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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第五章 女神のゆりかご

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第二十二話 終焉の鐘が鳴る

 〝(ゲート)〟——魔獣を生み出す現象。


 世間ではそのように認識されているが、正しくは空間を繋ぎ、クリフォトより魔獣(まじゅう)を呼び寄せる現象だ。


 これの発生についてはアディシェス帝国、ひいては魔神(まじん)心棒(しんぼう)するエクリプス教が絡んでいると、調べがついていた。


 そして、ディアナが帝国の出身である事も——ノエルは知っていた。






 けれども、まさか。

 まさか、彼女が——。



「ディアナ……どういう、事だ!?」

「どう、と問われましても。御覧(ごらん)の通りです」



 こちらを(あざけ)るように、彼女は微笑した。


 階下にいくつもの(ゲート)が生成され、混乱の交響曲(シンフォニー)(かな)でられている。


 が、音は耳を通り抜けて行き、状況を把握するには至らない。


 「何故?」「どうして?」と渦巻く疑念が(まさ)った。



「君は、女神の使徒(アポストロス)で、僕の、僕が——!」



 ノエルは奥歯を噛み、拳を握り締めた。


 彼女との出会いは、教団に来て間も無くの事だ。


 ノエルの世話係に選ばれた、名も無き子ども。

 宿した【悪魔】の神秘(アルカナ)忌諱(きい)されて、親に打ち捨てられた使徒アイン。


 そのように認識していた。


 彼女の——〝ディアナ〟と言う名は、ノエルが(おく)ったものだ。

 主従の(ちぎ)りの、証として。


 枢機卿(カーディナル)の命を受けて時々、不穏な行動を見せる事はあったが、彼女が裏切る訳はないと信じていた。


 共に過ごした歳月で作り上げた絆が、重ね合わせたぬくもりが、そう思わせた。


 ——だというのに。



「一体、いつから……っ!」



 彼女は自分を(あざむ)いていたと言うのか。


 ノエルは胸の痛みに、息苦しさを覚えた。



「……最初からですよ。

 ノエル様と出会ったのは、偶然(ぐうぜん)じゃありません。

 私の能力(ちから)をお忘れですか?」



 忘れるはずがない。

 使い勝手の良い力に、何度頼ったかわからない。



「精神操作……呪い……幻影……魔術」

「ええ、そうです。

 人を(だま)し、暗躍(あんやく)するには打ってつけの能力(ちから)ですよね。

 面白かったですよ? 人を意のままに操るというのは。

 女神の使徒(アポストロス)(みんな)の思考を誘導するのは、ほんの少し手間でしたけど。

 ああ、そうそう。もう一つ、面白い事を教えて差し上げますね」



 欠けてゆく月の様に口元を三日月へと変えて、ディアナは告げる。



隷属(れいぞく)呪詛(じゅそ)

 あれを枢機卿(すうききょう)に教えたのは、私です」



 ノエルは「ひゅっ」と吸い込んだ息を詰まらせ、耳を疑った。


 ノエルが屈辱(くつじょく)を耐え(しの)んでまで、枢機卿団(カーディナル)に従わざるを得なかった最たる原因——。


 術者の命を()けて対象者を痛みと恐怖で縛り、人の尊厳(そんげん)を踏みにじって意のままに従わせる邪法、隷属(れいぞく)呪詛(じゅそ)



「君……が……奴らに……」



 声が震えて、音が上手く出せない。



「ノエル様の不幸は全部、ぜーんぶ!

 ……仕組まれていたんです。

 ノエル様は、レーシュが一番大切。

 それ以外はどうなっても構わないと(おっしゃ)りながら、(ふところ)に入れた者には甘いですよね?

 それが、貴方の弱点。敗因ですよ」



 信じ(がた)い事実に体中の熱が引き、頭が真っ白になった。


 人は容易(たやす)く人を裏切り、どこまでも残酷になれる。

 そのことは、枢機卿(すうききょう)を見て十分わかっていた。


 だから、情に流されて(ほだ)される事のないように、人との(えにし)は利害関係を重視した。感情を凍らせて。


 ディアナは、それでも心を許した数少ない相手だった。



「僕、は……」



 何を、思えばいいのか。

 白紙となった頭では思考できず、様々な感情が巡る心は()()ぜだ。



嗚呼(ああ)……! 素敵なお顔です、ノエル様。

 貴方は絶望している姿が一番、美しい」



 悪魔が恍惚(こうこつ)と笑っている。

 頬をラナンキュラスの花のように赤く染めて。


 自分が今、どのような表情を浮かべているのかなんて、知りたくない。



「話が長くなりましたね。

 さあ、終焉(しゅうえん)の幕開けに、鐘を鳴らしましょう」



 ディアナが右手を垂直に(かか)げた。

 と、(ちゅう)に幾つもの黒塗りの短剣が出現する。


 円を(えが)いて舞うそれのうちの何本かが、術式の要石(かなめいし)である宝珠(セフィラ)目掛けて、飛んで来た。



「——やめろ!!」



 突きつけられた事実に打ちのめされていたノエルは、一瞬、反応が遅れた。


 それが、致命的なミスを(まね)く。


 ノエルは神槍を作り出して短剣を撃ち落としたが、撃ち漏らした最初の一本が、宝珠(セフィラ)へ突き刺さったのだ。


 宝珠(セフィラ)は短剣から色移りしたかのように、たちどころに黒ずんでゆき——。


 音を立てて、崩壊した。



『——警告。宝珠(セフィラ)の接続が解除されました。小径(パス)に異常発生』



 警報(アラート)がけたたましく鳴り響く。



『術式の改変を破棄(はき)小径(パス)の再形成を実行——……成功しました。

 安定起動のためのマナが不足しています。(ただ)ちに宝珠(セフィラ)または神聖核(コア)を接続、再起動してください』



 術式の改変は宝珠(セフィラ)及び、擬似(ぎじ)宝珠(セフィラ)を基点としている。


 失われれば、成り立たないのは当然だ。

 すぐに立て直さなければ、これまでの努力が水泡へ帰す。






 それにはまず、障害(ディアナ)を、排除しなければならない。


 ノエルは力を(ふる)うため、彼女へ指を差し向けた。






 指先が冷えて、酷く震えている。

 こんな状況になって初めて、思い知らされた。


 自分で思っていた以上に、ディアナへ感情を傾けていた事に。

 裏切られたとわかっても(なお)、情を捨て切れない(おろ)かな自分に。



(——今更、裏切り(ごと)きで揺らぐな!

 何を犠牲にしても——姉さんを守ると、決めたんだ!!

 不要な感情は切り捨てろ!!)



 ノエルは叫ぶ。



「ディアナァァッ!!」



 あらん限りの声量で。

 自らを鼓舞し、情を捨て去り、目の前の少女を殺すために。


 しかして、神槍を生み出して、ディアナへ放った。






 ——だが。


 照準の定まらない矛先(ほこさき)が、彼女を射貫(いぬ)く事はなかった。



「僕は……僕は……ッ!!」



 苦しさだけが、胸に降り積もって行く。

 ノエルはままならぬ自身の感情と行動に葛藤(かっとう)した。



「……可哀想なノエル様。

 でも、大丈夫です。私が終わらせて差し上げますから。

 貴方の痛みも、哀しみも……死の安息が、(いや)してくれる事でしょう」



 憐憫(れんびん)の眼差しを送る彼女が「パチン」と指を鳴らした。


 (またた)く間にノエルの周囲を、闇の霧で作られた魔獣の幻影が取り囲み、数を増やした黒塗りの短剣がくるくると舞った。



「おやすみなさい、愛しい人」



 こんなところで終わる訳にはいかないと、ノエルは我武者羅(がむしゃら)に槍を生成するが——。


 槍を放つよりも早く、魔獣の牙と短剣の雨が襲来した。






 迫るそれらが、ノエルにはゆっくり(スローモーション)になって見えた。


 この感覚は、何度か経験した事がある。

 危機に直面した時に(おちい)錯覚(さっかく)だ。


 もうすぐそこに、自分を貫こうとする鋭利な刃が迫っていた。






 まるで時の流れが引き延ばされたような感覚の中で、終わりを予感した——次の瞬間。



氷翼の守護盾グラス・プロテネージュ!』



 ひやりとした冷気の防壁がノエルを包み、刃を(さえぎ)った。


 次いで焼け付く熱気を(まと)った何かが幻影を切り裂き、短剣を()ぎ落として行き——。



「まったく、何がどうなってるのやらだわ」

聖下(せいか)、お怪我はございませんか?」



 桃色の髪を(なび)かせた瓜二つの少女、炎を(まと)った剣を構えた少女と、氷で作られた大盾を構えた少女が、ノエルの前へ降り立った。

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