲート)から出現する魔獣が壁を作ったが——。


 流れるように二対の槍を交互に振って斬り込むフェイヴァと、競うように円を描く大鎌で魔獣を刈り取るヌンが滑り込んで来て一掃される。


 こちらを一瞥(いいべつ)したフェイヴァの、赤い瞳孔(どうこう)が開いた翡翠(ジェダイト)の瞳が「行け」と語っていた。


 

疾風(しっぷう)よ、来たり宿(やど)れ! 風纏加速(レジェ・レゼール)!』

(ふる)え、潜在せし(ごう)を! 力の加護(ジェアンテ)!』



 強化術の文言が響き、ルーカスを新緑と朱色(しゅいろ)、二色のマナが包み込んだ。


 声がした方へ視線を送ると、ハーシェルがニカッと笑って親指を突き立て、ロベルトが(うなず)いた。

 彼らからの援護だ。


 特務部隊の(みな)も自由を取り戻したらしい。

 ディーンは得意の纏舞(アヴェント)でアーネストは魔術で応戦し、リシアが補助に入っている。


 強化術を受けてさらに身軽となった身体でルーカスは駆けた。






 (ゲート)はもう目と鼻の先だ。


 ルーカスが刀を振り上げると、蜃気楼(しんきろう)のように(ゲート)の輪郭が揺らぎ、飽きず多数の魔獣が出現した。


 破壊の力を以てすれば、排除するのに大きな手間はかからない。


 が、そこへ白と黒の二頭の獅子(しし)がルーカスを追い越して魔獣へ()みつき、さらに狙いすました様に炎の隕鉄が降って、魔獣を撃ち滅ぼして行った。



「破壊の騎士! 援護してやるから、さっさと壊せ!」



 ベートの怒号が聞こえる。

 

 ルーカスは口角を上げて、心の中で皆の援護に感謝した。

 魔獣はイリアだけでなく仲間と使徒達がどうにかしてくれる。



(ならば俺のやるべき事は一つ、(ゲート)の破壊!)



 ルーカスは目標を捉えて、(あか)いオーラの逆巻く刀を振り下ろした。



「——壊れろッ!!」



 軌跡に(しょう)じた風の流れが、澄ました金属音を鳴らす。

 刃が触れると(ゲート)は、いつも通り(はじ)けて消え去った。


 ルーカスは仲間達の援護の下、迅速に(ゲート)を破壊して行き——。


 瞬く間に、(ゲート)と言う脅威を取り払った。

 既に出現している魔獣の群れも、程なく殲滅(せんめつ)されるだろう。






 残る敵は双子達が戦う少女。

 【悪魔】の神秘(アルカナ)を宿した使徒・アインだ。


 少女の姿を探してルーカスが上方の祭壇を見上げると、



「——はぁ、シンも余計な事をしてくれたわね。あんな能力(ちから)があるなんて、聞いていないわ。

 ステラと言い、どうしてこうも私の邪魔をするのかしら。

 悪い子には(きゅう)()えないとね?」



 鈴のような、けれども冷たく(とげ)のある声が聞こえた。


 直後に「ツァディー!」と、焦った様子のイリアの声がして、振り返ると胸を黒い短剣で貫かれたツァディーと、ツァディーを受け止めるイリアの姿があった。


 それをしたのが誰であるのかは、考えるまでもない。

 祭壇の方向にアインの姿を見つけられず、ルーカスは周囲を見回す。


 しかして、魔獣の死骸(しがい)(あふ)れる部屋の中央に、黒い霧を舞わせたアインが降り立った。



「アイン!」



 武器を持った皆の矛先が、一人の少女へと向く。



閃光(ひかり)よ、()り入りて響き合え!

 葬送の神雷翼槍ディ・フィネライユ・エクレランツェ!』



 アインを見るや否や、ツァディーを支えた状態でイリアが唱歌を(うた)った。


 (まばゆ)い光の槍が放射状に三本アインへ突き刺さり、それを避雷針として轟雷(ごうらい)が落ちる。


 (むくろ)を炭化させ(ちり)とする慈悲のない一撃だ。



「無駄よ。学習能力がないわね、レーシュは」



 くすくす、と(あざけ)り笑う声が降って来る。

 周囲を見渡せば——アインの姿がそこかしこにあった。


 魔術で作られた幻影だろう。



「随分と強気だな。この人数を相手に、やりあうつもりか?」



 ルーカスは幻影の一人を(にら)みつけた。


 例え無限に近い幻影の(こま)を操れるのだとしても、また(ゲート)を生成しようとも、戦力の優位はこちらにあるように思える。



「そうねぇ……口惜(くちお)しいけれど、潮時(しおどき)ね。

 宝珠(セフィラ)を破壊出来ただけ、良しとしましょう。

 絶望に(わめ)き鳴く人々の甘美なる旋律(せんりつ)拝聴(はいちょう)しながら、(ゆる)やかに(ほろ)びゆく世界を(なが)めるのも、悪くないわ。

 ふふ……ふふふ、うふふ!」



 アインの嬉笑(きしょう)が重なって反響し、不協和音(ふきょうわおん)となってルーカスの鼓膜を騒がせた。


 不快な音に眉根を寄せながら、このままみすみす逃してなるものか、と思った直後。



 「——逃がさないわよッ!!」



 代弁者が降り立った。


 アインと戦っていたシャノンだ。

 遥か上空から滑空(かっくう)したシャノンの、炎を乗せた剣閃が幻影の一体を切り裂く。

 

 すると、それは意外にも本物を捉えていたらしく、剣が(かす)めた少女の白い腕にケシのように赤い花が咲いた。


 アインの鮮やかな桃色(ロードクロサイト)の瞳が、驚きに見開かれる。



「残念だったわね! 精神干渉は、私達には通用しない。幻影なんかに(まど)わされないわよ!」



 「ふふん」と誇らしげに語るシャノンが、銀色に輝く剣の切っ先をアインへ向けた。

 目標がわかれば、一気に(たた)み掛けられる。


 (みな)一斉に攻撃の構えを取り、仕掛けた。






 ——しかしながら、逃げ足の速さはさすがというべきか。


 以降の攻撃がアインを補足する事はなかった。



「ふふっ! 皆様、ご機嫌よう。

 もしもこの難局を越える事が出来たなら、次の舞台(ステージ)でお会いしましょう」



 いつまでも耳に残る不快な(わら)い声を残して、悪魔は闇へ(まぎ)れてしまった。

 こうなれば、追う事は難しい。


 「チッ」と舌を打つ音がする。

 誰のものかと皆を(うかが)えば、腕を組んだベートが忌々(いまいま)し気にアインの去った虚空(こくう)(にら)んでいた。



(ゲート)の召喚、闇に紛れる能力……時空(ディメオン)属性の魔術か?

 味方だと何とも思わなかったが、敵に回ると厄介な相手だな」

「考察は後だ。ツァディーに頼まれた仕事がまだ残っている事を忘れるな」

「…………行こう」



 ラメド、ヌンが、哀の表情でツァディーへ視線を送り——。

 ベートもまた、悲し気に「わかっているさ」と(つぶや)いた後、三人は入口へと駆けて行った。


 彼らの後ろ姿を見つめて、自分はどう動くべきか、とルーカスは(おもんばか)る。


 この場の一先(ひとま)ずの脅威は去ったが、警告音(アラート)は鳴り響いたままで、時折大地の震えも感じた。



(シャノンは外に(ゲート)が出現したと言っていたな。

 王国軍が来ているとも。そちらの援護へ行くべきか?

 ……だが、ツァディーの治療に取り掛かっているイリアを残して行く事は出来ない。

 それに術式の事もある。ノエルも放ってはおけないだろう)



 階下のイリアと、祭壇のノエルを交互に見ながら思考の海へ潜っていると「団長」とロベルトに呼びかけられた。



「私達が外の対処へ回ります。団長はこちらにいて下さい」

「そうそう、星の子にも、頼まれたっスからね!」

女神の使徒(アポストロス)達も力を貸してくれるようですし、元帥(げんすい)が来ているなら当分は持ち(こた)えられるでしょう」

「敵さんはどうにも、銀髪の歌姫と教皇さんを狙ってるみたいだからなぁ。守ってやれよ、ルーカス!」



 ロベルト、ハーシェル、アーネスト、ディーンが口々に告げて、了承を伝える前に駆けて行く。



「——くれぐれも気をつけてな!」



 ルーカスはひらひらと手を振る親友と、仲間達の背へ声を掛けて見送り、自分自身は懸命(けんめい)にツァディーの治療へ当たるイリアの元へ走った。

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